第37話 光/影
「今更……魔法少女には戻れませんよ」
「それは、こうして一度、裏切ったから?」
「ですよ。裏切り者が魔法少女になっても信用されませんし、わたしなんかがいたら魔法少女の信頼が落ちます。
さらん先輩が繋ぎ止めてくれた首の皮一枚を、わたしが切ってとどめを差すわけにはいかないです……」
僕の誘いに一瞬、目の色を変えたきらなだったけど、二つ返事をしないところを見ると冷静に現状と未来を推測できるくらいには頭は回るらしい。
さっきのパニックはどうやら落ち着いてくれたようだ。……僕としては二つ返事で誘いに乗ってくれる方が楽だったんだけど……きらなの言い分も的外れってわけでもない。
始祖返りをし、完全に怪人の姿をした僕がヒーロー役をしてはいけない理由と同じ、
きらなも肌の色が変わっただけで、見た目こそ魔法少女と言っても違和感はないものの、行動自体は怪人のそれだ。彼女が急にヒーロー役をすれば子供たちは戸惑うだろう。
潜入していた、というバックボーンも伝わっていないし、実際、きらなはフリではなく完全に裏切っていたのだから、取り繕うのも難しい。
「わたしは、魔法少女にはもう戻れません」
きらなのことだから軽いノリで善と悪を行き来できるのだろうと思っていたけど、僕の大きな誤解だったわけだ。
線引きはちゃんとしている。
怪人側に寝返った時点で、もう彼女は自身が魔法少女には戻れないと、覚悟を決めていた。
未練はあるようだけど、踏み越えないラインを弁えている。
……なんだ、軽薄な性格に見えて、芯はしっかりしてるんだ。
「僕の誘い方も悪かったかもね。魔法少女として、じゃなくても。
単純に後ろで溜まってる亜人たちを僕たちでどうにかしなくちゃいけないわけだから……きらな、君の力が必要なんだよ」
戦闘に特化した彼女がいれば制圧はかなり楽になる……そもそもの最難関がきらな自身だったのだから、敵側の彼女が消えたと考えれば、課題も小さくなる。
「いや、さすがにあの数をどうこうするのは……」
「もちろん、全部を任せるわけじゃないよ。
年下の女の子に戦わせて後ろで見ているだけなんて、罪悪感に押し潰されそうになるって」
僕は僕で、やるべきことがある。
そういうことなら……、ときらなは意外にも前向きだ。
「魔法少女としてじゃなく、怪人として亜人たちと戦うことは、いいってこと?」
「……確認します? 戦いますよ……わたしが撒いた種でもありますし……」
「まあ、そうだね。
マナの葉事件こそ水面下で随分前から……それこそ、亜人が異世界からやってきた八十年前から企てられていたかもしれない。
でも、こうして世間の目に触れさせてしまったのは、僕たちの舞台がきっかけだった。
君が撒いた種であり、僕が撒いた種でもある。
――マナの葉事件の全面的な解決こそ難しいけど、目の前にいる亜人たちを制圧するくらいは、僕たちでなんとかしよう」
町を守る。
子供たちを助ける。
表向き怪人同士の仲間割れだから世間から褒められはしないけど、元々評価が欲しかったわけではないのだ。
きらなはヒーローという過程を意識していても、目的は目先の平和であり、僕は僕で、今の居場所を守るために――。
命を懸けるには足る理由がある。
「きらな――僕たちの舞台の、リベンジだっ」
「――って、結局、わたしが先陣切って戦う役目じゃないですかっ!
アマゾンだからってこんなんばっかり……いいですけどねっ、いいんですけどおっ!」
後続の亜人たちの前に、きらなが立ち塞がる。
……僕はきらなを横目で見ながら、車体の隙間を縫って移動する。
リザードマンの体躯は細い隙間に入りやすく、音もなく移動しやすい。
意識されたら発見されてしまうような、突出しない能力だけど、きらなという目立つ存在がいる以上、(しかも位置的にきらなを見るには見上げる必要がある)足下の僕には目も向けない。
かいつまんで言えば、囮役。
明暗が分かれた役目は、しかし僕の方こそメインと言える。
いや別に、きらなが制圧してしまってもいいんだけど……それで困るわけでもない。
ただ、さすがに彼女でも数十の亜人を相手にするとなると、難しいだろう。
だから僕が、裏――(足下)で動く。
地を這いつくばって、体を泥だらけにしながらも。
元より怪人役とはこういうことだ。
自分をどれだけ汚そうとも、優先するべきは光が当たるヒーロー(魔法少女)だ。
車体の下から顔を出した瞬間、目と鼻の先にミノタウロスの巨体が落ちてきた。
「っっ!?」
あぶっ、なっ!? 慌てて顔を引っ込めたけど、この場に留まっているのも危なさそうだ。
ぎしぎしと車体が軋む音。
ミノタウロスほどの巨体ではなさそうだが、誰かが上に乗っているらしい。
……少なくともきらなではなさそうだ。
つまり、車体を押し潰されたら僕も一緒に巻き添えを喰らう。
こそこそと動いている僕の動きを亜人たちは当然、きらなも把握していない。
となると、
僕は見つからないように動きながら、巻き込まれないように避けなければならない……。
普通に逃げ回るよりも難しい……。
相手に僕をどうこうしようとする意識がないので直感で分からない。
気配や意識が機能しないと、察知する指針がないのだ。
目を頼るしかない……だけどそれも、車体の下を移動しているために視界も狭い。
ゾッと、背筋が凍ると同時、
車体が潰れた。
「――――」
落下してきた重さに車が耐え切れなかったのだろう……タイヤがはずれた車体がぴったりと地面に触れている。
「…………ふう」
と、その様子を隣の車の下から窺う。
潰れる瞬間、寸でのところで転がり、なんとか巻き添えを回避した。
頭で考えていたら間に合わなかった……、
背筋が凍った瞬間になにも考えずに体を動かしたのが良かった。
緊張で心臓が止まりそうだ……。
いつ潰されてもおかしくない極限状態。
しかしそんな状況下で活動した結果、無事に目的を達成した。
後は順番に、
仕掛けた罠が起動していく。
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