第36話 手札/隣にいる
着地点がずれ……当てる気がなかったのか偶然なのか分からないけど、突っ込んできた車は地面を弾んで僕の上を越えていった。
「騙す、だなんて……そんなつもりはないと思うけどなあ。
魔法少女は偶像じゃなくて実在している人なんだから、良いところばかりじゃない。
台本にだって、ピンチがあれば負ける時もあるし、他の魔法少女を見て嫉妬する場面があれば陰口を叩くことだってある。
それらは台本で作られた意図的な嫌な部分だけど……最初から魔法少女は手の届かないヒーローなんかじゃなく、気軽に声をかけられるような親しみやすいアイドル路線なんだ。
さっきから台本台本って言うけど、魔法少女の素に合わせて作られてる。命の危険を感じて逃げないで立ち向かうって思われているのは、さらんさんくらいのものだと思うよ」
魔法少女は、デビュー当初ならまだしも、数回と出番があれば自分の中の素を全部出し切るくらいに、台本に反映されている。
作りものという意識を生ませないためだ。
だから子供たちは魔法少女一人の人柄を素早く察知する。
好きな魔法少女と言えど、信頼している魔法少女という言い方をする子供はいないだろう。
そこまで傾倒したら、たとえ裏切られてもなにも思わない可能性の方が高い。
時流がある。
子供だから飽きも早い。学校での流行りもある。
新しいものが出れば、すぐにそちらに流れていく。
一人の魔法少女に全面的な信頼を寄せる子供は、そう多くないのだ。
「裏切られた、なんて言うファンは、どうせ他の魔法少女を脇に控えてる」
「だからって、信頼を無下にしていい理由にはならないでしょう!?」
「それはそうだけどね。でもきらな、命を懸ける理由にしては軽いんだよ」
当事者でないと分からないけど、一般的なことを言えば、信頼してくれているファンのためとは言え、さすがに命までは懸けられない。
大切な人たちではあっても、身内とは違う。
好きな人でもない。
友人に近いけど、友達なら見捨てるか助けるかは半々だろう。
選択肢すら思い浮かばず一瞬で『助ける』と判断する相手は一人か二人くらいだ。
僕にとってのさらんさんであるように。
「魔法少女に、裏切ったつもりはなんかないと思うよ」
「じゃあっ、心の拠り所を失った、子供たちは――」
「そんなの自分たちで見つけるでしょ。僕たちと大して年齢も変わらない。
二つも三つも離れているからって手を引いてあげなくちゃなにもできないと思われていたら、あの子たちが可哀想だ」
さらんさんが僕を子供扱いしたみたいに、
世間の子供たちはきらなが思っているよりもしっかりしている。
弱者だと決めつけられる方が不愉快だ。
魔法少女に裏切られたくらいで、世界なんて信じられないと嘆く子ばかりじゃない。
中にはいるかもしれないけど、そういう子は余すことなくさらんさんが拾い上げる。
彼女は命を懸けて、子供たちを、町を助けようとしているのだ。
それくらいの報酬は、あって当たり前だ。
「台本は大人の計算の塊だけど、それだって悪いことばかりじゃない。
それを言い出したら大人が作り出した映画や漫画だってそうじゃないか。
感情誘発、思考誘導、それらは否定しないのに魔法少女は否定するの?
純粋に、見ている人を楽しませたいって気持ちの塊だって言うのに?」
媒体が違うだけでやっていることは同じだ。
きらなは魔法少女に、夢を見過ぎている。
理想と違うからって否定ばかり。彼女はその先の狙いまで見えていない。
「ぱいせんは、見えてるって言うんですか……?」
完全に、とは言えないけど、でも、
「なんとなくはね。始祖のエルフが、言い続けてきたことだから」
最初から、ずっとずっと、言葉にしていたはずだろう。
人間と亜人の共存。
亜人が社会的に認められるように……。
その足がかりが、魔法少女と怪人なのだ。
「だから、亜人と人間の争いは、始祖のエルフの想いから反することになる。
あの人だってがまんしてるんだよ……っ、未来のために戦ってくれてるんだっ!
それなのに、君たちが一時の感情で亜人の力を武器に、復讐をし始めたら、あの人のこれまでの努力が無駄になるじゃないかッッ!!」
「わ、わたしはっ、復讐ってわけじゃ……っ。
ただ、魔法少女が台本で動かされてるのが気にくわなかっただけで、大人の計算の上で成り立ったヒーロー像を変えたかった、だけでっっ!」
「だけ、なのかもしれないけど……それが結果的に彼女の邪魔をした。
僕たち亜人の未来を潰す羽目になったんだ……」
きらなは今回のマナの葉の騒動を利用したに過ぎない。
ハリボテのヒーローを本物のヒーローへ変えるために、だ。
しかし、理由はどうあれ、軌道に乗ってしまえば周りからすればきらなも変わらない。
人間に復讐するためにマナを取り込んだ亜人にしか見えないのだ。
「きらなは、この後のことを考えてるの?」
「……それは……」
「魔法少女が駆けつけてくれると思っていたから、まさかこのまま亜人たちが町を襲って子供たちを傷つけることになるなんて、想像もしていなかった?」
言われるまで考えもしなかったかのように、
きらなが顔面を蒼白にさせた。
……この様子だと腹案は用意していなかったらしい。
本当に、
誰よりも、魔法少女が好きで……信じているんだなあって、伝わってくる。
ここまで好きなら、不甲斐ない魔法少女たちに怒って、喧嘩を売るのも分かる。
――守ってみせろ、か。
ある意味、それは子供たちが叫ぶ『助けて』と同じと言えた。
きらなが背後を見る。
後続の亜人たちは絶え間なく押し寄せてきている。
さらんさんのロープが機能しなくなったため、ビルの屋上に控えていた狙撃手が対処しているが、たとえ実弾を撃っても身構えられてしまえば皮膚を貫くことはできない。
先陣を切ったきらなが僕を倒すことで開かれる閉鎖空間の穴を待っているのだろうけど、時間がかかれば加勢される可能性もある。
始祖返りした僕では、数の猛攻は止められない。
種族の差があるため、一人を相手にしたって止められるかは怪しいのだから。
「他に、誰も、きてないん、です……?」
「この場にいるのはさらんさんと僕だけだよ。
さらんさんはマナ切れで、とても戦える状態じゃないね――」
魔法少女の加勢は期待できない。
もしかしたら近くにいるのかもしれないけど、正義感で助けてくれるのならもう既に駆けつけてくれているはずだ。
勇敢な魔法少女がいても、それは正義ではなく別の目的がある。
きらなが求めているのは利害を意識した魔法少女ではないだろう。
利がなければ動かないヒーローなら、この場には相応しくない。
それでも今のきらなからすれば、誰でもいいからいてほしいのかもしれないけど。
警察の支援は、もう既に選りすぐりの狙撃手が配置されている。
彼らで対処できなければ警察側に打つ手はもうない。
周辺被害を考えなければ兵器を投入することもできるだろうが、
それは本当に本当の奥の手だ。痛み分けどころか僕たちの方が痛手を負う。
だからここは僕たちだけで、なんとかしなければならない――。
「ど、どうするの……?」
きょろきょろと視線を回し、落ち着かない様子でその場で右往左往。
質問の答えが出なくてパニックになっているようだ。
「えっと、まず、そう聞くってことはきらなは僕側につく……ってことでいいの?」
「だ、だって、わたしは別に復讐したいわけじゃないから……っ、魔法少女がきて、解決してくれるとばかり思ってたから……本当に町の危機だなんてこれっぽっちも……っ!」
さっきまでの威風堂々とした立ち振る舞いとは真逆に、きらなは目をぐるぐると回していた。
正直、見ていて面白いけど、そろそろ僕が解決策を出してあげないとね。
一応、手札ゼロ枚で現場に出てきたわけではない。
僕はあくまでも、さらんさんまでの繋ぎだ。
まだ本番ですらない。
僕と他の亜人たちの差は、マナ切れまでの時間……これは本当。
最初からこれを狙って時間稼ぎをしている……けど、当然、たったこれだけの優位で確実に後続の亜人たちを制圧できるわけもない。
というか、無理だ。
僕がそうであるようにマナ切れも個人差がある。
全員が同じタイミングでマナ切れを起こすわけもない。
もうすぐでマナ切れを起こす亜人もいれば、
今日中にはマナ切れを起こさない亜人もいるわけだ。
マラソンのように常に走らせておくことができれば話は変わってくるだろうけど、同時に僕もそのマラソンに付き合う羽目になる。
マナ切れよりも早く、僕の体力が底をつく。
だから最初から、僕はもう一枚の手札をこの場で手に入れる必要があった。
「そ、それはっ、どうすれば手に入るんですうっ!?」
「もう手に入ったよ」
きらなが目を輝かせる。
「――それでそれでっ」と急かしてくる彼女を指差し、
「君だよ」
「…………え?」
魔法少女が好きで、ハリボテのヒーローに不満を持ち、本当の危機に命の危険を省みず子供たちのために立ち上がれる、本物のヒーロー。
探して探して、それでもいなければ――作ってしまえばいい。
なってしまえばいいのだ。
君が。
きらなが。
待ち焦がれた、魔法少女に。
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