第35話 魔法少女/怪人
「せーんぱーいたちー」
一瞬、僕たちの周囲が暗く陰る。
見上げれば、一台の車が落下してきていた。
随分と待たせていたきらなのがまんの限界だったようだ。
右手が反応し、片手で車体を受け止める。
左手で握り締めていた試験管の原液を一息にあおる。
血液にマナが合流する感覚。
血管が熱くなる。
全身が活性化していくような、
骨が軋んで形が変わっていくような……、
力が溢れてくる。
「レイジ……」
「合図をするまで待っていてください」
「ああ……君に任せるよ。でも、これだけは守ってほしい……無理だけはしないで」
「はい。それはもう、絶対に」
たとえこの危機を乗り越えても、さらんさんを悲しませたら意味がないのだから。
右手で支えていた車体を投げ飛ばす。
きらなに向かって落下したそれを、彼女が突き出した拳で大破させた。
パーツの残骸が足下に溜まり、スクラップの山ができつつある。
一体いくつの車をダメにしたのか、数えるのが億劫になるほどの被害だ。
レンタカー屋さんも真っ青な一面。
「もう、こそこそと内緒話をして……長いんですけ……ど……?」
車体の陰に隠れていた僕が姿を現したことで、きらなの目が見開かれた。
無理もない。
今の僕は、以前の僕の容姿の見る影もないのだ。
「……特殊メイクって、再現度が高かったんですね……そのままじゃないですか」
「そうなってるの? 僕からじゃ手足くらいしか分からないけど――」
爬虫類の黒い皮膚。
ちらちらと視界に入る長い尻尾。
(なんとなく感覚はあるけど、自分で動かしているという意識はない)
靴を破ってダメにしてくれた、一回り大きくなった足。
そして、見慣れた右手と同じ左手には鋭い爪が伸びていた。
口元に手を当てると、突き出た口なのが分かる。
鋭い歯が並んでいるのだと、手の甲で形をなぞって分かった。
僕の中にあった亜人の血……つまり正真正銘のデミチャイルド。
始祖返りをした僕は、先祖を蘇らせたように完璧なリザードマンだった。
「その姿になったってことは、こっちに寝返るつもりなんですかー?」
「そんなわけないでしょ」
きらなの方も本気で思っていたわけではないようで、
「でしょうね」と肩をすくめた。
「この姿になったのは苦肉の策だよ。一人を相手にするならさらんさんみたいに知恵を使えばどうにかすることはできるけど、二人以上は無理だよ。だからこっちも身を削る」
「でも、対等になっただけでぱいせんが有利ってわけでもないですよう?」
「分かってるよ、リザードマンって種族が君よりも弱いってことくらい」
怪人役としては代表格とも言えるリザードマンだけど、種族同士で戦わせた場合は突出した特技があるわけではない。
武器を使えばアマゾンには及ばないし、エルフのように魔法は使えない、かと言って腕っ節の強さではミノタウロスに届かず、俊敏さではヴァナラの方が上だろう。
バランス重視とも言えるけど、どれもが中途半端。
思えば、僕らしい……。
最初から始祖返りをしたくらいでごり押しで勝てるとは思っていなかった。
「じゃあどうするって言うんです? 人間のままよりはマシだとは思いますけどお……この数を相手にしたら人間だろうが亜人だろうが大差ないと思いますけどねえ」
「うん、だから、戦うつもりはないんだ」
は? と言われるのも想定済み。
きらなの「バカなの?」という視線が痛いけど……。
中途半端な僕だけど、亜人として人に誇れるとしたら、一つだけある。
それがリザードマンの特性なのか、
僕の個人差なのか分からないけど……右手が証明してくれている。
「今ここで戦わなくてもさ、君たちはいずれマナが切れるでしょ?」
さらんさんみたいに。
切れかかれば再びマナの葉を取り込むことでマナの補充はできるけど、ただでさえ始祖返りをしている時点で毒なのだ、
さらに取り込めば体の変化だけではない異常が見られてもおかしくない。
自我をなくして暴れ回ったり、という可能性もある。
最悪、死に至ることも想定しておくべきだ。
それでも取り込む人は取り込むだろう。
だけど、体に良いものじゃないため、いつかは自壊がくる。
それは取り込んだ回数が多ければ多いほど、早く訪れるものだとも思う。
ピークを過ぎれば後は下り坂だ。僕はそこを狙えばいい。
あわよくば、僕がなにをせずとも倒れてくれるかもしれないのだ。
「それはっ、マナに頼ってるぱいせんも同じじゃないですかっ!」
「僕はたぶん、人よりもマナの定着期間が長いんだよ」
マナを激しく使うようなことをしたら減りも早いだろうけど、ただ身体能力に頼るだけなら消費するマナの量も少なくて済む。
この場にいる誰よりも、僕はこの姿を長く維持できる自信があるのだ。
「だってさ、僕が一度マナを取り込まされてから、未だに右手が戻っていないんだよ?
いくらなにもしてないからと言っても、普通は一日二日で元に戻るものじゃない?」
最初こそマナを取り込んだ段階で右手が変化し、維持されるものだと思っていたけど、始祖返りの姿を維持するためにもマナが消費されていると知った。
なにをしなくても消費されているはずなのに、少量しか取り込んでいなかった僕のマナは依然、右手の変化に割かれている。しかも、なくなる気配も微塵もなく。
きっと僕は、燃費が良いのだ。
「……そんなことを言って、わたしたちが素直に時間稼ぎをさせると思いますか?」
「勝つことは難しくても、逃げることなら僕でもできる」
きらなの表情が曇る。
露骨に苛立ちを口調に出してきた。
「……ねえ、なんのための出てきたの? わたしたちを倒すために……町を守るためにわざわざ始祖返りまでして出てきたんじゃないの?
なのに逃げるって……。逃げるなら、こっちはこっちで、町を襲うつもりだけど」
「僕に意識が向いていないんだったら、戦力差は埋まるんじゃないかな?」
真っ正面から戦えば勝てない……なら、知恵を絞る。
知恵というか、小細工って感じだけど。
「正々堂々とさ、ヒーローらしく戦う気は――」
そこまで言って気付いたらしい。
さらんさんの後を継いで出てきたとは言え、僕の姿はリザードマンであり怪人だ。
魔法少女ではない。
つまり、ヒーローじゃない。
正義として君の前に立ち塞がったと、いつ誰が言った?
「これは怪人と怪人の仲間割れだよ。そういう台本のつもりで動いてる」
今も子供たちの目に映っているのであれば、間違っても正しいことはできない。
小細工で上等、卑怯で満足、悪役同士の潰し合いは嫌がらせの応酬であるべきだ。
「また、台本ですか……っ。
そんなものに頼っているから、いざとなった時に動ける魔法少女がいないんですよっっ!!」
「仕方ないよ、だって魔法少女は別に、レスキュー隊がアイドルになったわけじゃない。
アイドルがレスキュー隊ごっこをしているだけなんだから」
操り人形、は言い過ぎだけど、魔法少女は指示された通りに動いているだけだ。
ルックスや人柄はその子に依存するから、台本だけではどうにもできない人気の部分は、彼女たちが自分の努力と能力で補っている。
あくまでも自己アピールに特化した子たちであり、人助けの技術はそう高くない。
そんな子たちに、自分の危険も省みずに人助けを優先させてほしいと言っても、いざ動ける人材となると限られてくる。
誰が悪いでもない。
有名人だからって身を粉にして働く義務はないのだ。
働いた分だけ信用と信頼という報酬が得られるだけで。
正義を強要する権利は、僕たちにはない。
「いざとなって逃げられたら、子供たちは誰を信じればいいっていうんです……?」
「そんなの――また探せばいいよ。その子に見る目がなかっただけだ」
車体が猛スピードで突っ込んでくる。
きらなが僕にめがけて投げたのだ。
「騙しておいて……都合が悪くなれば子供のせいですか?」
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