今日も、明日も、明後日も……
「ねえ、ちょっと二人きりで話せる?」
翌日の昼休み、そんな言葉と共に桑山に屋上へと呼び出された俺は、神妙な雰囲気の彼女と沈黙の時間を過ごしていた。
昨日の一件さえなければ、ああ、日曜日に放送された特撮番組の感想を語りたいんだなぁ~くらいのことしか思わなかったであろうが、彼女が何を決意しているかを知っている身としては、どうにも緊張と心臓の鼓動が収まらなくなってしまっている。
そんな俺の雰囲気を察したのか、はたまた向こうも緊張しているのか、桑山も何も語らないせいで普段ならばヒーロー番組についての話題が弾むはずの昼飯の時間は妙な沈黙に包まれてしまっていた。
「……なんか今日、静かじゃん。普段は昨日のウルトラ戦隊観た~? とか、騒がしいくらいに話しかけてくるくせにさ」
「それはそっちも同じだろ。なんか今日、いつもと雰囲気違くないか?」
「そ、そう? いや~、そ、そんなことないんじゃないかな~……?」
俺のその言葉に、白々しく惚けてみせる桑山。
彼女が何を決意しているかを知っていなかったとしても、その態度を見れば今日の桑山は普段とは何かが違うということがわかるだろう。
はてさて、どうするべきなのだろうか?
ここはいっそ、俺から仕掛けてしまうべきなのだろうか?
だが、既に彼女の好意を知っている俺が勝ちを確信しながら告白するのって、なんか狡いんじゃないだろうか? などという考えを俺が繰り広げる中、意を決したように桑山が大声で話を切り出してくる。
「あ、あのさ! わ、わた、私、実は――っ!!」
「お、おぉ……!!」
ぶんっ、と激しく首を振り、こちらに向き直ってきた桑山の顔がみるみるうちに紅く染まっていく。
大きく開いている瞳が潤み、口の開きに反して声量が小さくなっていく中、それでも俺は彼女の言葉を聞き逃さないようにと、全神経を聴覚に集中させていった。
「私、実は……? その、先は……?」
「あ、あの、その、私、私……っ!!」
じれったい。もどかしい。早く、早く……その先の言葉が聞きたい。
もう返事は決まってる。覚悟だって出来ている。だから、だから、だから……早く、その2文字を俺に伝えてくれ!
「私、私、は――!!」
ごくりと、桑山が息を飲んだ。
遂にその言葉を口にするのかと、お互いの心臓の鼓動が聞こえるんじゃないかってくらいに緊張している俺に向け、大きく息を吐き出した桑山は、俺へと告白を――
「わ、私……昨日、円楽園パークのヒーローショー観てきたんだよね!!」
「だぁぁっ!?」
――してくれなかった。あの状況から、最後の最後で、こいつ、日和やがった!!
昨日、ワルイダーさん(俺)に誓ったあの約束は何だったんだ!? あそこまで行ってヘタれるなんて、そりゃあないだろう!?
……でも、仕方がない。桑山は精一杯自分の想いを伝えようとしてくれたんだ。
最初から諦めて、何もしようとしなかった俺とは違って、きちんと自分の想いを告げようとした。
だったら……彼女にばかり、恥を掻かせるわけにはいかないよな。
気恥ずかしさも、申し訳なさも、俺だって背負えるってことを証明しなきゃ駄目だ。
「……へえ、奇遇だな。俺も昨日、円楽園パークにいたんだよ」
「え? そうなの!? うっそ、奇遇じゃん! もしかして私のこと見た!?」
「ああ、見たよ。お洒落してんな~、って思った」
「なんだよ~! だったら声かけてよ~!! 1人より2人でヒーローショー観たかったのに~!」
「ああ、それは無理かな。だって俺、出演者だったから」
「……へ?」
告白ムードから一転、普段のオタク話モードに切り替わろうとしていた桑山の声が、俺の言葉を聞いた瞬間に裏返る。
何か、嫌な予感を感じていそうな彼女へと、俺は羞恥を堪えて淡々と語り続けた。
「アルバイトでさ、円楽園パークのヒーローショーに出演する着ぐるみの中の人やってんだ。お前を見つけた時もバイトの最中で、俺は着ぐるみの中だったってわけ」
「あ、そ、そう? ね、ねえ、つかぬことをお聞きしますけど、あなた様が入っていた着ぐるみのキャラクターって、何でございますでしょうか?」
「……ワルイダー。ウルトラ戦隊シリーズの悪役キャラの、あいつ」
「~~~~~っ!?」
まさか、という表情を浮かべて顔を引き攣らせていた桑山が、滅茶苦茶な敬語で俺に質問してきた。
覚悟を決めて俺がその質問に答えてみせれば、彼女は全てを察して屋上の地面に突っ伏し、その場で悶え始める。
「んでさ、昨日ちょっと面白いことがあってさ。仕事終わりに、女の子から恋愛相談持ち掛けられたんだよ。すげー可愛い子でさ、好きな人に告白したいから、背中を押してくださいって頼まれちゃってさ~」
「もう、止めて……! ストップ、ストップ……!!」
「まあ、着ぐるみにはボイスチェンジャーがあるからまともな会話なんて出来なかったんだけどな。でも、その子もなんか吹っ切れたみたいで、今日、告白するって言って帰ってったんだよ」
「ヤメテ、ヤメテ……いっそコロシテ……!!」
「いや~! その子の告白、上手くいってるといいな! きっと今頃、好きな男を呼び出して、屋上で告白しようとしてる所なんじゃないか? んで、1回失敗してヘタれてる可能性も――」
「止めろって言ってんでしょうが! この性悪男っ!!」
「ぎゃふんっ!!」
いかん、悶える桑山が可愛すぎて、ついつい虐めてしまった。
脇腹に突き刺さる鋭い正拳突きの痛みに悲鳴を上げた俺は、顔をゆでだこのように真っ赤にして息を荒げている桑山と悶絶する役目を交代する羽目になった。
「ぐ、おぉ……! ナイスパンチ、桑山……!! これにはワルイダーさんも降参だぜ……」
「この馬鹿っ! 全部知ってたの!? なら、とっとと言いなさいよ!!」
「いや、覚悟決めてるところに茶々入れたら悪いかな~、って……それに、相手の好意を知ってから動くのって、なんか狡いじゃん?」
「そりゃそうだけどさ……ってことはなに? 私もう、昨日の段階で告白しちゃってたってこと!? 噓でしょ!? さっきの緊張を返してよ!!」
怒ったり、恥ずかしがったり、悔しがったり……そんな風にころころと表情を変える桑山の姿を見ていると、段々と楽しくなってきた。
暫く騒いだ後で落ち着いた彼女は、頬をほんのりと染めながら、ジト目で俺を睨み、恨みがましい声でこう尋ねる。
「……で? 返事は?」
「え? なんの?」
「決まってるでしょ!? 私の、その……告白の返事! もう昨日の段階で全部知ってるんだから、さっさと返事しなさいよ!!」
「あ~っと、その前に……お前、何か大切なことを言い忘れてないか? 昨日お前、ワルイダーさんと何を約束したよ?」
「っっ……!?」
ニヤニヤと笑いながらの俺の一言に、桑山が再び耳まで顔を真っ赤にする。
その反応が面白くて、可愛らしくて、ついつい俺はまた彼女のことを虐めてしまう。
「俺に、絶対、なんて言うんだっけ? 俺は別に構わないけど、ワルイダーさんとの約束はきちんと守らなきゃ駄目だろ~?」
「このっ、性悪男めぇ……!」
「はっはっは~! 何せ俺、着ぐるみバイトとはいえ、ワルイダーさんやってるからな!!」
「くぅぅぅぅぅ~~っ!!」
悔しそうに、開き直った俺を睨む桑山は、再び制裁の一撃を繰り出そうとしたが……振り上げた腕を下ろすと、観念したように溜息を吐いてから握り締めていた拳を解いた。
どこかすっきりとした顔になった彼女も、心の整理がついたのだろう。
あるいは、これ以上恥を掻くことなんてないと思って、俺と同じように開き直ったのかもしれない。
「……言ってくれ、桑山。きちんと、俺も応えるから」
「……うん」
ふざけるのは、茶化すのは、ここまでにしよう。
真っ直ぐに向けてくれた彼女の想いに、俺も真っ直ぐな想いで応える。
お互いに向き直り、熱くなった顔と赤くなった頬を隠さぬまま、どこか心地良さすら感じる胸の鼓動を感じる俺に向かって……桑山は、遂にその2文字を口にしてくれた。
「あなたのことが、好きです。あなたは……私のこと、どう思っていますか?」
「俺も、お前のことが好きだ。こんな俺でよければ、付き合ってください!」
ようやく……俺も、桑山も、自分の気持ちを大切な相手に伝えることが出来た。
もうとっくに答えは出ていたのに、随分と遠回りをしてしまった告白を思い直した俺たちは、堪え切れずに同時に噴き出すと共に、お互いの醜態を笑い合う。
「なによ、最後まで女の子に恥ずかしい役回りを押し付けて……! ホント、性格の悪い男!」
「お前、こっちだって恥ずかしかったんだぞ!? 昨日からずっと思い悩んでた俺の気分にもなってみろよ!!」
恋人同士になって3秒で喧嘩に突入しているが、これはこれで楽しいからよしとしよう。
何より、こんなにも近くで桑山の笑顔を見ることが出来るのだ。些細な問題など、これっぽっちも気になるはずがないではないか。
「……桑山、好きだ。お前のこと、大好きだから」
「ば~か。何度も言わなくたってわかってるわよ」
そう言って恥ずかしそうに笑う彼女の顔を見ながら、その幸せを噛み締めながら……俺は思う。
この笑顔を見るために、彼女を幸せにするために、俺は何度だって君に愛を伝えよう。
明日も、明後日も、その先も、これから先、毎日だって――
俺は絶対、君に好きって言うんだ。
明日、絶対、好きって言うから! 烏丸英 @karasuma-ei
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