明日、絶対、好きって言うから!


「う、うもぅ……」


 相談を持ち掛けられた時以上の動揺が俺を襲う。

 動悸が激しくなり、息苦しさを感じるのは、この着ぐるみのせいだけではないだろう。


 予想外も外、何かの夢なんじゃないかと疑うレベルの事態。

 こんな美味しい展開、漫画かアニメでしか見たことないぞなんて考えた俺がその心模様を示した呻きを漏らせば、何か思い違いをしている桑山が1人で淡々と話を続けていった。


「ごめんなさい、やっぱり困りますよね? こんな話をいきなりされても、ワルイダーさんだってどうしたらいいのかわからないでしょうし……」


 確かにどうしたらいいのかがわからない。道を歩いてたらジェット機に撥ねられた気分だ。


「でも、こういう相談が出来る相手って、ぱっと思いつかなくて……さっきも言った通り、ワルイダーさんなら私の背中を押してくれるんじゃないかな、って……」


 ワルイダーさんは背中を押すどころか完全に仕事人してるよ。現在進行形で、恋のキューピットとしての役目をこの上ない形で果たしてくれてるよ。


「だから、お願いします。私に、明日……彼に告白する勇気を下さい!」


 お前が気付いてないだけで既に告白は完了してる。目の前のワルイダーさん=俺、OK?

 ……って、ん? 告白? 明日? え? え? ええっ!?


「ふごっ!? むごぉ!?」


「はい、明日告白するつもりなんです。っていうか、ほぼ毎日告白するつもりではあるんですけど、どうしても踏ん切りがつかなくて……それで、最後の手段としてワルイダーさんのお力を借りるためにここに来たんです」


 え? なに? 俺明日告白されるの? 好きな女の子から?

 これなんてドッキリ? っていうか、もしかして俺、今日死ぬパターン?


 この十数分間の中で、心が落ち着いた記憶がまるでない。

 むしろどんどん動揺が激しくなって、ここからどうすればいいのかがわからなくなってる始末だ。


 まるで毎週観てるTVドラマの重大なネタバレを踏んじまった気分。

 決して嬉しくないわけじゃないんだが、こういうことはリアルタイムで知って喜びだったりとか衝撃を味わいたかったという思いを抱く俺の目の前で、神妙な表情を浮かべた桑山が言う。


「どう、思いますか? 彼は私のこと、ただの女友達としか見てないと思います? 告白しても、迷惑がられるだけで終わったりしませんかね?」


「ふ、むむごぉっ!!」


 桑山のその言葉に、俺は激しく首を左右に振って否定の意を示した。

 普通に考えて、こんなに可愛い女の子に告白されて喜ばない男がいるわけがない。それが思いを寄せている相手なら、猶更の話だ。


 ぶんぶんと首が取れるんじゃないかってくらいに首を振って、告白を迷惑に思わないという自分自身の意思表示を行う俺。

 そんな俺の様子を見た桑山は、ワルイダーさんがオーバーリアクションで自分を元気付けようとしていると考えたみたいだ。


「ふ、ふふふっ! ワルイダーさんは優しいんですね。お陰でちょっと元気出ました」


「も、もふぅ」


 それならよかったと、そう呟いた俺の言葉は気の抜けた呻き声へと変換された。

 それでもその声に込められた感情は伝わったようで、元気を取り戻した桑山は弾けるように立ち上がると、自分を勇気付けるようにして言う。


「よし、決めた! 明日、彼に告白します!!」


 堂々と、大声で……そう言い放った桑山の姿に、俺は言葉を失って圧倒されてしまった。

 そうした後、悪戯っぽく微笑みながらこちらを振り向いた彼女は、可愛らしく小首を傾げてこう尋ねてくる。


「ワルイダーさんも、応援してくれますよね? 悪役さんにこんなこと聞くのもおかしいけど、信じてますから!」


「も、もぐぅ……!!」


 ……ああ、やっぱこの笑顔だ。

 好きなものを語って、楽しそうに笑う桑山のこの笑顔は、眩しいくらいに輝いてる。

 俺はこの笑顔が大好きで、誰より傍でこいつの幸せそうに笑う顔を見ていたくて……心の底から、彼女のことを愛してるんだ。


 不意を打たれて、彼女の好意を知って、未だに動揺が収まらない部分もある。

 だけど、だけど……普段、ウルトラ戦隊のことを語ってる時に見せてくれる、俺が大好きな笑顔にも負けない輝きを持つ今の桑山の姿を見て、こう思うんだ。


 彼女が、こんな風に笑いながら俺のことを話してくれて嬉しいって。

 本当に好きなものを、人を、語る時の輝く笑顔を見せながら、俺のことを誰かに話してくれることが、堪らなく幸せだって。


「ふふふっ! なんだかすっきりしました。ワルイダーさんのお陰ですね! それじゃあ、私はもう行きます。お仕事中にすいませんでした」


 そう言って、ぺこりと頭を下げてから去っていく桑山を見送りながら、その背に手を振りながら、俺は思う。

 本当はここで、今すぐに、俺の気持ちを伝えたい。だけど、残念ながらこの着ぐるみを脱ぐことが出来ないから、今はそれを諦めるしかない。


 だけど約束する、先に全部を知っちまった狡い男だけど、自分から告白する勇気もない情けない男だけど、これだけは君に誓うよ。

 君が告白してくれた時、俺は君の輝く笑顔にも負けない精一杯の笑顔を見せる。

 それで、ちゃんと顔を合わせて、目を見て、自分の気持ちを伝えるんだ。


 だから待っててくれ、桑山。

 俺は、君に……明日、絶対、好きって言うから!

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