明日、絶対、好きって言うから!

烏丸英

告白されることを先に知っちゃったんですが



 ある日曜日、午後16時30分頃、円楽園パークのベンチにて。

 高校生の俺は、クラスメイトであり、仲の良い女友達であり、ひそかに想いを寄せている女子である桑山瑞樹くわやま みずきと2人きりでベンチに腰掛けていた。


 お洒落をして、薄く化粧もしちゃったりなんかしている彼女は、俺の贔屓目を抜きにしても可愛い女の子の部類に属するだろう。

 好きな女の子のすぐ近くで、周りに人気のない状態で、ベンチに並んで座っているシチュエーションになれば、男ならば誰だって幸せを感じると共に、ある種の緊張感を抱くはずだ。


 しかし……俺は今、幸福というものを感じてはいない。感じられる状況じゃない。

 正確には幸せであることは幸せなのだが、それを塗り潰す程の緊張と動揺によって、感情というものが希薄になっている状態だ。


 どうして、そんな風になっているのか? その理由は、今の俺の格好と彼女との会話内容にある。

 一つ、大きく深呼吸をした桑山は、意を決したようにこちらを向くと、やや後ろめたそうな声でこう話を切り出してきた。


「本当にすいません、ワルイダーさん。急に、こんな相談を持ちかけちゃって……」


「ぶごぉ……」


 明らかにおかしい名前を口にした彼女が、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 それに対して俺も困った顔をすると共に、何とも珍妙な鳴き声を上げた。


 さて、そろそろ今の俺たちの詳しい状況を解説せねばなるまい。

 俺たち2人は、デートでこのテーマパークにやって来たわけではなく、うっかりばったり出くわしてしまったと言った方が正しいだろう。

 ただし、桑山の方は相手が俺だとは気が付いていない。何せ、俺は今、ワルイダーというキャラクターの着ぐるみの中にいるのだから。


 『悪事魔獣ワルイダー』……日曜朝のヒーロー番組、ウルトラ戦隊シリーズの最新作に登場するこのマスコットキャラは、ずんぐりむっくりとした可愛らしい見た目に反して割とえげつない悪事を働くことで有名な人気キャラだ。

 俺は毎週日曜日、こうしてこのパークでヒーローショーに出演するというアルバイトを行っているのだが……そこに、桑山瑞樹が姿を現した。


 彼女がウルトラ戦隊シリーズのファンだということは知っている。俺が彼女と親しくなった切っ掛けも、お互いがその作品のファン同士だったからだ。

 しかし、まさかこいつが1人でテーマパークにやって来てヒーローショーを観覧する気概のあるアクティブなファンだったとは思いもしなかった。


 出番を終え、控室でこの重苦しい着ぐるみを脱ごうと園内を歩いていた俺は、ばったり桑山と出くわした。

 そして、今しがた出演していたショーのパンフレットを持っている彼女の姿を見て驚いて足を止めてしまった俺に向け、彼女は必死の形相でこう言ってきたわけだ。


「ワルイダーさん! どうか、私の恋愛相談に乗ってください!」


 そこからはまあ、どういう流れでこんな状況になったのかは覚えていない。

 桑山の勢いに押され、流され、気が付けばこんな風になっていたというだけだ。


 しかし、まさかこいつに好きな男がいただなんて……と、予想だにしていなかった事態に俺は着ぐるみの中で難しい表情を浮かべる。

 仲良くなっておよそ半年。学校でそこそこ楽しくオタ話に花を咲かせ、少なからず意識していた相手に想い人がいるという状況に戸惑う俺は、そわそわと落ち着かない気分を抱いていた。


 もしも桑山が好きな男が、成績優秀なあいつとか、スポーツ万能なあの野郎とか、もしくは部活の先輩であるあの男子だったらどうしよう?

 好きな女子が、好きな男について語り、相談を持ち掛けられるという状況に、俺は耐えきれるだろうか?


 最悪、TV番組のワルイダーの如く、気が狂って暴れたりしないだろうか……と、これから待ち受けるであろう精神的ショックに対する不安を感じつつも覚悟を決める俺に対して、頬を赤らめた桑山がこう話を切り出す。


「それで、その……私の好きな男の子についてなんですけど……同じ学校の、クラスメイトなんです」


「ぐぼぉ……」


 遂に始まった死刑宣告とも取れる会話に苦し気な呻き声を漏らす俺。

 ちなみにだが、この珍妙な声は着ぐるみに内蔵されているボイスチェンジャーによるものであり、俺の声は自動的に全て意味をなさないワルイダーの鳴き声に変換されることになっている。


「結構前から意識はしてたんですけど、最近、ちょっと思うところがあって……告白、しようかなって思ってるんです」


 ……まさか、そんな以前から想いを寄せている男がいたなんて気が付かなかった。

 クラスメイトってことは俺も顔を知っている奴に違いない。いったいどのあん畜生のことだ?


「その男の子とは同じ趣味を持ってるってことで仲良くなって、結構話すことも多いんですけど……向こうが私のことをどう思ってるかがよくわからなくて……」


 趣味仲間……ってことは、桑山が所属している水泳部の男子か?

 俺なんかよりも一緒に過ごす時間は多いだろうし、やっぱり頑張ってる姿を間近で見ると胸がキュンとして、それが一気に恋心に変わっていった感じかな……。


 くそ、俺も水泳部に所属しときゃよかった。カナヅチだけど。

 てか待てよ? 同じクラスの水泳部の男子ってことは、もうほぼほぼ相手を絞り込めるんじゃ――


「それで、その……私の趣味っていうのは、あんまり周りの人から理解されることが少ないもの、でして……」


 ――ん? 周囲から理解されない趣味?

 ほな水泳と違うなぁ。部活としてやってることが周囲から理解されないなんてこと、有り得ないもの。


 とまあ、頭の中でミルク〇ーイの漫才ばりのツッコミを1人で入れた俺は、水泳以外の桑山の趣味について頭を捻り始めた。


 え~っと、確かこいつの趣味は水泳の他には読書と映画鑑賞と毎週日曜日のウルトラ戦隊の視聴、だったかな?

 まあ、前者2つもウルトラ戦隊関連の本や映画なので、実質全部がオタ活と言って差し支えないだろう。


 ……あれ? もしかして桑山が言ってる周囲から理解されない趣味ってこれのことか?

 実際俺も「高校生にもなってヒーロー番組とか見てんのかよ~!」って友人から揶揄われること多いし、こんな俺よりも陽キャ感が強い桑山ならその風潮ももっと強いだろうしな。


 ……んん? ちょっと待ってくれ。クラスメイトで、ヒーロー番組の話が出来る男子って、俺意外にいなくね?

 ってことはこれ、桑山の好きな相手って、もしかして――


(いやいやいや、流石にないでしょ。都合の良い妄想し過ぎ)


 ――とまあ、浮かれ始めた自分自身を戒め、心の落ち着きを取り戻すためのツッコミを入れる俺。

 こういう時に舞い上がる奴ほど、後で手痛いしっぺ返しを食らうって相場が決まってる。俺はそういうのに詳しいんだ。


 だからまあ、調子に乗ることは止めておこう。

 可愛くて明るくてスタイルも抜群な桑山瑞樹が、取り立てた取柄もない俺を好きになるはずなんてありえな――


「その、ごめんなさい。ワルイダーさんにこういうことを言うのは失礼だとは思うんですけど、私の趣味っていうのは、ヒーロー番組の鑑賞なんです。特にウルトラ戦隊シリーズが大好きで、高校生にもなってドハマりしちゃってて……」


 ――そっか、本人がそう言うのなら、趣味はヒーロー番組の視聴で決まりやな。

 再び俺の頭の中でミル〇ボーイがそう結論付ける中、桑山はどんどん話を進めていく。


「その男の子と仲良くなった切っ掛けっていうのが、その子が持ってたワルイダーさんのキーホルダーを見て、私がつい話しかけちゃったって感じで……そこから同じ趣味を持つ友達として、話すことが増えていったんです」


 ああ、確かにそんな出会い方だったな。

 全く接点なんて無いと思ってたこいつと俺に、ウルトラ戦隊が好きっていう意外な共通点が合ったことに驚いて、ヒーロー番組が好きな女子がいるって知って俺もテンションが上がっちゃって、結構盛り上がったんだよなあ。


「なんて言うか、そいつと一緒にいると素のままでいられて楽っていうか、好きなものを好きって言えて、一緒に話せるのが楽しいなって思ってたら、いつの間にかその子と一緒に過ごす時間が幸せに思えるようになって、これが、恋、なのかな、って……」


 そうだよな。好きなものについて話してる時の桑山は、本当に楽しそうに笑うんだよなあ。

 いつもクラスの女子と馬鹿騒ぎしてる時の笑顔とは違う、本当に輝いて見えるその笑った顔が眩しく思えて……いつの間にか、その笑顔に心惹かれるようになってたんだ。


「……でも私たち、その趣味の会話を除くと接点とか会話とかが殆ど無くって。向こうが私のことをただの趣味仲間以上に思ってくれてる気がしないんです。だから、告白なんかされても、あっちは迷惑なんじゃないかなって思うと、どうしても行動出来なくて……」


 それを言うならこっちの方だわ。

 話す回数や時間は飛躍的に増えたけど、俺なんかよりも部活の仲間や他の友達と話すことの方が多いじゃん。


 だから、こんな俺が手を伸ばしても届くはずなんかないって、そう思っていたってのに……おい、ちょっと待て、まさか――!?


「でもやっぱり、このままこの気持ちを押し殺したままにするのは無理なんです。もう少ししたら進級して、クラスが別々になるかもしれない。そうしたら、その子が新しいクラスで可愛い女の子と出会って、恋人になっちゃうかもしれない。その時に何で動かなかったんだって後悔するのは嫌なんです。だからワルイダーさん、どうか私の背中を押してくれませんか? 出会いの切っ掛けをくれたあなたに励ましてもらえれば、私も勇気が持てるかもしれないって……そう思ったから、今日、ここまで来たんです」


 縋るような、それでいて力強い眼差しをワルイダーこと、俺に向ける桑山。

 真剣で、気恥ずかしそうで、普段の快活な姿からは想像も出来ない乙女らしい表情を浮かべる彼女の姿を見ながら、俺は思う。


 もしかして、もしかしなくても……こいつが好きな男子って、俺のことじゃね?

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