実は異世界転生モノの主人公を轢くトラック運転手は仕事でやっていた

アホウドリ

第1話

 俺は連絡を受け、ポケットからトラックの鍵を取り出した。


 新しい仕事が舞い込んだためだ。


 鍵を手の中で弄びながら、口に含んだガムを膨らます。俺は今の態度と、頭で考えていることを独りごちる。


「面倒だな」


 あの大臣の野郎からの連絡はこうだった。


大臣H  「異世界Aの王様が、誰でも良いから日本人一人欲しいそうです。そんなことで、テキトウなニートを異世界転生頼めますか?」


 今の時刻はニ十二時三十分。今日はこれから家に帰って寝ようと思っていた矢先の電話だった。


 俺はこんな仕事は断って早く帰宅と洒落こみたかったが、渋々受けることとした。いかんせん、給料が桁外れに高いからだ。生活の要となっている。


 とはいえ最近思うのだが、あの大臣の野郎は仕事の依頼が雑になっていると感じる。これはどうやらただでさえ最近多い異世界転生が、さらに増えたことで辟易しているからだそうだ。


 そんなことは理解しているものの、仕事の依頼くらい礼儀を持てないのだろうか。何せ、この仕事を生業としている人間は俺しかいないのだ。重宝していただきたい。


 文句ばかりが頭を掠めるものの、仕事はキッチリこなすのが俺だ。


 手に握った鍵を眼前にあるトラックのドアに挿し込み、中に入った。


 座席に腰を下ろすとシートベルトを着用し、エンジンをつける。そこで一息吐いた。サイドブレーキのそばに仕舞ってあった冊子を取り出す。


「さて、ターゲットの位置はっと」


 異世界転生するニートを選ぶ方法は、大きく分けて二種類ある。


 異世界の王様直々に適正のある人間を選ぶ場合。


 俺がテキトウに選んだ場合。今回の場合はこれだ。


 前者の場合は、どうやら異世界の王様がニートの潜在能力を読み取って選んでいるらしい。そして、割合としてはこちらが一番多いようだ。ザッと八割だそう。


 後者の俺がテキトウに選んだ場合だが、選ぶ基準はもちろんある。大臣の野郎はテキトウとは言っているものの、決して道端で浮浪しているニートを無作為に選んでいる訳ではない。


 大臣の野郎からは、国が集めた全国に点在するニートを示す表を渡されている。そこから、俺はいつも顔が気に入らない人間を選び出している。


 そして、今回殺す相手は既に決めてある。前々から殺そうとは思っていたものの、「テキトウなニートを」という依頼がここ最近少なかったため、後回しにしていたのだ。


 プライベートで殺すこともできた。しかし、人殺しは仕事でやっているのであって、私怨ではやらないと決めている。だから今回まで伸びてしまったのである。


 冊子を元の場所に仕舞い、ハンドルを握った。


「行くとするか」




 三十分ほどトラックを走らせると、ターゲットの住む一軒家が見えてきた。俺は車を近くまで走らせた。


 ターゲットが寝食していると思われる部屋が、一番に見渡せる位置にトラックを止めた。ここからはひたすら待つのみだ。


 どうやら四六時中カーテンをしめているようだ。一時間ほど経つが、動く気配がない。しかしこれも、ニートにありがちなことだろう。


 四時間ほどが過ぎ朝の三時になった頃、ターゲットは部屋のカーテンを揺らした。


「起きそうだな」


 念の為、外出するかどうか伺ってみる。経験上、ニートは深夜になるとコンビニに行くことが多いからだ。


 数刻待つと、玄関のドアが開かれた。ターゲットが出てきたようだ。


 俺はサイドブレーキを外すとアクセルを全力で踏んだ。ターゲットが向かうであろう場所に先回りする。




 広い道路に出ると、停車した。後はターゲットを轢き殺すだけだ。


 思えば長かったものだ。やっとその時が来たのである。


 ターゲットは信号で止まった。俺の右手にはコンビニがある。真っ直ぐそこに向かうつもりであろう。


 俺は大きく息を吸い込んだ。


 ターゲットはこれから自分が死ぬことも知らず、呑気にあくびをしている。ふとバックミラーを見ると、俺は嘲笑を浮かべていた。


 信号が変わった。


 ターゲットは青信号を確認すると、脚を前に踏み出した。


 俺はその姿を確認すると、アクセルに足を踏み入れた。


 トラックのエンジンは轟音を鳴らせ、一瞬にして速度を上げた。


 俺はターゲットに気付かせるよう、わざと大袈裟な声で「あぶなぁぁぁい!!」と叫んだ。我ながら上手く演じられたと思う。


 ターゲットはその声を耳に入れると、途端に顔を歪ませた。恐怖の顔だった。


 トラックはどんどん距離を縮めていき、遂にターゲットとは目と鼻の先まで近づいた。


 せっかく大袈裟な声を上げ、注意を促したというのにも関わらず、ターゲットは体をまるで逃がそうとはしていなかった。日頃から運動を疎かにしているのが功を奏したのか? いいや、この場合は祟ったと言うべきか。


 トラックは、「ドスン」と大きな音を立てて止まった。


 形だけの生存確認をするため、トラックから降りた。周りをふと見渡してみると、人一人としていなかった。


 いるのは死体だけだった。


 俺はターゲットの死体に近寄り、息を確かめた。どうやらまだ死んではいないみたいだ。虫の息ながらも浅い呼吸をしている。


 ターゲットの肩を揺すってみる。一応の事故を装ってみることにした。


「大丈夫ですか?」


 声を掛けてみるが、何の反応も見せなかった。ヤレヤレ、弱い人間だ。


 意識は無くなっているため、聞こえないであろうが耳に口を寄せた。


「お前の親にはもう少し礼儀を弁えてほしいな」


 俺はそう言って、噛んでいたガムを膨らませた。

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