第11話 月夜に綴る、恋詩(コイモノガタリ)
落ちきった。戻って来た。
止まりかけていた呼吸の続き、息を大きく吸い込み、吐き出す。
ぼんやりとした視界にはこちらを見下ろすお月様と、涙に濡れる可憐な少女。
「タイヨウ、、、?タイヨウ!?」
「ええ。その通り、タイヨウですとも。」
全身が酷く痛む。先ほどまでは何かしら精神世界?のような所だったので忘れていたが、交通事故クラスで吹き飛ばされたのだ。痛くない方がおかしいというものだろう。
「無事だったのね、、、?良かった・・・本当に、良かった。」
「ははっ、、、。無事かと言われれば微妙な所ですが・・・」
自らも死にかけているこの状況で。腕だって相当に痛いはずなのに。
それでも彼女は、某が無事でよかったと本心から喜んでいるのが伝わってくる。
「まったく。本当に嫌になりますね・・・」
「そ、そうよね、、、。ごめんなさい・・・すっごく痛いはずなのに、よかっただなんて、、、。」
「あ、すいません!そのことじゃありませんのでお気になさらず!これはあれです!名誉の負傷と言うやつですよ!」
こんなにも優しく、誰かの為に本気で泣ける人を目の前にしながら、自分のことばかり考えていたことが本当に恥ずかしくなる。
誰よりも善人であるはずの彼女を――
「キヒっ。ギヒイイいい!」
「・・・うるさいですよ。今、いいところだったのに。」
まあ、カッコをつけて物思いにふけっている場合ではないのも事実。
目の前のアレを倒せぬことには何も始まらぬ訳ですし。
「動けるタイヨウ?」
「もちろん。動くために戻って来たのですから!」
「じゃあ、辛いだろうけど今すぐ――」
「ええすぐに。すぐにアレを倒しますので。」
「・・・なに言ってるの、、、。」
某の覚醒を知ってか知らずか、謎の化け物は阿智上がった某と目がった瞬間、後方へと跳び退き距離を取る。
「む、無茶だよタイヨウ!さっきだって・・・助けてくれて嬉しかったけど、、、!死にかけたんだよ!!?」
先ほど同じく、化け物とシルヴィアさんを結んだ線上を阻むように立つ某の袖を、
彼女は震える手で掴む。
二度とあんな姿は見たくないと。自分のせいで誰かが傷つく姿は見たくないのだと、言葉にならぬ強い思いを乗せて握りしめる。
「・・・やっとこちらに、手を伸ばしてくれましたね?」
あの時掴むことができなかったその手を、もう離しはしない。
袖を掴む彼女の小さな手そっと握る。陽だまりのような柔らかな体温を感じる。この暖かさを守る為ならば、某は、何でもできる。
強がりではなく、今度こそ、守るという覚悟を込めて。こちらを見上げるシルヴィアさんに笑いかけた。
「タイヨウ、、、?」
「ええ。某は太陽。しかし、実はもう一つの名がありまして。」
「??」
神様は言った。強くイメージをすればなんでもできる。それが『魔法』なのだと。
この世界の魔法のことなどよくは知らない。だが、イメージをすることならば誰にも負けない自負がある。
距離を取ったままこちらを睨む化け物へと視線を戻し、大きく息を吸い込む。
ここ一番の口上だ。腹から声を出していかねばカッコがつかない。
「・・・ま、いまさらつけるカッコなどあって無いようなものですが。」
それでもイメージが大切だと言うならば、やはり形から入っていかねば。
「すぅ・・・さあ、化け物よ!そして、どこかで見る魔性の女よ!我が身を見ては焼き付けよ!この名を聞いて刻み込め!!我こそは
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
沈黙が辺りを包む。そう、噛んだのだ。一世一代のこの大見得を、噛んだのだ。
「えっと・・・」
「大丈夫。言わずとも、良いのですシルヴィアさん・・・」
謎の化け物までもが空気を読んでか黙り切っている。むしろ勢いで襲い掛かって来てくれる方がこのいたたまれない空気から解放されたのに。
「つきよの、きぼう?」
「え、ええ。何を隠そう某、自国では物書きの端くれとして生計を立てておりまして。」
「そ、そうなんだ。」
やはり優しい。でも盛大に噛んだことには触れずにいてくれる優しさが今はとても痛い・・・
「ギヒ、、、ギイイイィィィ!」
「ええいっ!間が良いと言うか悪いと言うか!!」
ようやく声をあげた化け物はこちらへと跳びかかるまいとその体に力を込める。
もう少し・・・もう少し早くそうやってくれていれば、、、!
「タイヨウ!せめて武器を拾って!!」
「なに、心配はご無用!それにどうせ剣など握ったところで、某には無用の長物。」
「じゃあどうやって――」
「言ったでしょう?某は物書き。某の国の言葉で『小説家』。我らが握るは剣ではなく、ペン。」
「そんなことより後ろ!早く避けて!!」
「でもねシルヴィアさん。某の国ではこういう言葉もあるのです。」
10mはあろうかと言う距離を一歩の踏み込みで目の前まで迫る化け物。その勢いで繰り出されるのは、再三見た右の大振り。
反応すらできなかったその一撃に対して――
「”ペンは剣よりも強し”とね?」
某のイメージ通り、見えぬ壁が出現し化け物は弾き飛ばされた。
「ぎぎぃ!??」
呻き声とも、疑問符とも取れる声を漏らしながら元居た位置よりも後ろへと吹き飛ぶ化け物と、その光景を信じられないと言った表情で見つめるシルヴィアさん。
向こうで聞いた神様の言葉。自分でも信じられないほどの速度で走れた先ほどの現象。
ようやくすべてに合点がいった。理屈は分からないが、要するに、某の魔法と言うのは『自身のイメージの具現化』なのだ。
とにかく早くシルヴィアさんの元へと駆け付けねばと思ったから、速く走れた。
向かってくる敵から彼女を守り退けようと望んだから、化け物は吹き飛んだ。
「イメージが力になると言うのなら、某は最強でしょうとも!この手に握るただ一つの
何も無い宙をペンが走る。まるで白紙の紙に物語を綴るように。
書き連ねた文字はどういう訳か、形を顕わし
震える彼女の手を握ったまま、その温かさが伝わるほどに言葉が浮かぶ。
上体を起こし、恨み、辛み、怒り、憎しみ。おおよそ思いつく負の感情全てのような視線で、こちらを睨む化け物を見据えさらに綴る。
どうしてだ?誰よりも優しく、善人である彼女に対して。どいつもこいつもどうしてそんな目を向ける。
それがこの
彼女を襲う憎しみも。投げつけられる怒りも。誰もが君の敵だと言うのなら、その悉くを書き換えて、都合のいいハッピーエンドにしてみせる!
なぜならば――
「さあさあさあ!これより紡ぐは、誰もが羨む大団円。月夜野 星が送る一世一代の恋物語!その輝きが見えぬ、太陽輝く白昼であれど、星はどこかに在るように!希望とは常にどこかに在るものなのだと!!それを今、この世界に綴ってみせよう!」
綴った文字達は光り輝き、かざした某の手へと収束される。
そして、その光は結びの一言を合図に放たれた。
「某綴るこの物語。老いも若いも、良いも悪いも皆集まって!――とっくと御覧じろ。」
放たれた光は矢のように。けれどもその規模と速度はイメージ通り、矢とは比べようも無い程に壮大に。
化け物がいた地面ごと、跡形もなく吹き飛ばした。
「はっ、、はっ、、!我ながら・・・すごっ、、、!げほっ!」
「タイヨウ!?」
気が抜けたのか、これが神様の言っていた『代償』と言うやつなのか。
全身から一気に力が抜け崩れ落ちる某はシルヴィアさんの柔らか――優しい胸で受け止められた。
「大丈夫!?」
「も、もちろん、、、!普段の運動不足がたたったようですが・・・」
作り笑顔と共に出した親指も、いいね!と言った感じの見受けられない弱弱しいものになってしまった。
「よかった・・・本当に、無事で、、、!」
「わぷっ!?」
抱きとめられた某の体を、さらに強い力で抱きしめてくれるシルヴィアさん。
ああ、なんて良い匂い・・・もとい優しい子なんだろう。
「シ、シルヴィアさん、、。くるしっ、、。」
「ご、ごめんなさい!」
もうしばらく夢見心地でいたかった気もするが、これ以上は本当に酸欠で失神してしまいそうだ。
それでなくても体感したことのない程の倦怠感に襲われているのだ。布団があるのなら今すぐにでも眠ってしまいたいところである。
「色々聞きたいことはあるんだけど・・・どうしてあんなに無茶してまで助けてくれたの?」
「ははっ。どうしてでしょうね?なんと言うか、男たるもの泣いている女性は無視できないと言いますか、、、。」
「そんな理由であんな無茶したの??確かにすっごく強かったけど・・・」
「まあ、お互い無事で何よりという事で。ね?」
「ふふ。変な人。」
なるほど。とか、なぜならば。とか。この続きに自分は何と言うつもりだったのだろうか?こうして少し冷静になってみるとあの時浮かんだ感情がぼんやりしていてハッキリしない。
「・・・でも、その顔が見れただけで満足ですかね。」
「顔?わたし、顔に何かついてる??」
「いえいえ。顔が泥まみれなのはお互い様でしょうから。」
少し微笑んだあと、自分の顔をペタペタと触る彼女の姿が何とも愛らしく自然と笑みがこぼれてしまった。
続きに何を言うつもりだったのか、自分でも分からないがこれだけは言える。
某は、この笑顔を見るために頑張ったのだろうなと。
「なに一人でニヤニヤしてるの?」
「これは失礼。いいもの見れたなあ、と。」
「??本当に変な人・・・痛っ、、、!」
「大丈夫ですか!?とにかく早く手当てをしないと!」
折れた腕を押さえ顔をしかめるシルヴィアさん。
何をほっこりしているのか某は!彼女だってまあまあな大ケガだと言うのに!
「よっこらせえええっ!」
「あ!無理に動いちゃダメだよ!」
「なんのこれしき!締め切りまえの三轍の眠気に比べればどうという事もありませんとも!」
気だるい体に喝を入れ、なんとか立ち上がり手を差し出す。
「さあ!暗い夜ももうすぐ明けます。痛いでしょうが、もう少しの辛抱ですので。」
「・・・うんっ!」
差し出した手を、今度はしっかりと握ってくれた。
急転直下の夜もこれにて多少は落ち着くはず。あとは暴徒と化した町人の目をかいくぐり町を出れれば!
それに体力が戻り頭が動くようになれば、某の力ならばみんなを元に戻せるやも――
―パチパチパチっ。
「すごいわ。本当に良くがんばったのね?」
瓦礫の影から聞こえたのは拍手の音と一つの歓声。
よくできましたと子供を褒め称えるような、甘ったるい称賛。
「・・・何かまだ御用でも?」
「あら?あなたがワタシを呼んでくれたのでしょう?言われた通りに目に焼き付けようかと思ったのだけれど。」
「要らぬこと言わなければよかった・・・」
相変わらず醜悪で綺麗な笑みを浮かべながらその姿を見せたのはプラセル。某の恩人で、この惨状の首謀者だ。
「タイヨウ・・・」
「大丈夫。某がついています。」
ペンを握り、プラセルを睨みつける。来るなら来い。たとえ刺し違えてでもシルヴィアさんだけは必ず。
「そう怖い顔しないで?ワタシは本当に見に来ただけよ。」
「ほう?ならばここから立ち去る某達に手を出すことは無いという事ですか?」
「ええ。ワタシは何もしないわ。・・・その子たちはどうかは知らないけどね?」
「っ!タイヨウ!!」
・・・やはりほっこりしている場合ではなかった。たとえ血を吐いてでも走り去るべきだった。
瓦礫の影から姿を現したのは暴徒と化した町人達。いや、性格には元町人。
その誰しもが、先ほど倒した化け物同様に、かろうじて人の形を保っている有様だ。
「ひい、ふう、みい・・・十ではききませんね・・・」
「みたいね?一応言っておくけど、別にワタシが集めたわけじゃないわよ?」
見えているだけでおよそ20。この様子では、もしかしたら正気を失ったこの町全ての人がこうなっている可能性もある訳か。
「じゃあワタシは特等席でしっかりと目に焼き付けておくわね?あなたが綴る物語とやらを。」
「どうぞご自由に。驚きの結末に度肝抜かしやがれですよ。」
「あら、怖い。楽しみにしているわ。」
そう言うと、ふわりと浮かぶように跳び上がったプラセルは10m上離れた瓦礫の上へと腰掛け、何とも楽しそうにこちらを見下ろしている。
本当に性格の悪い人だ。ドSにもほどがあるでしょうに。
「ごめんなさい、、、。わたしのせいで、、、!わたしが、、、」
「シルヴィアさん。謝ることなど何も無いですとも。もう一度言います、大丈夫。」
「違うの・・・わたしがいるから――」
「そんなことはありません!」
全部わたしが悪いと。彼女は言おうとした。言わせはしない。そんな言葉は、もう二度と口にさせやしない。
この世界には救いようの無い悪人になる者は存在する。それでも、ただそこに在るだけで悪とされていい者など居るはずが無い!そんな理不尽、某は認めない。
「あなたは、見ず知らずの某を・・・助けようとしてくれたではありませんか。」
「でも・・・」
「それだけで、十分なのです。この手に伝わるあなたの温もりを、某は守りたい。――君の為に、君の未来を紡ぎたい。」
何度も言うが、この世界の魔法のことなど某はこれっぽっちも理解できていない。
それでも、自分の体のことはよくわかる。某は、先ほどのような魔法は使えない。いわゆる「ガス欠」と言うやつだろう。あてもない感覚だが、確信に近いものがある。
さらに悪い報せ。あばらが酷く痛む。先の戦いで吹き飛ばされた際に折れていたのか、息を吸うだけで激痛だ。走ることはおろか、正直、立っているのも辛い。頭も痛いし、吐き気もする。まさに満身創痍だ。
「希望があるところには、必ず、試練があるものだから。」
呟いて、握るシルヴィアさんの手をさらに強く握りしめる。
打開策など無いし、絶対絶命と言えるほど追い込まれているのも分かっている。
それでもどうしてだろうか。こうして彼女の手を取っていると、なんとなく、できるような気がしてしまうのは。
「あなたの愛がどこまで続くのか、どこへたどり着けるのか。わたしに見せて頂戴。」
歌う様にプラセルが口にしたのを皮切りに、化け物たちが四方八方から跳びかかる。
「うおおおおおっ!!」
勇んで吠えた所で、2秒後には死んでいる。それでもイメージを。必ず守ると。彼女の笑う未来を紡ぐと決めたのだから。
「
襲い来る化け物たちの頭上より響いた女性の声と、降り注いだ――
「火の、槍、、、?」
断末魔と共に地面に倒れ伏し、次々と燃え尽きていく化け物たちを呆然と見つめる某とシルヴィアさん。
「そこの凡人×2。生きてる?生きてるわね。ならいいわ。」
頭上には、何とも事務的な生存確認をする異世界第三の美女がふわふわと漂っていた。
剣より強いペンで、某、世界(ものがたり)を紡ぎます。~愛した女神と7人の罪人~ 悠 @tamtam2366
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