第10話 某、物語を紡ぐ者。

「おお!おおぉっ!なんじゃこりゃあ!!」


 覚悟を決め街へと駆ける某。イメージはまさしくメロス。戻ったころにはシルヴィアさんは死んでました。ではいくら何でもカス過ぎるオチだ。

 

「はやいっ!体がまるで風のようだ!!・・・というかはやすぎるぅっ!!」


 自分でもこのスピードで曲がれているのが奇跡だと思うほどに早い。理由は不明。ここへ来てついに覚醒したか!?などとも思うが残念ながら今のところ目立った進化は「足が速い」の一点のみ。


 試しに瓦礫を持ってみたが普通に持ち上がらなかったし・・・


「しかし・・・しかーし!これならばきっと!!」


 間に合うはずだ。急に原付並、いや。下手すればそれ以上に早くなった某の足の理由は分からないが。おそらくはついに来たのだ!主人公スペック開花の時が!!


「早さもさることながら、これだけ走っても息一つ切れぬ心肺機能!すばらしいですよー!」


 嬉々として走り抜ける最中、目の端を通り過ぎた人型の影。そして少し離れた場所から小さな爆発音のようなものが聞こえる。


「今のはまさか、、、!」


ドリフト張りに方向を急転換。目指すのはとにかく彼女の元へ!

「今度こそ、、、。今度こそ、必ずっ!」


 路地を抜け、大通りを過ぎた先に見えたのは例のと諦めたように俯く彼女の姿。


「早くっ、、もっと早くっ、、、!!」

 その思いに応えるかのように地を蹴る脚はさらに速く回転し・・・って速すぎるうううぅぅ!


「ぬあぁぁぁっ!なんか知りませんけども超早い某いぃ!!の勢いでドロップキッーーク!!」


 止まらぬなら、突っ込んでしまえ、ホトトギス。(字余り)


 まあとにかく、人生初のドロップキックは見事に命中。加速した勢いはそのまま敵へとぶつけられそれは見事に吹き飛んでくれた。


「どう、、、して、、?」

「はぁ、、、はぁっ、、、。さ・・・作戦通り!」


 キョトンとした顔でこちらを見上げるシルヴィアさんに出来る限りの作り笑顔を向けながら親指を立てばっちりだとアピールして見せる。


「ご無事でしたか!よかっ、、、」


 口にしてまず目に入ったのは、異常なほど青く腫れあがった彼女の右腕だった。


「その腕は――」

「どうして来ちゃったの!?」

「おおうっ!?」


 話し終える間も与えられずものすごい勢いで詰め寄ってくるシルヴィアさんの勢いに気圧され言葉に詰まる。


「いたっ、、、。」

「そ、そんなケガで急に動いてはいけませんよ!?まずは安静にしていていないと・・・」

「そんなことはいいの!なんで?だってここに来ちゃったら・・・」

「キヒ、、キヒヒ、、!キヒヒヒヒヒっ!」


 相変わらず狂ったような笑い声が会話を裂いて響き渡る。埋もれた瓦礫を押しのけ立ち上がる敵は相変わらずやる気満々と言った表情だ。


「やはりそう上手くはいきませんか・・・ちょっと失礼をば。」

「へ?わ!だ、大丈夫!自分で立てるから!!」

「某などにお姫様抱っこなどされたくないでしょうが、今はしばし我慢してください!」


 彼女を抱え上げ脱兎のごとく逃走開始。できる限りあんなのと殴り合いなどしたくない!


「無理よ!わたしを抱えたまま逃げきるなんて!!」

「いやいや!こう見えても某引っ越しのバイトなどもたしなんでおりましたゆえ!重い物を抱えて走るのには慣れているのです!」

「お、重くないもん!!」


 おっと、これは失言。ま、そのバイトも一回行ったきりしんどくて逃げたことは内緒という事で。


 それにしても、想像よりも軽く持ち上がってしまった。女性とはこんなにも軽いものなのだろうか?


「フフフッ。これはいよいよ本領発揮という所ですかな・・・」

「何か言った?」

「いえ。いいえ!なんでもありませんとも!しっかりと掴まっていてください!」


 敵も相変わらずの聞くに堪えない笑い声を上げながら追いかけてくるが、某の方が早い!

 人一人抱えていてもこのスピードならば余裕で逃げ切れ・・・


「・・・あれ?」

「え?きゃっ!」


 コケた。それもう見事にズッコケた。何かに躓いたわけでも無ければ足が滑ったわけでも無い。


 なんというか、こう。ストンと力が抜けたように崩れ落ちた。

 走っていたスピードがあった分勢いでキレイにズッコケたのだ。


「だ、大丈夫ですかシルヴィアさん!?」

「わたしは大丈夫、、、。あなたこそケガはしてない??」


 苦痛に顔を歪ませ冷汗を流しながらも笑顔でこちらを気遣う彼女。腕が折れているのだ。あの勢いで地面に叩きつけられていたくない訳が無いと言うのに・・・


「す、すぐ立ち上がりますので少しお待ちを・・・あだっ!」


 手を着き立ち上がろうとするものの上手く力が入らず顔から地面にダイブ。大した高さじゃなくとも石畳はやはり硬い。


「お、おかしいですね、、、。このっ、、、!」


 立て、立て、立て!


 何度も何度も。この数秒で数え切れぬほど脳から命令を送るものの手足には上手く力が入らずうんともすんとも反応してくれない。


「はぁはぁっ、、、なぜです!?先ほどまではあんなに、、、!!」


 間に合ったのに。やっと自分も役に立てるかもと思ったのに、、、!


 ゆったりと近づく足音が聞こえる。笑い声はなりをひそめながらも、その口元は何とも醜く歪んだ敵の姿が目に映る。


「・・・わたしが囮になるから。わたしが走り出したら、あれは必ずこっちを追いかけてくるわ。だから、あなたはなんとか生き延びてね?」


 青く腫れあがり、明らかに変な方向へ曲がってしまった右腕を庇いながら起き上がったシルヴィアさんは、また優し気に笑いかけながらそう呟いた。


 どうしてそこまでできるのか?あなたが助けようとした町の人たちは、誰もあなたを助け無かったじゃないか。

 あなたが助けようとしている某は、あなたを見捨てようとしたじゃないか。


 あなたは最初から、そんなにも――震えているじゃないか。


「某は・・・翌檜 太陽アスナロ タイヨウです。」

「え?」

「ふふっ。なにを言ってるんだとお思いでしょう。何を隠そう、某自身も思っています。でも、今を逃すと・・・もう、伝えられそうにありませんので。」


 ほんの少しだけ。本当に少しだけ、立ち上がる程度の力が戻った気がする。


 体を半身に構え軽く握った右拳を前へ。左拳は腰元へ。・・・そして口元には余裕の笑み強がりを。


 何ともデジャヴな構えを取り彼女と敵との間に立ち塞がるように割って入る。


「無茶よ!わたしが引きつけるからあなたは――」

「ええ、無茶でしょうとも。無駄でしょうとも!・・・でもなぜでしょうね?なんだか、あなたには生きていて欲しいのです。――君の為なら、できる気がするのです。」

「いや、、、やめてっ!」

「名前・・・覚えておいてくださいね?」


 もう一度だけ彼女の方を振り返りその顔をしかと目に焼き付ける。


 誰より自分が分かっている。この後の展開もデジャヴだ。どうせ攻撃を避けることはできないし、勝つことなど到底不可能だ。

 でも、もしかしたらさっきみたいな理由も分からないパワーアップがあるかもしれない。・・・そんなくだらない妄想に縋るくらいしかできない自分が、本当に情けない。

 

 それでも、守れないのならせめて・・・守ろうとして死ぬくらいは良いじゃないか。

「さあ。・・・どこからでもどうぞ?」


 ひと際大きな笑い声が響いた後、化け物は猛烈な勢いでこちらへと駆けてくる。


 大振りの右。案の定避けることすら叶わず宙を舞う某の体。都合のいい妄想は、残念ながら――現実にはならなかったようだ。


「はっ、、、がっ、、、」

 

 何mか飛んだあと地面へと叩きつけられた。


 うっすらとした意識の中、こちらへ駆け寄り、縋るように泣くシルヴィアさんの声が聞こえてくる。

「どうして、、、。いや、、、タイヨウ、、タイヨウ、、、!せっかく、名前を聞けたのに、、、。」


 涙を流しながら某を見る彼女に・・・こんなタイミングだと言うのに我ながら呆れてしまうが。――見惚れてしまった。


「あぁ・・・なるほど、、、。これが・・・」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



目を覚ますと、いつぞやの草原だった。

「・・・はい。またこのパターンですか。」

「やあやあ!呼ばれて飛び出て――」

「呼んでないですし古いですし。怒られますよ?」

「むう。つれないものだねえ。」


 開いた瞼の向こうから映る視界にひょっこり顔を出したのは背丈ほども長い髪の毛を一本のおさげにまとめた自称神様。その表情は、某に出鼻を挫かれたことが不服だったのか、少しばかり拗ねたようにむくれている。


「こんなにも早く、神様にまたお会いすることになるとは思いませんでしたよ。あなた、自分がとてもレアキャラだってことわかってますか?ありがたみが無くなりますよ?」

「それは困ったな。私から神様と言う個性を取ってしまうと、天真爛漫で超性格の良い美少女くらいしか残らないぞ?」


以前と変わらず、飄々としていると言うかおどけていると言うか・・・

なんとも本心の見えてこない”神様"だ。


「まあ神様の考えをあずかり知ろうと言うのがおこがましい話ですかね?」

「ふふふっ。そうだろうそうだろう?よく言うじゃないか。”神のみぞ知る”とね?」


 クルクルと2回転ほどした後いたずらっぽく微笑む自称神様。


「で?某は今度こそ死んだのですか?」

「そう思う割には落ち着いているじゃあないか少年。」

「いまさら慌てふためく方が難しいと思いませんか?」


 訳も分からず異世界に転がり込み、理解の追いつかぬまま窮地に立たされた。慌てふためくと言う行為ならば、すでに一生分はやっていようというものだ。


「まあそれも一理あるか。」

「それで・・・神様がわざわざ天国までの案内を?」

「いいや?その予定は特に無いが?」

「ではまさか地獄に叩き落とすつもりで、、??某、そこまで悪い事をした覚えは無いのですが・・・」


「それはそれで面白そうだ」などと不穏な言葉を呟いた神様だったがどうやらそれも外れ。一瞬真顔だったので怖かったが・・・ちゃかすような笑顔で彼女は言葉を続ける。


「先ほどの質問に答えるのなら、君はまだ死んではいないさ。どちらを選ぶかは君の自由だとも。」

「・・・選ぶ?」

「ああ!このまま静かに息を引き取ると言うのも、それはそれでありなんじゃないかな?神様としての忠告だが、君にこれ以上楽な死に方は無いぞ?まあ私的にはそんな結末アリよりのナシだが。」


 満面の笑みでそんな今どきJK風の言葉を発する神様。

「よくもまあそんなにいい笑顔でお先真っ暗な未来を語れるものですね・・・」

「あっはっは!暗い顔で暗い話をするよりかはいいだろう?だが・・・君は、それでいいのかい?」


 真っ直ぐ、とても優しい瞳で彼女はこちらを覗きこんでいた。


「けれど、生きた所で某には・・・」

「君の物語はまだまだ始まったばかりだろう?序章も序章でバッドエンドだと決めつけるのは早計にすぎると私は思うのだがね。皆が笑えるようなハッピーエンドが好きなんじゃなかったのかな?」


 確かに、物語とはハッピーエンドであるべきだと思っている。でもこれは、現実なのだ。


 誰かが描いた壮大なファンタジーでも、某のくだらない妄想ですら無い。

「なら、そんな”ご都合主義”が通る訳が無いでしょう・・・」

「おや?そんなご都合主義を紡ぐのが「小説家」というものだと思っていたのだがね?・・・君の描く物語で誰が笑っていようと泣いていようと私の知ったことでは無いさ。でもね。せめて君の物語なのなら――君くらいは、笑っていなけりゃあいけないんじゃないのかな。」


 自分が笑える物語。今更、皆を救うことなどできはしない。この数時間でそんなことはとっくに諦めた。

 何もできないから、せめてカッコがつくようになんてくだらない理由で立ち向かった。


 でも、瞼を閉じる寸前に見えた彼女の顔は泣いていた。その表情だけがどうしても――

「――諦められないんですよ。」


 結果は変わらないのかもしれない。もう一度ぶっ飛ばされて今度こそ死ぬだけ。たかが数秒。もしかしたらもっと短いかもしれない。


 けれど、そういうたかが数秒で奇跡が起きるのが物語の『ご都合主義』だ。


「ここまで散々自分に都合のいいことばかり考えてきたのです。最後まで、それくれいは貫き通してみせますとも!」

「ふふ。よーしよく言った!」

「なぜにっ??!」


 バチコーン!そんな擬音がよく似合う平手をなぜか顔面に食らう。


「こういう時は百歩譲っても背中でしょう!!」

「そういうセオリーを覆していこうぜ!」


 良き笑顔。とても良き笑顔で親指を立てながらこちらを見下ろす神様。


「ほんっとに訳の分からない人ですね!」

「まあ神だからね!」

「このっ、、、。ああ言えばこう言う・・・。」

「ふふっ。揚げ足を取られたくないのならまずはその足をカラッとしないことだね。」

「人の足を手羽先のように言うのやめてくれませんか。」


 クルリクルクルと。二歩ほど某と距離を取り、こちらを覗きこむ神様はとても楽しそうだった。

「他人事だと思って気楽なもんですね!」

「そりゃあそうだろう!だって私はどこまで行っても部外者!ただただ眺めることしかできない、神様なんだからね。」


・・・本当に腹の内が見えない神様だ。そんなにも楽しそうな表情に浮かぶその瞳はなぜそんなにも――


「ささ。そうと決まれば善は急げだ!ここは外と時間の流れが違うとは言え限界がある。帰り支度はOKかい?」

「展開が早すぎやしませんか!?・・・まあ、ここに居ても何も進まないことはわかったのでかまいませんが、、、。」

「なんだいなんだい。えらく不服そうじゃあないか?じゃあそんな君に1つだけヒントをあげよう!心して聞き給えよ?」

「ヒント?」

 

 胸を張りまだ何も言っていないのに何とも誇らしげな神様は言葉を続ける。


「いいかい?この世界の魔法とはね、君の考えているような難しいものじゃあ無いのさ。『そう在りたい』と強く、そして明確にイメージしたまえ。」

「強く・・・イメージする。」

「そうさ。君はなんだってできる。倒せぬはずの脅威を倒し、飛べぬはずの空を飛び、救えぬ世界だって救えるかもしれない。それが君なんだよ?」

「また大げさな・・・剣も握れぬ某に、一体何が救えると、、、?」


 呆れ気味に呟いた某を神様はなんとも不思議そうな顔で見つめる。


「おや?ついさっき言ったばかりなんだけれどね?”そんなご都合主義を紡ぐのが「小説家」というもの”だと。けれど忘れちゃあいけないよ。何事を為すにも、それ相応の対価は必要になるものだ。」

 

 今までの中でも、とりわけ優しい口調で諭すように話かけてくる。


「明確な、イメージを。」

「そう。より強く、よりハッキリと、ね。」


・・・なるほど。たしかに、それならば確かに某はだ。


「さあっ!時間いっぱいだ!もう待ったは聞かないぞ?あーゆーれでぃ?」

「・・・もちろん。いつでも来いですとも。」


 にっこり笑う神様にニヤリと笑みを返す。


 やさしく、突き放すように手で軽く押された某の体は、地面があったはずの背後へと落ちてゆく。


 地獄に落ちる。恋に落ちる。


 そういった言葉を考えた方々は本当に天才だと思う。何事も始まりと言うのは、一歩踏み出すなんてカッコいいものじゃない。


 こうやって、どうしようもなく落ちてゆくから、ものなんだな。


 そんなことを思う、翌檜太陽の二十歳の春の夜。

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