第9話 真っ赤な夜に悪魔は笑う.2
「あら。悪魔なんてひどいわね。」
「これは失敬。疲れすぎて幻覚でも見ているのかと・・・してなぜここに?あなたは死んだのでは?」
「どうかしら?何なら足があるか確認してみる?」
いたずらっぽく笑いながら自らのスカートをまくり上げ太ももの中ほどまでをこちらに見せてくる。
「いえ結構。美人の柔肌は世の男性には目の毒ですので。」
「ふふっ。相変わらず口が上手いのね?」
何もわからぬこの異世界で今、一つ気づいたことがる。なにも理論立てて説明などできないがもとよりここは異世界であれば。そもそもが某程度の若輩者の知識ですべてを理論立てようとする方が無理難題であった。
「あなたが・・・これをやったのですか?」
「・・・なぜそう思うのかしら?」
にっこりと嬉しそうに笑うプラセルさんの表情に背筋に寒気が走る。
先ほどの人間もどきを見た時のような。いや・・・もっと強い嫌悪感のような感情。そしてこの感覚には覚えがあった。
今にして思えばほんとに小さなものではあったがパズルのピースは散らばっていたのだろう。
街で暴徒と化した人たちが口々に呟く彼女の名前。彼女と話している時に感じた悪寒にも似た感情。
――知っている人も知らない人も、全員愛しているわ。
そう言った彼女の瞳に垣間見えた「狂気」。
そのどれもがここへきてようやく絵になりつつある。
「何とも意地の悪い、、、。誰が気づけると言うのです、、、。」
「優しいだけではモテないのよ?好きな人には意地悪をしたくなる。そういう気持ちわからないかしら?」
「あいにくと某は・・・この人生で今誰かを好きになると言った感情を抱けたことが無いもので。」
さて。気付いたところでどうする某。先ほどまで嫌になるほど思い知らされたところだろう。自分の無力さに。こうして余裕をかまして話していられるのも諦めているからだ。これは、どうしようも無いと。
「何が目的なのです?」
「おかしなことを聞くのね?言ったでしょ?好きな人には意地悪がしたくなるって。」
「まさか・・・そんなことの、、為に??」
「あなたにとっては”そんな事”でもわたしにとっては”それほどの事”なのよ?他人の大切なものと言うのは・・・大概がそういうものなのよ、タイヨウ君?」
これのどこが意地悪で済むのか。「殺す気は無かった」などと言った所で情状酌量の余地などあるはずも無い。そもそもなぜこれが某に対しての意地悪になるのかも理解ができない。
「わたしは全てを愛している。そういったわね。」
「ええ。つい先ほど思い返していたところですよ。」
「正確には何かを愛する全ての人が愛しいの。」
「・・・何が言いたいのかよくわかりませんね。それは要するに一部の者にしか当てはまらないのでは?目の前の某などはまさに対象外かと。」
某の言葉を聞いて、今まで見た中で最も美しく、それでいて人にここまで醜悪な表情ができるのかと思うような。矛盾にしているように思うがそう形容しかできないような笑顔でこちらを見つめてくる。
「人と言うのはね。愛さなければ生きてはいけない生き物なのよ。物を。他者を。または自己を。そうやって何かに縋ることでようやく生きていくことができる生物なの。その様が、たまらなく、愛おしいの。」
恍惚。笑顔のままでその感情をありありと顔に浮かべるプラセルさん。
よくもまあ「笑顔」と言う一つの表情でここまでコロコロと相手に与える印象を変えることができるものだ。もはや嫌悪感を通り越して称賛すら送りたい気分だ。
「ですが・・・ならばなぜ?なぜ・・・」
「殺すのか?でしょ。簡単な事よ?だって殺したいほど愛しているんだもの。愛とは幸せになって欲しいと願う反面、それが自分の思い通りにならないことに憎しみをいだくものなの。愛憎は表裏一体。まさにだと思わない?」
誰よりも愛しているから、自分の手で殺すのだと。「愛」というものが抱える矛盾を体現したかのような生物。それが目の前にいる。ヤンデレを極めるとこうなるのだろうな。
「わたしだって、できることなら殺したくなんて無いわ。でも、いつかは憎しみに変わってしまうならそうなる前に。美しいものが美しい間に。そう思っていたのよ。」
「だがやはりわかりませんな・・・それでなぜ某がお眼鏡叶ったのです。」
別に某はそこまで愛情深いわけでは無いと思う。というか、家庭環境のせいか「他人への愛」というものに対しての猜疑心が拭えない。
もう一度言うが、某、顔は良い。だからこの見た目に惹かれ告白をされたことも1度や2度では無い。そしてその度思う。・・・「愛」とは一体どんなものなのかと。
「わたしにもわからないわ。ただ、初めて思ったのよ。殺して愛が変わってしまうのを止めるのではなく、最期のその時にこの愛がどうなっているのかを見てみたい。・・・なんでかしらね?」
自分で言っておきながら口元に指をあて悩むような素振りをする。日常生活で見ていればなんとも愛嬌のある仕草だ。むしろこの狂った状況でこれだけ平然と日常感を出せるあたり、彼女にとってはこれこそが「日常」なのだろう。
「それで・・・某をどうするつもりなのです?」
「??ちゃんと人の話聞いてたかしら?何もしないわ?この状況を作ってあとは見守るだけ。さあ、残念だけどお話もそろそろ終わりかしらね。逃げるなり戻るなり好きにすればいいわ。」
それだけ言うとあっさりと道を譲り何もする気は無いと言いたげに両手を顔の横でひらひらと振っている。
「でも、そうね。あなたの知るプラセル風に1つ助言をするなら。・・・あの子は街がこうなることを全部知った上で、タイヨウ君を助けに来たのよ?」
「そんな事、、、言われるまでもありませんよ、、。」
「そうかしら?これは受け売りだけど。何度も読み返しているうちに一度目は気づかなかった伏線に気づいて物語の見方が変わったりするそうよ?――あなたは、ちゃんと読みこんだのかしら?」
またいたずらっぽい笑顔に戻るプラセルさんの横を通りぬける。
知っていますとも。彼女はこうなることを知っていたからできる限りの人を救おうと声を上げていたのだ。その声に誰も耳を傾けず今に至る。当然の帰結だ。
「全部、知っていて、、、?」
見方を変えれば物語は変わる。今の某が考えていたのはこちらから見たシルヴィアさんの勇敢な物語だ。
じゃあ――彼女自身はどう思ったのだろう。
「・・・一つ、聞きたいのですが。」
「一つと言わずいくつでもどうぞ?」
「あなたは昨日の晩。通り魔事件が起きた晩に、どこにいたのです。」
「その質問は聞かなければ分からないほどあなたはバカでは無いと思っていたけれど?」
『その場に魔女もいたらしいわよ』
奥様の井戸端会議の一幕が頭をよぎる。もしや、その通り魔事件の真相はこの街の状況と同じだった?
その場にシルヴィアさんもいた。
「見方を、、、変えれば、、、?」
要するに。彼女は知っていたのだ。この状況でどれほどの恐怖があるかを。自分が疎まれていて街へ来ればどんな目に遭うかを。
そう考えれば昼に彼女を助けた時に怯えた目でこちらを・・・プラセルさんを見ていた理由にも合点がいく。
知っていたのだから。知って、恐れても尚――彼女はまだ救おうとしていたのだ。
「・・・そういえば、震えていましたね。」
最後の別れの刹那。笑顔で走り出した彼女はこちらにバレないように必死で隠しながらも震えていた。それに気付かぬふりをして某は逃げ出した。気付けば逃げづらくなるから。
本当に卑しく、どこまでも自分のことばかり。
「どちらを選んでもいいのよ?わたしはあなたを愛しているわ。どこまでも自分のことが大好きなタイヨウ・アスナロくん。だから何を選んでも、わたしはあなたを肯定する。」
戻らなければ。戻って何ができるわけでも無いだろうが。それでも、ここで逃げてしまえば・・・
「某は・・・もっと自分を嫌いになる。」
振り返った某を満足げに見るプラセルさんが目に映る。
「・・・どっちでもいいと言いながら満足げですが?」
「ええ。ここまでしたんだもの。できることなら堪能してもらいたいじゃない?」
「悪魔的に性格悪いですよ・・・あなた。」
めちゃくちゃ怖い。なにをどうカッコつけたってこれは変わらない。だって人間だもの。それでも、こんな時こそあの言葉だ。
「・・・希望があるところには、必ず試練があるものなんだ。byヘミングウェイ。」
「なあに。それ?」
「人生の師と崇めた人の1人の言葉ですよ。」
「そう。良い言葉ね。それじゃあせいぜい気を付けてね。死んでしまったらこれからわたしが
呆れ笑いを浮かべながらプラセルさんの方を見る。彼女は相変わらずの笑顔。その笑顔で思い出した。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れておりました。・・・助けていただいてありがとうございました。」
「何?急に。嫌味かしら?」
「いえ。助けてもらったからには「ありがとう」。ですから。」
「・・・ふふっ、、、。あっははははっ!なにそれ!?」
少しの沈黙のあと腹を抱える勢いで彼女は大笑いする。そこまでおもしろいことを言ったつもりは無いのだが・・・
「あ~こんなに笑ったのはいつぶりかしらね?本当におもしろい子。じゃあね。またいつか会うと思うけどせいぜいがんばってね。」
「あなたがそれを言いますかね?」
まるで味方側のようなセリフを言っているがあなたは敵の親玉でしょうが!と言うと長くなりそうなので飲み込みますけど。
「何を選んだってあなたは間違えていないわ。それだけは忘れないようにね。」
「はぁ?ほんとになんなんです、あなたは。」
「なんでも無いわ。わたしはただ・・・あなたを愛したうちの1人よ。」
走り出す瞬間に見えたプラセルさんの笑顔。どこかで聞いたようなセリフを口にしながら、それはとても優し気でキレイで――少し泣いているような気がした。
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彼と別れてから街の中を走り回り数十分。どこもかしこも殴り合い殺し合う人たちであふれていた。
「はぁはぁっ・・・誰か、まだ助けられる人が、、、!」
見かける人の半数はあの夜と同じで明らかに正気を失っている。洗脳や催眠系の魔法なら解除できるはずなのだが・・・
「どうして誰にも効かないの、、?」
わたしは本来戦闘に向いていない。治癒系の魔法は得意だが戦闘系の魔法は精々が平均程度。魔法が多少得意な人ならだれでも使えるような下位魔法が精一杯。
次にアレと出くわせばおそらく逃げ切れない。
「だから、それまでに少しでも・・・」
「うわぁ~ん!」
走り抜けようとした崩れた家のそばで子供の泣き声が聞こえ足を止める。
「どこ!?どこにいるの!??」
「おかあさんが、、、おかあさんがぁ、、、!」
瓦礫の反対側。小さな子供が下敷きになった母親の傍で泣き叫んでいた。
「だ、れ?おねが、、い、、この子を・・・」
「おねえちゃん!おかあさんをたすけてよぉ!!
瓦礫をどかそうと持ち上げては見るがピクリとも動かない。家一軒分の瓦礫。攻撃系の魔法を使ってもわたしには動かせるかどうか。それにそんなことをすれば確実に母親は耐えられない。
「あ、あなた、ま、さか、、!」
「ご、ごめんなさい・・・今、わたししか近くにいなくて・・・」
わたしの姿に気づいた母親は驚きと恐怖の入り混じった表情でこちらを見た。けれど、すぐにその表情は何かを覚悟したようなものに変わる。
「お、ねがい・・・私の命でも、なんでもあげるから・・・この子だけは、、、たすけてください、、、!」
「おかあさん、おかあさん!!」
わかっている。意味としては「助けてくれ」じゃなく「見逃してくれ」ってことなんだって。
でも大丈夫。これくらいのことには慣れてる。
「・・・約束します。お子さんだけは、かならず、、、。」
「ああ、、ありがとう、、、。ありがとう、、、。」
子供の手を取り極力人のいない方を探す。
「おかあさんは!!?おかあさんもいっしょに!!」
「うん。でもお姉ちゃんは弱いから順番にしかできないの・・・ごめんね。お母さんも必ず後で助けに戻るから。」
「やだぁー!」
見た瞬間に気づいていた。・・・あの母親は助けられない。
瓦礫を動かせるかどうか以前の話。普通の治癒魔術では、致命傷の人を治すことはできないから。
「はなして!ぼくがおかあさんをたすける!!」
「あ、待って!危ないから行っちゃダメ!」
握っていた手を振りほどき母親の元へと子供が駆け戻り――
――ドンっ!ぐちゃっ。
上から瓦礫のあった場所へと着地したアレに踏みつぶされた。
「そ、んな・・・」
「キヒ・・・キヒヒヒッヒヒッヒヒヒッ!!」
わたしが、手を離さなければ・・・わたしが・・・また、わたしのせいで、、、!
「キヒャア!」
「きゃっ!」
呆然としている間にも距離を詰められ弾き飛ばされる。
「いっ、、、。」
「キヒヒぃ。」
右腕が痛い。よく見ると変な方向に曲がっている。ああ、骨折ってこんなに痛いんだ。なんて暢気に考えているわたしを嬉しそうにアレは眺めている。
どうやって遊ぼうか。そんなことを考えながらおもちゃを見る子供みたい。
「わたし、、、結構がんばったと思うんだけどなぁ。」
顔もおぼろげな母に言われた唯一覚えている言葉。
『独りぼっちなんてことは無いよ。必ず世界のどこかに――あなたを愛してくれる人がいるからね。』
「信じてたんだけどなぁ・・・」
善いことをしていれば必ずいつか誰かが分かってくれると思っていた。でも結局最後までそんな人は現れなかった。本当は・・・わたしだって助けてほしかったよ、、、?
目を閉じて誰へともなく弱音を吐いてみる。何にもいいことなんて無かったなあ・・・
死はもう目の前。避ける体力も方法も無い。できることなら眠りに落ちるみたいに一思いに――
「ぬあぁぁぁっ!なんか知りませんけども超早い某いぃ!!の勢いでドロップキッーーク!!」
暗い視界に響いた声。
目の前にはすごい勢いでアレもろとも吹き飛んでいく彼の姿が見えた。
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