後日談 ハラルドとナタリーのその後の話


 森の奥に住むエルフ族は伝説上の存在だ。

 俺のたった一人のパーティメンバーであるナタリーは、その里から追放されて一人ぼっちになったエルフの少女だ。

 結束しなければ生きられない森の世界で、なぜそんな憂き目に遭ったのかといえば、それはひとえに魔法を使えなかったからという一点に尽きる。

 

 ギルドから追放された俺が彼女を拾ってから、長い時間が経った。

 色々なことがあって寄り添って生きることになったわけだが、出会った当初からある問題に悩まされていた。


「う、うぅっ……」


 ここは次の街に向かう道中の林道。

 岩場に背をもたれかけながら、雲のかかった星空を見つめていた俺は、夜営用の毛布の中から聞こえるうめき声を聞いていた。

 

(今日もうなされてるな、ナタリー……)


 美術品のような美貌を持っているかわりに、羞恥心を持たずに生まれてきたナタリーは、平気で俺と一緒の布団に入ってくる。

 しかし、やましいことになったことは一度もない。

 仲が深まった今も過去がトラウマになっているのか、こうして悪夢を見てうなされることが多かったからだ。


「大丈夫か、起きろ」

「うぁ……あ、あっ。あれ、えっ……ここは?」


 すぐそばでうなっている異種族の女の子をゆさぶった。

 俺の顔を見て、何度か目をまたたかせた。


「夢……?」

「今は旅をしていて、その道中だ。今日もうなされてたぞ」

「よかった……」


 脂汗を滲ませながら、手を小さく震わせて安堵の息をついた。

 まるでたったいま地獄から戻ってきたような、怯え切った痛々しい様子だ。

 俺はナタリーの手を握って言った。


「明日も早い。起きてるから、あとはゆっくり体を休めてくれ」

「で、でも交代の時間じゃ」

「いいんだよ。街を出たばかりでそんなに疲れてないし、多少寝なくても大丈夫さ」

「……はい」


 少し落ち込んだ様子で、申し訳なさそうに毛布にもぐった。

 俺は続けて様子を見守る。

 兄との戦いを終えて自由を取り戻し、さらに新しい関係となって旅に出た俺たちだが、過去とあまり変わらない日々を送っていた。


(せっかく旅に出てるのにな……)


 このままでいいのだろうかと思った。

 俺もナタリーも過去に縛られる必要はない。

 新しい人生を歩み始めたのだから、嫌なことは全てを忘れてほしいと思った。






「何かしてほしいことはないか」

「えっ?」


 翌日の午前中。

 日が昇り、背の低い草地の続く丘陵地帯を歩いていたところで、不意打ち気味に尋ねた。ナタリーは首をかしげて訊ね返してくる。


「ハラルドさん、どうしたんですか」

「俺たち、家族になったんだよな」

「はい。あの、ひょっとして、何か粗相をしてしまいましたか……?」


 しまったな。

 慣れなことを聞いたせいで、むしろ不安を抱かせてしまったようだ。


「むしろ俺が何かしてしまってないか不安なくらいだよ」

「不満なんて何もないですよ。お腹いっぱい食べさせてもらっているし、昨日もたくさん寝かせてもらいましたから」

「人間族との生活については?」

「森で暮らしていないのは不思議ですけど、エルフ族とそんなに変わらないですね」

「何でもいい。嫌なことがあったら、相談してくれよ」

「はあ」


 困った。

 ナタリーには、まったく不満そうな雰囲気はなかった。 

 悪夢を見て怯えている間の空気は尋常ではない。なんとかしてやりたくて、せめて普段の不安を無くしてやろうと思ったが、ないらしい。

 このままじゃ、せっかく掴み取った自由で楽しい旅も楽しみきれない。

 何もできないのだろうか。


「あっ」

「どうしたんだ?」

「この道をまっすぐ進むと、魔物がいますね」


 長い耳をピクピクと動かして耳を澄ました後、教えてくれた。

 エルフ族は人間族の何倍も耳がいい。おそらく魔物の動く音を感知したのだろう。

 

「魔力を貰ってもいいか?」

「もちろん」


 自然にナタリーが差し出してくれた手を握りしめる。

 俺は自分自身の『スキル』を発動した。『代行魔術』は、自分で魔法が使えない代わりに、他人の魔力を使って魔法を打ち出すことを可能にする特殊な能力だ。

 普通なら好かれない能力だが、ことナタリーに至っては違う。


「何ともないか?」

「平気です」


 中級魔法に必要な魔力を吸っているが、まったく平気そうだ。

 普通ならそれだけで魔力欠乏症で倒れる人間もいるが、膨大な魔力を宿しているエルフ族のナタリーは蚊に刺されたほども感じていない。

 俺は、魔法が使えない相方の代わりに、探知の魔法を放った。


「……一匹。それほど強い魔物じゃないな」


 目視こそできないが、向こう側に魔物がいることがわかる。

 おかげで、音だけでは感知できない情報まで捉えることができた。


「避けていきますか?」

「そんなに強い魔物じゃなさそうだから、真っ直ぐに進もう」

「わかりました」


 このやりとりも、すっかり慣れたものだ。

 馬車が何度も通って剥げた道を進んでいくと、向こう側に猪型の魔物が見えてきた。赤色の瞳が周囲を絶え間なく見渡して獲物を探している。

 俺は顔をしかめた。

 周囲には木片が散らばっている。

 積荷の残骸。護衛がついているはずの商人が、囮を使って逃げなければいけないほど強い魔物の可能性がある。


「少し強めの中級魔法を使うぞ」

「分かりました」


 だが、俺たちの敵にはなりえない。

 少し離れた場所で立ち止まって、手を握りあう。もう一度魔力を受け取って、繋いだ肌から絶え間なく魔力を注いでもらった。

 薄緑色の魔力が錬成される。

 もう片方の手のひらに浮かんだ魔法陣に、力が集まっていった。


『グ、ムムゥゥッ!』


 魔力を感知した猪の魔物はこちらに気付いて、唸り駆け出してくる。

 ナタリーが僅かに怯えたが、即座にけりがついた。


「『ストーン・ニードル』!」


 唱えた瞬間に、解放された魔力が地面を伝う。

 全力疾走していた魔物の真下。


『グ、ギッ!?』


 地中から茶黒色の棘が突き出してきて、容赦無く貫かれた。

 一瞬だけ悲鳴をあげて、目の光を消してうなだれる。

 その後、巨大な石の棘は魔力に還って消失して魔物は地面に落ちてきた。


「倒せたよ」


 近づいて様子を確かめた後、ナタリーに言った。

 この手合いにはすっかり慣れていて、勝利を称える言葉もなくなっていた。


「解体して魔石を取り出したいんだが、いいか?」

「はい、もう大丈夫ですよ」


 ナタリーは静かに手を合わせていたが、離れて戻ってくる。

 魔物は全ての生物の敵で、わざわざ手を合わせる人間はいない。エルフ族にとってもそれは例外ではないだろうが、ナタリーはそう考えてはいないようだった。

 

(森の種族だからってわけでもないんだよな……)


 ギルドに所属した頃を思い出す。

 パーティを組んだどの構成員も、討伐後の魔物の死骸をを踏みつけて、弄んでいた。別に憎い怨敵というわけでもなく、ただ動かなくなったもの虐めを楽しんでいるようだった。

 見ていて気持ちのいいものではなかったが、理解できないわけでもない。

 しかし、今の方が居心地はよかった。



「残念、魔石は思ったほどの大きさじゃなかった」

「そのくらいの大きさなら、高く売れるんじゃないですか?」

「まあ、三日分くらいの食料にはなるか」


 そう言うとニコニコと笑顔が帰ってくる。

 三日分というのはもちろん、ナタリー基準の食費である。俺なら一ヶ月は持つ量だ。

 魔石のほかにも、売れる素材を切り出した後は、魔法で地面に穴を開けて、地中深くに埋めた。これでいずれ土に還る。エルフ式の儀式らしい。

 無事に問題を乗り越えた俺たちは、また旅路を進んだ。


「なあ。次の街についたら、しばらく休んでいかないか」

「えっ?」


 巨大なリュックを背負ったナタリーに言った。

 きょとんとした様子で俺を見る。


「しばらくって、どのくらいですか」

「半年くらい」

「そっ、それはどうして……? もしかしてわたしのせい……」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 図星を突かれた俺は視線を逸らしながら、正直に言った。


「急に旅に出ることになって、落ち着かないんじゃないかと思ってな」

「私がですか?」

「よく悪夢にうなされているし、安息が必要なんじゃないか」


 昨晩の様子を思いながら言った。

 ナタリーは少し考えた後に、耳をぴょこぴょこさせながら顔を寄せてくる。


「ハラルドさん」

「な、なんだ?」

「わたしは外の世界を旅できて、とても幸せだと思っています」


 鼻先がくっついてしまいそうな距離。

 俺は思わず顔を赤くして身をひいたが、ナタリーはお構いなしに説明する。


「一緒に冒険に出てくれているおかげで、毎日が楽しいんですよ」

「それは、そうかもしれないけど」

「同じ場所にいるより、こうして旅に出ていたほうが安心できるんです。だから、今の冒険を続けたいと思っています」


 確かに、そうかもしれない。

 一か所に留まるより、色々な場所を巡るほうが好きだ。

 俺とナタリーは異種族だが、感性が似ているところがある。

 余計なお世話だったのだろう。


「いらないことを言ったな。今まで通りにしよう」

「あの、一つだけ変えてほしいことがあるんですが、いいですか」

「何だ?」


 話の流れに乗って、ナタリーが言うことを聞いた。

 夜中になって、丘陵の山で俺たちは夜営をはじめる。


「…………」

「やっぱり、これが安心できます」


 俺の膝上で、ナタリーがふわふわとした表情で寝そべっていた。

 やはり見た目よりもずっと軽い。

 森の木々を飛び回ることができているのは、この体重の軽さが秘訣なのかもしれないと思った。


「大地の精霊に看取られて土に還る前。お母さんには、よくこうしてもらっていたんです」

「エルフの里の話か」

「とっても暖かくて、好きでした」


 何も言わずに、懐かしむナタリーの言葉を聞いていた。

 独特な言い回しだが、追い出される前に母親を亡くしていたのだろう。

 深く聞こうと思わなかった。


「ハラルドさんの膝はごつごつしていますね」

「悪いな。けど、毛布を重ねればマシになるぞ」

「これがいいんです。少し寝づらいですけど、これが一番安心できます。交代の時間までこうさせてください」


 俺の膝を枕がわりにして、すっかり落ち着いてしまったらしい。

 綺麗な女性に頼られて悪い気はしなかった。

 

「今日は、星空が見えますね」

「ああ、本当だ」


 二人で空を見た。

 ナタリーと冒険することを誓った時に劣らないほど、美しい星空が広がっている。今日は雲がほとんどなく、貴族の宝石箱の中身を散りばめたような美麗さだ。

 

「たまに夢を見るんです」


 ナタリーは独白する。

 空を見上げながら、俺は無言で聞いていた。


「エルフの里で生きてきたのに、里のみんなに嫌われて追い出されて。あの時は、きっとこのまま死ぬんだって思いました」

「……分かるよ」


 悪魔信仰の実家にいた日々、ギルドに縛られていた日々を思い出す。

 このままでは自分も悪魔に取り憑かれると思い、追い詰められて、自分から選んで逃げ出した。

 ギルドから見捨てられたら生きていけないと思っていた。

 だが、どちらもある程度の心の用意ができていた。そうでなければ、きっと深い絶望を抱えていたに違いない。


「ハラルドさんと一緒に過ごして、ここが新しい住処だって思えるようになってきたんです」

「…………」

「旅をしているのに、住処なんて変ですよね」

「エルフだからって森で暮らす必要もない。こういう生き方をしてもいいんじゃないか」


 俺がそうかえすと、ナタリーは口元を緩めた。


「普段はクールな雰囲気なのに、今日は優しいですね」

「いつもは優しくないのか……?」

「冗談です」


 おどけたような緑色の瞳に見つめられて、からかわれたことに気付く。

 不満を示して見せると、ナタリーは小さく笑って頬に手を伸ばしてきた。


「ナタリー……?」

「わたしとつがいになると言ったんですから、ずっと一緒にいてくださいね、ハラルドさん」


 思わず見惚れてしまいそうな表情だ。

 綺麗な目には満天の星々がうつしだされている。


「もちろん、一緒にいよう」


 金色の長髪を撫でて言った。

 安心した様子で目を閉じて、ゆっくり寝息を立て始めた。

 その日から、本当の意味でのつがい・・・になるまで時間はかからなかった。


 ナタリーが悪夢にうなされることは、ほとんどなくなった。

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パーティを追放された俺は、里を追われた行き倒れエルフと長年の夢を叶えます! 〜魔法も弓も使えない最弱で最高の相棒と、俺の【代行魔術】のスキルで、最悪の人生が覆りました〜 日比野くろ @hibino_kuro

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