秘密の恋人

@nocturne_dp

「命短し恋せよ乙女」

「最近、恋人がいないのって私達だけなのよね……」


開口一番に紗夜(さや)が告げたのは、突拍子もない内容だった。


「えーっと、相談事ってそれ?」


今日紗夜の家に1人だけ呼ばれたのは、イツメンの中でも恋人がいない組に属する亜希であった。


「そうなのよ」


「えっと、なんで私?こういうのって恋人がいる人に聞くものじゃ……」


「恋人がいる2人には相談できないの!」


「えぇ?」


普通、逆ではないだろうか。

華のJKにもなって恋人がいない歴=年齢を貫いている亜希にとって、恋愛というのはドラマや創作の中の出来事なのだから。

当然そういうことに興味がないわけではないが、異性とどういう風に付き合うのが正解なのかは、亜希がどんな小説や漫画を参考にした所でなにもわからなかったのだ。


「あの……ね?亜希にお願いがあるの」


しかし、真剣な眼差しで見つめてくる紗夜を見て、亜希も話をちゃんと聞こうと思った。

形だけのイツメンではないのだ、仲のいい友達が本気で困っていて、助けを自分だけに求めてきたのなら、こちらも応えなければ女が廃るというものだろう。


「うん。私に出来ることならなんでもするよ」


「ほんとに!?じゃあ私と付き合ってください!!」


「………………ふぇえ?」


更に突拍子もない事を言いながら勢いで土下座してきた紗夜を見て、亜希は情けない声を出すことしか出来なかった。



「名付けて!恋人(彼氏とは言っていない)作戦!」


「はぁ」


話の内容に全く理解もテンションも追いつかないが、とりあえず諦めて最後まで聞くことにした。


「恋人欲しいでしょ?年頃の女の子だし」


「……人並みには」


「でも、いきなり男の子と付き合うのって怖くない?」


「怖い」


「でもイツメンで彼氏の話題になると取り残されて辛いよね」


「それは……わかる」


「だから私達が付き合えばいいかなって!」


「ちょっと待って!?」


論理の飛躍が過ぎる。

第1異性と付き合うのと同性と付き合うのでは勝手が違い過ぎるだろう。

亜希は想像の範疇でしかないが、人の話やテレビで聞きかじった程度の知識でもそれくらいは推察出来た。


「私達が付き合えば、それぞれ恋人が出来た!って言えるでしょ?」


「まあ、そう言えなくもないだろうけど」


「でも、お互いに私達だって言わなければ、美希と結愛だって勝手に男だと誤解してくれるわけじゃん」


「普通付き合うって言ったら男の子でしょ……」


「その幻想をぶち殺すのよ!!」


「わけがわからないよ」


「じゃあさ、男女の恋愛と女の子同士の恋愛って、何が違うのかな」


「それは……」


亜希は思考を巡らせてみた。

まず性別が違う、他には?

手を繋いだり……できる。

キス……できる。

結婚は……最近は自治体によっては出来るらしい。

子供は……。


「エッチなことが出来ない、とか?」


亜希は思わず、考えたことをそのまま口走ってしまった。


「エッチなことって……」


紗夜と亜希は顔を見合わせると、お互いに真っ赤に染まっていることに気づいた。

気まずい沈黙が流れる。

目も合わせられずに視線を壁の方に逸らしていると、紗夜が口を開いた。


「亜希は、興味あるの?その……エッチなこと」


「……紗夜ちゃんは?」


「質問を質問で返すのは、ずるい」


再びの沈黙。

その数秒後、互いにアイコンタクトで同時に言うことにした。


「「ある……」」


先程あれだけ威勢の良かった紗夜も、何故かか細い声になっていた。



「い、いくわよ」


「う、うん」


お互いに話し合った結果、とりあえずキスをしてみて嫌悪感を抱くのか確かめてみることになった。

とりあえずキス、という時点でとち狂ったのではないかと思うが、亜希も紗夜も恥ずかしさで頭がどうにかしていた。

紗夜がじっと見つめてくる。

その視線が自分に痛い程刺さっているのを感じ、恥ずかしさのあまり思わず目を瞑った。


(あぁ、だからキスをする時に目を瞑るんだ)


キスをする時に全員が全員同じように考えているかはわからないが、少なくとも、亜希にとってはそれが正解だったのである。


「亜希ってこんなに可愛かったっけ……」


紗夜の息が鼻にかかりむず痒くなる。

亜希の肩を掴む手にだんだん力がこもってくるのを感じる。


(痛い……でも、やめて欲しくない)


亜希は痛みや羞恥心や期待が入り交じった感情ではやくして欲しいと願っていると、唇の柔らかい感触が伝わってきた。


(あっ……)


「あだっ!」


キスの感動はたった一瞬で痛みによって塗り替えられてしまった。

紗夜が舌を入れようとして失敗したせいである。


「痛い……」


「ごめんごめん、ディープキス?ってやつ、やってみたくて」


「なんで最初から難しいことに挑戦しようとするのっ!?」


「なんか今の流れなら出来るかなーって、あはは」


「あははって……」


唇と唇が触れ合った時、確かに紗夜なりの愛情に触れた気がしたのだ。

あの電撃に打たれて痺れるような感覚を、感動を返して欲しい。


「もうっ」


「んぐっ」


このままじゃ拉致があかない、物足りないと思った亜希は、初めて他人を欲した。

紗夜の顎を強引に指で持ち上げ、舌をねじ込む。

舌と舌を絡ませ、唾液を交え、口の中をたっぷりと蹂躙すること1分。

驚いたように目を見開いたような紗夜に対し、唾液に塗れた己の唇をペロッとひとなめすると、亜希はこう告げた。


「へたくそ」


しばらく放心していた紗夜も、遅れて言葉の意味を理解すると少しムッとした顔をして、再び近づいてきて唇を重ね合わせてきた。



「はー……満足した」


あれから数時間経過し、その間幾度となく唇を重ねては離し、互いに求め続けた。


「も、もう無理……」


言い出しっぺの紗夜はと言うと、息をつく間もなくヘタり込んでしまっていた。


「紗夜ちゃん、すっかり女の子みたいになっちゃったね」


「私は元から女よ……それより亜希の方が男子みたい、目がギラギラしてるもん」


「えへへ、そうかなあ」


もう2人のなかで格付けは済んでしまったのだろう。

亜希は若干引いた目をしている紗夜を見ながら、次はアレをしたいコレをしたい、と欲求が溢れて止まらなかった。


「こんなことしてるのは他の人には言えないよね」


「うん……」


最初の頃とは打って変わり、口数が少なくなってしまった紗夜に対し、亜希はニヤリとしながら耳元で囁く。


「私をこんな風にした責任、とってよね」


こうして2人は秘密の恋人になり、関係を深めていくのであった。

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