エスコートされる探偵

「嫌です」


「んなっ!?」


 翌朝。なるべく誰もいない場所を選んで、サーニャ嬢との会談を仕立てた俺。しかしそこに待ち受けていたのは、単刀直入極まりない断りの言葉だった。これにはさすがの俺も、思わず口をあんぐりと開けてしまう。口調も、見事に剥げてしまった。


「おいおい。そいつぁ」


「……失礼しました。でも。いかに先生の頼みといえども、それだけは受けかねます」


 そう言って、そばかす顔が頭を下げる。俺に合わせてなのか、幾分か言葉を選んでいるようにも見える。しかし、どう言い繕おうとも。


「多少の推理はできるが、理由を聞かせてくんねえか」


「正直申し訳ないのですが、直感です。あと、先生自身もおっしゃっていた通り」


「……道理も道理過ぎて、頼み込む気にもなれねえな」


 俺は頬を掻いた。正直なところ、恥ずかしい。否、すでにこの頼み自体が恥を忍んだものである。彼女にここまで言われるのは、想定の範囲内だったはずだ。なのに、俺はなぜ。


「とはいえ。依頼しておいて協力できないのもなんですし、ちょっとした手がかりだけでも」


「ほう」


 後悔に苛まれる俺に、意外な言葉が降り掛かる。俺は思わず、間の抜けた相槌を打ってしまった。


「そのアリーシャさんなんですが、口さがない学友によりますと……」


「……おいおい。つまるところ、そういうことかよ」


「ええ。ですから、先生のほうが」


「チッ……面倒事が増えちまった」


 俺はタバコを吸いたい気分に駆られつつ、バッドラックを噛み締める他なかった。


 ***


 放課後。俺はいつも通りジョナサン・D・モールトの姿で校舎を歩き回っていた。行き交う生徒たちの一礼。たなびくスカート。うら若い女子の群れ。人によってはその手の欲望を喚起されるんだろうが、俺にとってはまだまだおぼこだった。早い話が……って、なにを言わせようとしてやがる。公共の場で、そういう話はアウトだろうが。


 まあ、早い話がアレである。今回の件は、そういう下世話なところに突っ込んでいく話になりつつあった。


「年上好みの猟色趣味……頂けねえなあ」


 聞き取られないほどの小声で、俺は呟く。ちなみにサワラビにこの話を振ったら滅茶苦茶に呆れていた。その後、ついでに鼻で笑われた。酷く腹が立ったので、次のメンテナンスで泣かしてやることにする。絶対に許さん。


「おっと」


 と、まあつらつら考えていると、此度のターゲットが通り掛かった。色仕掛けの類は得手ではないが、師匠だってたまーにやっていたことだ。師匠ができるのなら、だいたいのことは俺にもできる。大丈夫だ、問題ない。


「ごきげんよう」


 うら若……いや、少々女子高生と言うには成熟度合いが強いか。そんな娘が、通りがかりの女生徒と言葉を交わす。髪は金。背中辺りまでのロングヘアを流している。目鼻立ちは、その辺の女生徒よりは群を抜いてビューティーフォーだ。年嵩を知っていなけりゃ、うっかり声を掛けかねない。スタイルも良い。少々キツさが見え隠れはしているが、その辺はスパイスだろう。

 上層のいいとこのお嬢か、それとも製薬会社連中の上層部、その娘か。こういうところでトップ派閥の頭を張っているんだ。相応の身分を持ち、教育を受けているのだろう。俺は気を引き締めようとして……


「なにか、ご用でして?」


 なんたること。たおやかな口調で、さっくり先手を奪われてしまった。ビューティーフォーな顔面が、こっちのエセダンディーなツラを拝んできやがる。俺はそれらの動揺を気取られぬように。


「特にはないね。学園の有名人が通り掛かったものだから、ついつい目で追ってしまったよ。申し訳ない」


 努めて紳士を気取った口調で、その場を立ち去ろうとする。色仕掛けを促す声が、脳から響く。だが、状況が良くない。あちらにペースを握られちまった以上は、仕切り直しのほうがいい。このままやったところで……


「あら。そういえばアナタ、ちょっと前にいらした……」


「ええ、そうです。臨時講師の、ジョナサン・D・モールトです」


 おいおい。猟色趣味にブルズアイかよ。たしかに狙ってはいたが、まさか先方から来るとは思ってなかったぞ?


「この学園には、慣れまして?」


「いや……正直なところ、赴任は一週間だけなので……」


 下から上目遣い気味に覗き込んで来るビューティフル。金色の目が眩いが、その中に潜むものが俺には見える。間違いなく、猟色の舌なめずりだ。ウブなニュービー教師ならあっさり引っかかるんだろうが、俺は海千山千の……


「それはいけません。この学園、しっかりと見れば魅力はどこにでもございますわ。さあ、このワタシが案内して差し上げましょう」


「え!?」


 なんてこった。この俺があっさりと手を握られ、引っ張られてしまう。なんたる失態。そのまま引きずられる形で、学園ツアーが始まってしまった。身体つきからは、想像もし難い強引さだ。しかしながら、俺の目的に沿わないわけではない。半ば諦め気味に、学園観光に付き合うことにした。


「ここが第一運動場ですわ。アメフトやサッカーにおいては、ホームスタジアムの役も果たしております。週末、ご予定は? もしよろしければ、ご一緒に……」


「こちらが大図書館です。勉学の士が、こうして机を並べております。先生も、本は読まれるのでしょう?」


「あちらに見えるは、展望台です。タウンナンバー四十九フォーティーナイン広しといえども、その外が拝める場所はそうそうありません。行ってみますか?」


 おおう。なんやかんやでこの娘、学園の地理を修めてやがる。いや、単に修めているだけなら比較的簡単な行為だ。だが、この娘は違う。たとえ遠くとも実際に足を伸ばし、経験として血肉にしている。この血肉ってのがキモだ。探偵の素養が、天然で備わってやがる。いや、相手は上級市民様だ。教育の賜物かもしれねえ。


「先生?」


「おっと済まない。少々矢継ぎ早だったものだから、つい、ね」


 いけない。思考に沼って、つい足が止まってしまった。俺はジョナサンの口調を保ちつつ、弱音を吐いてみせる。踏み込むにせよ、退くにせよ。アリーシャ自身のパーソナリティだけは掴まなくちゃならねえ。つまるところ、彼女自身の話が聞きたかった。


「それはいけません。あちらのベンチで、一息つきましょう」


 そぉら、おいでなすった。周囲の目があるから本性は出さないだろうが、彼女の話を聞ける良い機会だ。俺は疲れ切った風を装いながら、彼女に手を引かれる形でベンチに座った。そして数分。


「落ち着かれましたか?」


「ああ……ようやく安らいできたよ」


 彼女からの問い。声色からも、心底からの気遣いであることがわかる。なんのことはない。猟色趣味はあるにせよ、きちんとした心得を持つ少女なのだ。ハマった人間の気持ちも、わからなくもない。とはいえ。


「失礼いたしました。少々気が高ぶっていたようです。大人の方をエスコートできる機会など、そうそうありませんので」


 彼女が、頭を下げた。なるほど。年相応の少女らしく、大人を導く行為に興奮していたと。よくあることだ。


「なぁに。こちらとしても勉強になったよ。学園全体を回るなんて、自分一人じゃ難しいからね」


「なら良かったです」


 彼女が微笑む。それは年相応の、ほころぶような笑みだった。それはビューティフォーではなく、プリティーなもので……っ!?


「……っ!」


 俺は慌てて彼女から目を逸らし、深呼吸をした。



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装甲探偵デラホーヤ~ジョーンズ・デラホーヤはタフである~ 南雲麗 @nagumo_rei

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