第58話 真面目な話
ホテルに荷物を取りに戻って、その足で菜津奈を駅に見送りに行った。
結局、菜津奈はあの豪勢な部屋に泊まるどころか、1時間も滞在していなかった。
勿体ない気はするけどそれなりに成果があったから、菜津奈は満足顔だった。
「チェックアウトは明日だから……今夜はごゆっくり」
そんな言葉を残して菜津奈は去っていった。
私もいつか同じことをしてあげたいと思う。
そして一言一句違わずそのまま返してあげたい。
「さて、どうする?」
「う〜ん、どうしようか……」
こんな状況になることは想定外だったのでノープランだ。
「折角オフになったことだし、買い物でもいこうか?」
晃と買い物……ここであの買い方されたら絶対目立ってしまう。
「折角避暑地なんだし、お散歩デートでいいんじゃない?」
「
「じゃぁ、それで」
「でも、その前にメシ行こうよ。お腹すいた!」
晃が何気に入ったお店は、結構なお値段のお店だったけど、お箸で食べられる店で変な気は使わずにすんだ。
だけど、普通の高校生が気楽に入れるお店ではない。
こんなところでも、やっぱり距離感は感じてしまう。
*
なんだろう。
まったり避暑地でお散歩デートを楽しめる心境ではなくなってきた。
なんか、静香さんの術中にどんどんはまっている気がする。
「ねえ晃、私がモデルになったら、どう思う?」
目をぱちくりさせながら私を見つめる晃。
「同じこと静香さんにも聞かれたよ」
ほう、そうなんだ。
「で、なんて答えたの?」
「んー、そうだね……」
そんな
「それが樹の夢なら止めないって言った」
それって。
「応援してくれるって事?」
「もちろん応援はするよ……」
何か含みのある言い方だ。
「なんか格好悪いけど、隠してるのもしんどいから本音で話すね」
「うん」
「さっきも言ったけどそれが樹の夢なら止めないし、全力で応援する」
「うん」
「でも、それが樹の夢だったとしても俺だけの樹でいて欲しいのが本音かな」
な、なんて事を……自分でも上気していくのが分かる。
「重い……かな?」
多分世間一般ではそういうのは重いって思われるのかもしれないけど、私はそうは思わない。
晃は『継ぐ音』のアキラだけど、私にだって独占欲はある。打算的かもしれないけど晃がそう思ってくれている方が私も本音が出せる。
「大丈夫! 重くないよ!」
「よかった」
屈託のない晃の笑顔……たまらない。
「樹はモデルになりたいの?」
「……まだ分かんない」
「じゃぁ、なんでそんな話を?」
よし、晃が本音で話してくれたのだから、私も本音で話そう。
「私も格好悪いけど、隠してるのはしんどいから本音で話すね」
「うん。どこかで聞いたセリフだね」
苦笑いの晃。
だって丸パクリだもん。
てへっ。
「そろそろ進路を決めなきゃってのもあるけど、晃は業界人で私は一般人じゃん。だから『継ぐ音』モードのアキラといると、どうしても距離を感じてしまうの……だからモデルになって少しでも晃と距離を縮めたいってのが本音だよ」
何とも言えない表情の晃。
「そっか……」
そしてしばらく口に手を当てて考え込む。
「分かった、それなら、全力で応援するよ!」
笑顔でそう言ってくれているけど、私には分かる。
これは無理してるな……って。
「まだ決めたわけじゃないんだよ。いくら静香さんが誘ってくれてるからって、本職の人が聞いたら鼻で笑うような理由だしね」
「そうかもしれないけど……あのメイクイベントを見ると笑えないよ。周りのモデルさん達もきっと嫉妬していたと思うよ。樹には華があるからね」
「……花? 鼻?」
「華やかとかの華ね。静香さんが樹を誘うのも、ルックスもあるだろうけど、きっとそれだよ」
「私には良く分からない」
「まあ、そんなもんだよ。静香さん曰く俺も華があるらしいけど自分では分からないもん」
あ……なるほど。
「その例え、分かりやすいわ。晃は存在そのものが華だもんね」
「え……何それ?」
「自分では分からないものなのね」
うん、相談して良かった。
静香さんが誘ってくれる理由も何となく分かったし、晃の本音も聞けた。
「もう少し、ゆっくり考えるよ」
「うん、分かった」
このあと、ホテルに帰ってたっぷり晃成分を補給した。
菜津奈に宗生さんの話を聞いて自重しなきゃって思ってたけど……自重できなかった。
菜津奈、宗生さん。
なんかごめんなさい。
クラス1地味な浅井くんに彼氏役をお願いしたけど……マジ惚れしたから付き合ってとか今更言えない 逢坂こひる @minaiosaka
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