第30話 真希姉ちゃん

 ——何故だろう、あの頃の事を思い出してしまった。


「お前が1年の浅井か」

「ああ、そうだけど」

「色々はしゃいでるそうだな」

「はしゃいでなんていないさ、強いて言えば降りかかる火の粉を振り払っているだけ?」

「……火の粉か」

「ああ」

「1年なのに随分生意気だな」

「普通だよ」

「普通じゃねえんだよ! その態度がムカつくんだ!」


 どうしようもなく、何かに苛立っていたあの頃。気に入らない物は全部——叩き伏せればいいと思っていた。


「おい3年の山崎くんが、浅井にボコされたらしいぞ」

「しばらく、学校来れないって」

「おっかないな、何でそこまでするんだ」

「何で浅井は停学になってないんだ?」

「正当防衛らしいぜ」

「いや、あれは過剰防衛だろ」


 そんな俺を、外野は避け、俺は孤立していた。人と関わり合いを持ちたくない俺には好都合だった。


「よう晃、またやらかしたらしいじゃん」

「何をだ」


 こいつは菜津奈なつな

 女だけど、こいつと俺はどこか似といて、こいつとだけは小学校の頃から何故かウマがあった。


「何をって、素っ気ないな、山崎だよ山崎」

「誰だそれ?」

「お前、それ本気で言ってるなら、かなり酷いよ?」

「本気も何も、俺が他人の名前なんて覚える訳ないだろ」

「そうだったね」


 他人に興味なんてなかった。だから人の名前を覚えるのは苦手だった。


 だからと言って、今の自分が正しいとも思っていなかった。

 だけど、頭と心がチグハグで、俺は自分で自分を抑える事ができなかった。


 今にして思えば、俺は待っていたのかも知れない。


 ——俺の暴走を止めてくれる誰かの存在を。


「ねえ晃、この人ヤバくない? めっちゃ可愛いっしょ?」

「さあな」


 嬉しそうにスマホでモデルの写真を見せてくる菜津奈。俺と菜津奈の決定的な違いはこれだ。

 菜津奈にはモデルになるという夢があった。

 

「何だよ中学にもなって、まだ女に興味ないんかよ」

「お前を見てるとな」

「どう言う意味だよ!」

「深い意味はない」

「本当ムカつくな! その態度! これでも私、モテんだからね!」

「らしいな」

「あれ? 何で知ってんの?」

「何回か告られてるところを見た」

「えっ……」

「何だ?」

「ううん、何でもない」

「世の中、モノ好きが案外居るもんだな」

「てめぇ、殴るぞコラ」

「見た目よりも、中身をなんとかしたらどうだ?」

「うるせぇよ!」

「まあ、写真には性格が写らないからいいんじゃないか」

「だよね、私もいつか静香さんみたいになりたいなぁ」

「誰だよ静香さんって」

「だから、この人だよ! 人の話を聞けよ! つーか性格が写らないってどういう意味だよ!」


 そして菜津奈と、いつものテンプレ会話をしている時に、その時は訪れた。


「おーい、厨二ちゅうにくん」

「あ?」

「君でしょ? 中一なのに厨二くん」

「誰だあんた?」


 これが、俺の運命を変える——真希まき姉ちゃんとの出会いだった。


「あんた誰って、酷いなあ〜、私は君と何度も会ってるんだよ?」

「何度も? 何を言ってんだ? 俺はアンタの事を知らないぞ」

「まあ、こんな小さな頃だったからね」

「誰だよあんた?」

「あれ〜厨二くんは、他人に興味なかったんじゃないの?」


 何でも見透かしているような口ぶりだった。

 それが、妙にイラついた。


「行こう菜津奈」

「えっ……いいの?」

「いいのも、何も知らないやつと、関わりあいたくない」


 俺は、その場から立ち去ろうとした。

 だが。


「いいから、来いっつってんだよ、厨二くん。私が色々教えてやるから」


 ——俺たちは河川敷に連れて行かれ、真希姉ちゃんに、ボコボコにされた。


「厨二くん、やられる気分はどうだい?」

「つーか、菜津奈は関係ねーだろ」

「連帯責任だよ。顔は殴ってないからいいでしょ」

「よかねーよ」

「厨二くん……君が力もないのにイキがってるから、こんな目にあうんだよ? 相手が私で感謝して欲しいぐらいなんだけど?」

「くっ……」


 何も言えなかった。


「厨二くん、君は勝負に負けたんだからさ、今日から君は私の舎弟だからね?」

「はあ? なんでそうなるんだよ!」

「それが、嫌なら力ずくで何とかしたら? 今までもそうしてたんでしょ?」

「くっ……」


 また何も言えなかった。


 真希姉ちゃんが、舞子姉ちゃんの実妹だと知ったのは、この後のことだった。

 そして舞子姉ちゃんが言っていたのを思い出した。

 妹はテコンドーのチャンプだと。

 コテンパンにやられたように見えて、実はきっちり手加減されていた。


 その事実を知って、更に俺は燃えた。

 いつか必ずやり返すと。


 ——だけど、そんなふうに思っていたのは最初の1ヶ月ぐらいだった。

 本音でぶつかってくる真希姉ちゃんに、俺も菜津奈も、次第に惹かれていった。


「晃は、今日から舞子にギターを教えてもらいな」

「え、何でだよ」

「昔やってたんでしょ?」

「まあ、かじる程度には」

「よくいうよ、おじさんとおばさんに聞いてたよ。コンクールでいい線いってたんでしょ?」

「いや、でも最近は全然やってないし」

「つべこべ言うなって、晃がギター覚えないと、弾き語りができないじゃん」

「弾き語り?」

「ギターうまくなったら、私が歌を教えてあげるよ」

「いらねーよ。歌なんて恥ずかしくて歌えるか」

「恥ずかしくなんてない。歌はいいもんだよ」

「いや、恥ずかしいって」

「まあ、それは私のオリジナル、聴いてから言ってみ」


 俺は、真希姉ちゃんの歌に——衝撃を受けた。


 胸の中で凝り固まっていた何かが、はじけて無くなったような気がした。


 歌を聴いただけで、こんなにも胸が熱くなるなんて、思ってもみなかった。


 今も俺の中で1番大切な曲。

『夢を継ぐもの』をはじめて聴いた時のことだった。

 

 


 ————


 【あとがき】

 

 晃、少年と真希姉ちゃんの出会い。

 運命の糸が紡がれる。


 本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、

 ★で称えていただけたりフォローや応援コメントを残していただけると非常に嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラス1のモテ女子今村さんが俺だけに見せる素顔が可愛過ぎてマジやばい! 逢坂こひる @minaiosaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ