第29話 終わり良ければ全て良し

 色々あった。

 あり過ぎるぐらい色々あった。


 いつきとファーストデートもした。


 でも、デートの内容は散々で、今度ちゃんと埋め合わせをしなきゃいけないと反省している。


 何が散々だったって、一番の理由は……いつきがモデルデビューさせられてしまったことだろう。

 

 デートの途中で彼女がモデルデビューなんて、普通では考えられない。

 そんのありえね〜〜〜〜って思うかもしれない。

 だけど、あったのだ。

 

 樹の美貌に惚れ込んだ『継ぐ音』のスタイリスト、静香しずかさんの手によって、それは実現してしまったのだ。


 ——樹と静香さんの出会いはあの日だ。

 俺が樹に『継ぐ音』のアキラだと打ち明けた、全国ツアーファイナルの日だ。


 俺たちの待ち合わせ場所に現れた宗生むねおさんと浩司こうじさんに、樹は、半ば強引に連れて行かれ、打ち上げに参加した。


 そこで、樹と静香さんは出会った。


 静香さんは雑誌のコーナーのモデルになって欲しいと、樹に猛アプローチを掛けていた。

 だけど、樹はひたすらにそれを断っていた。


 しかし……デートの日、のっぴきならない事情により、ついに樹は首を縦に振ったのだ。


 そのイベントはメイクイベントで、モデルは樹を含めて3人いた。

 俺が言うと身びいきに感じてしまうかもしれないけど、その中で樹は一際輝いていた。


 そのことは、とても誇らしい。


 だけど、それと同時に俺の心を嫉妬の炎が燃やした。


 樹が評価されるのは、嬉しい。

 だけど——俺だけの樹でいて欲しい。


 これが包み隠さない俺の本音だ。


 イベントが終わると沢山の男が樹に群がろうとしていた。だけど俺は、大人気なく『継ぐ音』の晃として彼氏宣言をし、周囲を黙らせた。


 遠くの方で静香さんが笑っていたのが、心を見透かされているようで、恥ずかしかった。


 俺の問題行動は、エージェントの天音さんが全て揉み消してくれた。

 天音さんありがとうございます!

 

 でも、そんな中でも一つ良いことがあった。

 それはペアリングを買いに行けたことだ。


 いうまでもなく、樹は初めての彼女だ。

 俺は彼女が出来たら是非やってみたいことがあった。


 それは、ペアルックだ。


 寺沢に樹とペアルックしてみたいって、話しをしたら。


『えっ……今村にそれを頼むの? ドン引きされんじゃね?』


 と言われた。


 だからペアリングでも、嫌がられるんじゃないかなあ〜と思いつつお願いしてみたんだけど、樹は二つ返事で快諾してくれた。




 *



「ねえ、いつきはどんなデザインのリングがいい?」

「う〜ん、私はシンプルなデザインの方がいいかな」

「俺も!」


 デザインの趣味はあいそうだ。


「ねえ、太いのと細いのどっちが好き?」


 ちなみに俺は太い方が好きだ。


「う〜ん、多分似合うのは細いのだろうけど……それだと、ペアリング用途でしか使えないじゃん?」


 ペアリングをペアリング用途以外で使うことってあるんだ。


「晃も、『継ぐ音』があるし、細いリングより太いリングの方がつけやすいでしょ? せっかくのペアリングだからずっと付けてて欲しいじゃん。だから私は太い方がいいかなぁ?」


 なるほど……そんな理由か。

 確かに、細いリングだと、俺が普段つける他のリングに合わせたら、デザイン的に浮いちゃうもんな。

 

 理由付きとは言え、ここも同意見だった。


「うん! じゃぁ太いのにしよう」

「うん!」


 とは言ったものの、太いペアリングは、なかなか見つからなかった。きっとあんまり需要がないからだと思う。


「ここもなかったね」

「だね」

「やっぱり、太いのってないのかな?」


 もういい時間だ。樹の顔にも疲れの色が見える。

 ……でも。


「いや、きっと見つかるよ! もうちょっと探そう!」

「うん!」


 俺はペアリングを諦められなかった。


 そして4軒目のショップでようやく気に入るデザインのリングが見つかった。


「似合ってるよ! カッコいい!」

「え〜女の子にカッコいいとか言っちゃうの? そこは可愛いじゃない?」

「あ……」


 つい本音が出てしまった。


「まあ、私は可愛いは言われ慣れてるから、カッコいいって言われた方が印象に残るかも! よかったわね!」


 なんとも樹らしい励まし方だった。


 ペアリングは俺が言い出したことだから、支払いは俺がするつもりだったのだけど。


「ペアリングなんだから、私に半分出させて」


 樹の初めてのモデルのギャラがペアリングで飛んだ。


 なんか申し訳ないと思っていたんだけど。


「あ〜よかった、モデル引き受けて。もし、やってなかったらペアリング買えなかったね」


 今日1日のモヤモヤも吹き飛んでしまう言葉だった。


 俺たちは、ライトアップされている近くのデートスポットに移動した。

 空はすっかり暗くなって、とてもいい感じだった。


 あんまり形式張ったことは好きじゃないけど、ここでペアリングを交換した。


「樹……いつも一緒にいてくれてありがとう、ずっとそばにいてね」

「うん」


 俺は樹の薬指にリングをはめた。


「晃……ずっと離れないからそのつもりでね」

「うん!」


 樹も俺の薬指にリングをはめた。


 まあ、そのあとは当然のように熱い口づけで、俺たちは愛を確かめ合った。


 ファーストデートとしては、アレなデートだったけど、終わり良ければ全てよしだ。


 今度はなるべく普通のデートになるように努力しないと。

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