第28話 織りなす音
もういくつ寝ると夏休み。
彼女ができて初めての夏休み。
青春を謳歌するにはもってこいだ。
だけど——
「夏合宿するぞ晃!」
「夏フェスも何本かありますしね。ここらでバンドとしてレベルアップしないとオーディエンスをガッカリさせますしね」
俺には『継ぐ音』がある。
浮かれてばかりはいられない。
「合宿はどこで?」
「
天音さんとは俺たち『継ぐ音』のアーティストエージェントで、交渉ごとを一手に引き受けてくれている、マネージャーのような人だ。
もともとは
ぶっちゃけ『継ぐ音』の発起人だ。
俺たち3人を引き合わせ、真希姉ちゃんの夢を継ぎたいという俺の想いを形にしてくれた、大恩ある人物だ。
「プライベートスタジオって……なんか凄そうですね」
「きっと凄いと思うぜ、その知り合いってのが、
「窪田 学! って、マジっすか?」
音楽を志すものならその名を知らぬ者はいない、敏腕プロデューサーだ。
何でもピアノの腕も世界に通用すると聞く。
「そんなの、嘘ついても仕方ねーだろ」
「なんか、凄い話ですね! 上がりますね!」
「晃くんはその手の話好きですね」
「まあ……それなりに」
「あ……あと、合宿にはもうひとバンド来るらしいぜ……複数スタジオがあるから直接絡む事はねーかもだけど……夏フェスでも対バンするから挨拶ぐらいはしておいた方がいいかもな」
「対バンですか……」
「『織りなす音』ってバンドだ、窪田学プロデュースだぜ」
「えっ!」
「……そこのギタリストがクソヤバイって業界でも噂になってるわ」
「まじっすか……」
『織りなす音』……聞いたことがない。
ほぼ無名で窪田学プロデュースで業界でも噂になるギタリストってどんなんだよ。
「ミュージックビデオがアップされてて、俺も聴いてみたけどよ……あれは、本当にヤバイわ。天才ってのはああいうヤツのためにある言葉だわ」
「晃くんは聴かない方がいいかもですね」
「なんでですか
「そりゃ、決まってんべ……」
浩二さんに変わり宗生さんがニヤニヤしながら答えた。
「ギターも歌も……自信無くすからだよ」
そこまで凄いのか。でも上には上がいる……流石に自信をなくすのは大袈裟だ。
「晃……今、大袈裟とか思ったろ?」
「……はい」
「むしろ、これでも控え目だ、聴くなら覚悟して聴けよ『織りなす音』は高校生バンドだからな」
「え……」
ま……まじか高校生なのに、ここまで絶賛されているのか。
「まじ合宿で、レベルアップしねーと……いくら俺らでも喰われちまうぞ」
……そこまでか。
衝撃的な話だった。
浩二さんはともかく、宗生さんは自信家で、他人を認めることなど殆どない。
俺だって宗生さん褒めてもらったのは、ファイナルツアーのあの時の演奏だけだ。
しかもあれは本来の自分の実力というより、
——俺は自宅に帰ると、2人の忠告を無視して『織りなす音』を聴いた。
これは本気でヤバいやつだった。
曲の良し悪しは個人に依存される主観だ。
だから、そこについてのコメントは差し控えるが。
まず、ギターの音色がヤバかった。
めちゃくちゃ艶のあるセクシーな音だった。
ギターと絡み合うピアノの旋律、それを支え、まとめ上げるリズム隊。
『継ぐ音』のダイナミックな演奏とは違う、緻密で計算された。
大胆な演奏だった。
そして歌が入ると、各パートは脇役に徹して、一体感をもって歌を支える。
歌も支えられるだけの歌じゃない。
この歌唱力をもってすれば、伴奏とかち合っても十分に引き立つ。
高校生が……このレベル。
俺と同年代がこのレベルの演奏をする。
宗生さんの言ったことは全然大袈裟じゃなかった。これは……前情報無しで、ノーガードで聴いていたら、本当に自信をなくしていたまである。
音楽家としての完成度が段違いだ。
『織りなす音』本当にヤバい。
だけど……なんだろう、このこみ上げてくる気持ちは。
ただ悔しいだけじゃない。
こいつらと、同じ空間で合宿できることが、同じ空間でライブできることが、楽しみで仕方ない。
——その夜、俺は樹に通話をかけた。
「
『うん……大丈夫だけど……晃が通話してくるなんて珍しいね』
「なんか声が聞きたくなってさ」
『……どうしたの? 何かあった?』
……鋭い。
「何もないよ……ちょっと樹の声聞いて元気になりたかっただけだよ」
『それはなんか、何かあったんだね』
……やっぱ鋭い。
「何か、自信なくしそうになってさ」
『なんで?』
「いや、なんでって」
『私の中では、晃がナンバーワンだよ?』
「えっ……なんの!?』
『全ての!』
……すごいな
『なに? 私のナンバーワンじゃ不服なの?』
「ううん、そんなことない嬉しい」
『もし、私に対して自信を失くしたのなら、家においでよ』
めっちゃ元気が出た。
『キスしてあげるから』
……き……キス。
「今から、行っていいですか?」
『もう大丈夫そうだね、晃』
俺は大丈夫……なにがあっても大丈夫。
そんな気がした夜だった。
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