第24話 女子トイレにて

 討伐者クラス。


 ここテンマナブではもっとも多くの学生が所属するクラスで、1年生は3組から10組までが討伐者クラスである。

 クロルは3組に所属しており、その中では成績は中の下といったところだろうか。

 目立たず騒がず、クラスのカースト上位陣に従う生徒。


 それがクロルだ。


「ねぇ、ちょっとツラ貸してよ、クロル」


 ニヤニヤと笑いながら、3組のカースト上位、4馬鹿の取り巻きのギャル系女子生徒の一人がクロルを呼び出す。


 場所は、普段生徒が使用しない女子トイレ。


 どんな話か。

 どんな内容か、場所だけでわかるというモノだ。


「で、どうなっているの?」


 案の定、クロルが女子トイレに行くと、ほかの女子たちが待ちかまえておりクロルを取り囲む。

 出入り口もふさがれ、逃げ場がない。


「その……」


「はぁん!? 聞こえないんだけど! はっきりしゃべれよ! なぁ!!」


 ギャル系の女子生徒の一人がクロルの胸元を掴む。


「何でまだ雑魚援護クラスの人たちの撮影が終了していないんでしょうね」


 一人後ろでほほえんでいる綺麗系の女子生徒が微笑みながら言う。


「サボっているのかなぁ?」


 少しアホそうな女性生徒がくすくすと笑う。


「『迷彩』なんて『アップ』を隠しやがった卑怯者は、頼まれごとも出来ないのか!?」


 ゴンと、胸元を掴んでいるギャル系の女子生徒が押すので、クロルは頭をぶつけてしまう。

 しかし、彼女たちの罵倒は止まらない。


「それとも……もしかしてサキュバスまでたどり着けない、とかですか?」


 ニヤニヤと綺麗系の女子生徒が言う。


「あー、あり得るね。だって、援護クラスとクロルちゃんでしょ?」


「はは! 雑魚援護と卑怯者クロルのチームじゃゴブリンたちも攻略出来ないのか」


 ゲラゲラと女子生徒たちが笑う。

 下品な声だ。

 容姿はいいのかもしれないが、彼女たちは本当に醜い。


 そして、弱い。


 クロルは、そっと先ほどから胸元を掴んでいるギャル系の女子生徒の手を掴む。


「ん? なんだ? 卑怯者のくせに何を……ギャァア!?」


 パキっと音がしたかと思うと、ギャル系の女子生徒がクロルから手を離す。


「な、ちょっとどうし……」


 綺麗系の女子生徒は、ギャル系の女子生徒の手を見て絶句する。

 ギャル系の女子生徒の人差し指が、逆の方向に曲がっていたからだ。


「あー情けない。あの人は、人差し指が折れても泣き言一つ言わなかったのに」


 痛みに苦悶しているギャル系の女子生徒を見下ろしながら、クロルは言う。


「ちょっとーいったいなんのつもりでーブッ!?」


 抗議してこようとしたアホっぽい女子生徒の言葉が止まる。


「え……なんで……」


 ポタポタと、急にあふれてきた鼻血にアホっぽい女子生徒は困惑する。


「『迷彩』を使用しての近接攻撃。確かに、便利ですねこれは。昨日、素材の分配の時にいろいろ教わりましたけど、さすがです」


 よく見ると、クロルの左腕が消えていた。

『迷彩』で見えなくしているのだ。

 その左腕で、アホっぽい女子生徒の顔を殴ったのだ。


「このや……がはっ!?」


 指が折れて、痛みのあまりうずくまっていたギャル系の女子生徒が立ち上がろうとしていたので、クロルは彼女のおなかを蹴り上げる。


『迷彩』を使用して、見えなくした足でだ。

 とっさの攻撃に反応出来ずに、ギャル系の女子生徒は苦痛でのたうち回る。

 クロルは、一歩前にでる。


「ひっ!?」


 近づいたクロルに、綺麗系の女子生徒はおびえた声を出した。

 この女子生徒のグループでは、彼女が実質的なリーダーだ。


「な、なんのつもり!? こんなことして……ドウレ様たちも黙っていないわよ!」


「……ドウレ? ああ、あの『英雄』クラスの」


 その言葉は、彼女にしては精一杯の脅しの言葉だったのだろう。

 しかし、クロルの心には何も響かない。

 ふっと笑みさえこぼれるほどだ。


「な、何を笑っているのよ」


「いや、不思議だと思って。昨日まで……この前命じられた時の私だったら、『英雄』クラスの人たちは怖かったし、アナタたちにもビビっていたんだろうけど……」


「こんのぉ! ぐへっ!」


 アホっぽい子がつかみかかろうとしてきたのだが、すぐに自分の足が絡まってこけてしまう。

 クロルが『誘導』で、足の位置をずらしたのだ。

 倒れたアホっぽい女子生徒の後頭部に、クロルはかかとを落とす。


「かっ!?」


 アホっぽい女子生徒はそのまま気絶した。


「本当に、今は全然怖くない」


 一歩クロルが近づくと、綺麗系の女子生徒も一歩下がる。


「な、なによ……やる気? 言っておくけど私のアップは知っているわよね?『魔法』は、この距離でも打てるわよ?」


 綺麗系の女子生徒の人差し指から炎が出る。

 ライターの炎程度の大きさの。

『魔法』のアップは様々な魔法を放てるが、訓練しないととても弱い。


「打てるって、ライターの炎を? へぇー」


「ば……馬鹿にするなぁ!『ファイヤーボール』」


『魔法』のアップを持っている者が使う、もっとも初級の攻撃魔法。

 熟練すれば人の体ほどの大きさにもなるそうだが、彼女が放った『ファイヤーボール』はせいぜいピンポン球程度だろうか。


(熱くもない……でも、一応試すか)


 クロルは腕を振るう。

 すると、『ファイヤーボール』は一瞬のうちに消えてしまった。


「え……なんで……」


「それを教える必要がある?」


 クロルは、『迷彩』で隠していた小刀をしまう。

 それは、昨日ファイヤーワイバーンを倒したあと、ファイヤーワイバーンの素材で作成した新しいクロルの武器だった。


(『飛苦無・火竜』 元が火を扱う竜の牙だから、炎に対しては無類の強さを持つ)


 ちなみに、作成者はマイマの知り合いらしいが、一晩で作り上げるとは相当腕のいい職人がいるらしい。

 クロルは、綺麗系の女子生徒の首を掴む。


「か……っく……!?」


 じたばたと綺麗系の女子生徒は暴れるが、思う感想は一つだ。


「弱い」


 昨日まで、おそらくはクロルにとって彼女たちは恐怖の対象だったはずなのだ。

 なのに、なぜこうまで印象が違うのか。


(昨日の戦いのおかげ……)


 一時間以上、ファイヤーワイバーンの攻撃を見続けていたのだ。

 触れれば骨さえ燃やされる炎、体が吹き飛ばされるしっぽの一撃、致死確実の牙や爪。

 

 それらの攻撃に比べて、彼女たちの悪意のなんと弱いことか。


 その裏にいる、『英雄』クラスの4馬鹿の、なんと小さいことか。


(きっと、これを教えたかったんだろうな。マイマくんは)


 おそらくだが、ファイヤーワイバーンを効率よく倒そうと思えば、もっと的確な指示をクロルにすることが出来たはずだ。

 それをしなかったのは、一時間攻撃を見続けることもクロルにとって重要だったからなのだろう。


(本当に、強い人だ。スゴい人だ)


 ふと綺麗系の女子生徒を見ると、完全に気を失っていた。


「おっ……と」


 さすがに殺すのはマズい。

 クロルは綺麗系の女子生徒を適当に放り投げる。

 女子トイレは死屍累々といった様相だ。


 誰も死んではないが。


「じゃあ、私は行くね。あ、あと今度似たようなことをたくらんだら、この程度じゃすまないから。今日のことは映像にも撮ってあるし、変なチクリは逆効果だからそのへん忘れないでね」


 彼女たちに渡された『世界樹』製のタブレットを見せながらクロルが言う。

『迷彩』で隠しながら撮影したのだ。

 音声だけでも、十分牽制になるだろう。

 聞こえているのはギャル系の女子生徒だけだろうが、問題ない。


「……さてと、頼まれたことをしなくちゃね」


 昨日、素材の分配のときにマイマに頼まれたことがある。

 女子生徒たちに頼まれたことがとてもイヤだったが、マイマの頼みはむしろ嬉しくなる。

 弾む気持ちで、クロルはその場を後にした。

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マイマとヒヒロはプリンを食べる おしゃかしゃまま @osyakasyamama

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