第23話 『誘導』の使い方

 力一杯、目一杯、全力で引いたクロルの矢はファイヤーワイバーンの目に向かって飛んでいく。

 ガキンと、金属音のような音が響き、クロルの矢が空中をクルクルと回転していく。


「弾かれた!? まばたきで!?」


 泣きそうなクロルの声が響く。

 ファイヤーワイバーンは目を軽く閉じただけでクロルの矢を弾いたのだ。


「『アップ』も使ってないただの矢だ。簡単に刺さるわけないだろ?」


「でも……」


「いいから、とりあえずどこでもいいからファイヤーワイバーンに刃を刺せ。倒すのはそこからだ」


「……はい」


「クギャアアア!!」


 ファイヤーワイバーンが、クロルに向かって炎を吐く。

 効かなかったとはいえ、攻撃されたことは癪に障ったのだろう。


「キャァアアアア!?」


 クロルの悲鳴をかき消すように、炎が周囲を包む。


「……怖かった」


 ぽつりとこぼしたのはクロルだ。

 マイマに腰から抱えられて、炎の着地点から十数メートル離れた場所にいる。


「攻撃は俺が全部避けてやるから、まずは矢を刺せ」


「……はい」


 マイマの持ち方に少々言いたいことはあるが、クロルはそのまま矢を構える。

 こうして、マイマに抱えられたまま、クロルとファイヤーワイバーンとの戦いが本格的に始まった。






 それから、一時間ほど経過しただろうか。

 ボスの間は燃えていない場所を探す方が難しいほどに変わっていた。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い息を繰り返しているのはクロルだ。

 マイマに抱えられたままとはいえ、一時間、ぶっ通しで矢を打ち続けたのだ。

 手の皮はめくれ、血がしたたり落ちている。


「なぁー? まだかー?」


 のんきな声を出しているのはヒヒロだ。

 さすがにファイヤーワイバーンが炎を吐き出したのでマイマから拘束をとかれていたのだが。


「……なんで、そんな余裕があるんですか?」


 ヒヒロも、マイマも、一時間以上ファイヤーワイバーンの攻撃を避け続けていたはずなのに、汗一つかいていない。

 むしろ、つまらないとばかりにあくびもしている。


「マイマさんなんて、私を抱えているのに……」


「別に重くもないしな」


「お……うう」


 クロルは肉付きが良い方なので、決して痩せているわけではないのが。


「……って、違う違う。そうじゃない。そこじゃない」


「どうした?」


「なんでもないです。はい……」


 クロルは俯く。

 顔が赤いのはファイヤーワイバーンの炎の熱のせいだ。

 きっとそうだ。


「て、だから違う。えっと、なんで二人は疲れていないんですか?」


 クロルの質問に、マイマとヒヒロは即答する。


「避けているだけだからな」


「見ているだけだし」


「……なにこの化け物」


 クロルはがっくりと頭を下げる。

 ちなみに、のんきに三人で話しているが、絶賛ファイヤーワイバーンは攻撃中である。


「……どうしたらいいんですか? もう矢ものこり5本です。目も、口の中も狙いました。どこにも刺さる気がしないんですけど」


 落ち込むクロルに、マイマはしょうがないとばかりに言う。


「まぁ、ヒヒロは良いこといったな」


「え?」


「『見ているだけ』クロルはしっかりとファイヤーワイバーンを見たか?」


「それはもちろん……じゃないと矢なんて放てません」


「そうか。それじゃあ、ファイヤーワイバーンの目も口の中も、矢が刺さらないと思うか?」


 マイマの質問に、クロルは考える。

 目も、口の中も、人と同様に矢が刺さらないほどに堅いイメージはない。


「いえ、まったく。でも、当たる前に堅い鱗に弾かれるんです。だから、刺さらないんです」


 そう、クロルは正確にファイヤーワイバーンの急所を狙っている。しかし、刺さる前に、堅い鱗に覆われたまぶたや口が閉じられ、矢が届かないのだ。

 ファイヤーワイバーンの鱗は、鉄よりも堅い。

 クロルの腕前で貫けるようなモノではないのだ。


「私がもっと強ければ……」


「強ければ……クロルは全力を出したか?」


「出しているに決まっているじゃないですか! 見てくださいこの手! 精一杯弓を……」


「そうじゃなくて、全力を出したのか? 自分の全ての力を使ったのかって聞いている」


「力って……」


「正直、俺はクロルさんの弓の腕前はたいしたものだと思っている。岩陰から顔を出したゴブリンの額に正確に当てているからな」


「それは……」


「それくらい狙えるなら、たとえば5センチくらいの隙間があれば、そこを狙えるんじゃないか?」


「え?」


「全ての力を使ったか?」


 マイマの言葉を反芻し、そしてクロルは思いつく。


「わかりました!」


「よし、じゃあファイヤーワイバーンに近づくぞ」


「お願いします!」


 ファイヤーワイバーンが炎を吐いたタイミングで、マイマは大きく跳躍する。

 跳んだ先は、ファイヤーワイバーンの眼前。


「……さすがっ!」


 そこは、クロルが向かってほしいと思った場所そのもの。

 クロルは、力一杯、目一杯、弓を引く。


「……グッルル」


 明らかに、自分の左目が狙われると察知したファイヤーワイバーンは、片目を閉じる。

 強靱な鱗。


 それを貫ける力なんて、クロルにはない。

 けど、クロルは正確にそこに向けて矢を放つ。


 矢が風を切り、吸い込まれるように目に向かう。

 決して刺さらない、瞼に覆われた目に。


「『誘導』!」


 その目に、クロルは『アップ』を使う。

 5センチだけ、物体を動かす『アップ』


 今までクロルは、この『アップ』を戦いでほとんど使ってこなかった。

 矢を正確に急所にさえ当てることができれば、使う必要がなかったからだ。

なので、こんな使い方があるなんて考えなかった。


「開け!」


 急所に当てる為に、魔物の体を動かすなんて。

 わずかに開いたファイヤーワイバーンの瞼に、クロルの矢が食い込んでいく。


「グギャァアアアアアアアアア!?」


 深々と刺さったクロルの矢に、ファイヤーワイバーンは悶え苦しむ。


「……よし。あとは打ち合わせどおりだ」


「はい!」


 クロルは、さらに『誘導』を使用する。

 5センチずつ動かすのだ。

 目に突き刺した、矢を。


「グギャ!グギャァアアア!?」


 ファイヤーワイバーンはクロルが『誘導』を使用するたびに大きく暴れる。

 誘導で動かし、目指す場所は、ファイヤーワイバーンの脳。


「グ……グギャ……」


 それから、10分。

 ファイヤーワイバーンは力なく倒れる。

 左目に刺さった矢は、脳天まで深々と到達していた。


「や……った」


 フラついたクロルを、マイマは支える。


「お疲れ様。これで一歩近づいたな。『ニンジャ』に」


 クロルは、少しだけ笑い、首を振る。


「一歩、ですか」


「ああ。俺の知っている『ニンジャ』は、本物のドラゴンだって倒すからな」


「そんな『ニンジャ』は知りません」


 クロルは、マイマをじっと見る。


「なに?」


「そういえば、何で手伝ってくれたんですか?」


「『援護』だからな」


 マイマはあっさりと返す。


「『援護』だからって」


 そんな理由で、わざわざ必要も無いダンジョン攻略を手伝ってくれたのだろうか。

 クラスメイトの誘いは断ったのに。

 そんなクロルの懸念が伝わったのか、マイマが付け加えるように言う。


「まぁ、一応企んでいることもあるから心配するな」


 にやりと、マイマが意地の悪い笑みを浮かべている。


「え?」


「あーおなか減った。マイマ、ドラゴンステーキ作ってくれ」


 企んでいることとは何か。マイマに聞く前に、ヒヒロが、マイマの肩に顎を乗せる。


「なんで俺が作らないといけないんだよ」


「いいじゃんかよーファイヤーワイバーンの解体もしたからさー」


「はやっ!」


 見てみると、すでにファイヤーワイバーンは跡形もなかった。


「素材の分配も必要だろー? 飯食いながらやろうぜー」


「……わかったから、もう帰るぞ」


 ボスの部屋の奥の扉が開く。

 あの先に、帰還用の階段がある。


「クロルさんも、いくよ」


「そ、その前に企んでいることって何ですか?」


「それは、素材の分配の時にでも話すよ」


「ん? なんの話だ?」


「お前は……ついでに話すか」


「ちょっと、待って下さいよ!」


 クロルは慌ててマイマたちのあとについて行った。

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