足あと


 明日は、父さんの十三回忌だ。代替わりした住職にお願いしている。

 彼との間には子供には恵まれなかった。彼は気にしていたが、私はそれでもいいと思っていた。


『美月。大丈夫なのか?』


 今日は、仕事の関係で外に出ていた。あの日のように、雪が振ってきた。13年ぶりの雪だ。朝に振っていた雨が昼過ぎに雪に変わった。


「うん。タクシーで帰るから大丈夫。あっスマホの充電を忘れちゃったから・・・。連絡が出来なかった。ごめん。先に寝ていて・・・」


『解った。でも、無理するなよ。遅くなるようなら、近くのホテルに泊まって、明日の朝にでも帰ってこい』


「うん。ありがとう。仕事に戻るね」


 雪が周りを白く染めていく、客先から見える道路は白くなり、通行人の足あとだけが残されていく。


 13年ぶりに積もった雪は交通機関を麻痺させるだけの威力があった。スマホの電池はすでに無くなっている。彼に連絡をしようにも出来ない状況になってしまった。タクシーを待つ長い行列。


 終電を過ぎた時間になって、やっとタクシーに乗ることが出来た。車で20分程度の距離が今日は遠かった。

 タクシーに乗った。タクシーの運転手にお願いしてスマホを少しだけ充電させてもらった。彼にメールで、タクシーに乗ったことを告げた。寝ている可能性もあるので、電話はしなかった。スマホの電源を落として、目を瞑った。


「お客さん。お客さん」


 タクシーが止まっている。

 どうなら、これ以上は奥には入っていけないようだ。途中で車が立ち往生しているようだ。反対側は渋滞がひどくて、回り道をしたら、数時間かかってしまいそうだと教えられた。5分も歩けば着けるだろう。タクシーに料金を支払って降りた。


 雪はすでに止んでいる。

 道には、家路に向かう足あとだけが残っている。立ち往生している車も諦めたのか、運転手はすでにいない。レッカーを頼んだが、忙しくて、まだ来てくれないようだ。説明と連絡先が書かれたメモが残されていた。


 車を避けて、歩くと白い道は何も汚されていない。足あとさえも付いていない。後ろを振り向くと、私の足あとだけが残されている。


 門扉が見えてきた。

 雪は3センチ程度積もっている。道は、雪で白く化粧されている。朝出したゴミがまだ残されている。


 家には明かりが灯っていない。

 彼は寝てしまったのだろう。そう思って、門をゆっくりと音がしないようにゆっくりと押し開けた。


 あっ・・・。

 彼かな?家から、門扉までに足あとが、沢山・・・・。


 彼の足あと。

 雪を踏み固めた、ただの足あと、玄関から門扉までは、歩幅が広い足あと。門扉から玄関までは・・・。


「美月!」


「え・・・・。あっ・・・」


「おかえり、心配した。寒くない。大丈夫だったか?」


「うん。大丈夫。近くまでタクシーで・・・。あぁ・・・。そうか・・・・。(父さん)」


 雪と泥で汚れた靴を見て思い出した。

 母さんの所に向かう父さんの靴も同じように汚れていた。病院に、足あとが残るくらいに・・・。そして、玄関から門扉まで続いた踏み固められた足あと・・・。

 玄関で座って待っていてくれた。雪が溶けて水たまりのようになっている足あと。彼と同じようにタオルを用意して、心配して待っていてくれた父さん。母さんの所にすぐに向かいたかったと思うのに・・・。私の帰りを・・・。心配して待っていてくれた・・・。

 私は、父さんの愛情に気がついていなかった。


 雪の上に残された愛情足あとを・・・。


「ねぇ明日・・・」


「ん?」


「なんでもない。父さんに謝らないと・・・。そして、母さんと父さんに”ありがとう”を伝える」


「そうだね。美月。寒いから、家に入ろう。お湯は冷めてしまったかもしれないけど、お風呂を入れよう」


「うん。ありがとう。それから、父さんが好きだった、お酒・・・。あるよね?少しだけでいいから付き合ってよ。貴方に聞いて欲しい話がある」


「わかった。いつまでも付き合うよ」


「あのね。父親の愛情に気がつかなかった愚かな娘の話・・・」


 父さん。今頃になって・・・。ごめんね。

 でも、ありがとう。大好き。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪上の愛情 北きつね @mnabe0709

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ