父さん
母さんの死から、私たちは家族ではなくなった。ただの同居人になった。
母さんの三回忌。
私は、けじめとして父さんに1人の男性を紹介した。
父さんは、びっくりした顔をした。
その後で呟くような声で、彼に言葉を紡いだ。
「美月を頼む。本当に・・・。よかった」
彼は、父さんと私のために、ホテルのディナーを予約してくれた。その日は、ホテルに宿泊する予定になっていた。父さんには、照れくさかったのもあるが招待状を送った。
時間になっても父さんが現れなかった。そこまで父さんに嫌われているのかと落ち込んでしまった。
「美月。お父さん、雪で来られなかったのかしれない」
「それなら、連絡の一つでも入れてくれれば・・・。雪も、待ち合わせの時間には・・・」
「しょうがないよ。明日、ご実家に行こう。僕も、お父さんに文句を言うよ」
「ううん。私が嫌われているだけ・・・。貴方まで嫌われなくていい・・・」
「違うよ。美月。僕が、お父さんの真意を知りたいだけ・・・。だから、僕とお父さんで話をさせて欲しい。駄目かな?」
「・・・。わかった」
ホテルの窓から見える町並みは、雪化粧がされている。汚い心を隠してくれる。
「(雪は嫌い。私から、奪っていく・・・)」
「え?なに?」
「なんでも無い。シャンパンがもったいないから飲もう」
彼の腕に捕まりながら、綺麗に雪化粧された町並みを見ている。。
翌日、ホテルの前は綺麗に雪がどかされている。
子供が付けたのだろうか、雪の山には小さな足あとが付けられている。
彼が運転する車で、実家に向かった。
父さんに文句を言うためだ。
しかし・・・。家に、入ることが出来なかった。
彼の運転する車で、私は母さんと再会した病院に向かった。出迎えてくれたのは、若い警官だった。森下と名乗った警官は、事情を説明してくれた。
父さんは、5年前から脳に病気を抱えていた。
だから、3年前のあの日・・・。父さんではなく、母さんが駅まで行って事故にあった。
言ってくれなかった父さんに腹がたった。父さんの病気を教えてくれなかった母さんにも文句が言いたくなった。父さんは、病状が悪くなっていくのに病院には行っていなかった。いつお迎えが来てもいいと思っていたようだ。そして、私が結婚すると告げて、肩の荷が下りたのだろう・・・。母さんが眠る寺の住職が教えてくれた。
住職は、倒れた父さんを病院に搬送してくれた。父さんは、お寺から家に帰って着替えをして、ホテルに向かおうとしてくれた。でも、玄関を出て、数歩歩いた所で倒れた。倒れた所を訪ねてきた住職に発見された。
住職に父さんのことを教えられた。
父さんは、毎日、それこそ、雨の日も雪の日も母さんの墓参りをしていた。
墓は、父さんの一存で奥の人気がない場所に作られていた。母さんが眠る場所は、春になると桜が咲く綺麗な場所だ。墓が汚れるために、不人気だと住職が笑っていた。
昨日の昼過ぎから振り始めた雪は、今日の朝には止んでいる。父さんは、住職に挨拶をしてから母さんの墓に向った。雪の降り始めに父さんはお寺に来ていた。住職に嬉しそうに私の結婚が決まったと話していた。そして、これで、母さんの所に行けると喜んでいた。
重い足取りのまま、住職に教えられて、母さんの眠る場所に向った。
「美月!?」
「なに?」
彼が、地面を指差す。
そこには、片方を引きずったようになっている足あとが残されていた。雪の上に一つだけ残された足あと・・・。それが、母さんの墓まで続いていた。
母さんの墓石の雪は綺麗に落とされていた。
墓石の前には母さんが好きだった花と私が好きな花が並べて置かれていた。小さなひまわりの花。この季節の花ではない。
父さんが立っていたのだろう、一部だけ地面が露出している場所がある。父さんは、雪の中で何時間も母さんと話をしていたのかもしれない。
「美月。これを・・・」
彼が、線香を持ってきてくれた。
彼から、火が付いた線香を受け取って母さんに捧げる。燃え尽きた、父さんが置いた線香の上に・・・。
母さん。父さんは、迷わずに母さんの所に向った?
まだ3年だから、母さんの足あとは残っているよね?
「美月」
「あっうん。ありがとう」
彼が、住職と話をして葬儀を取りまとめてくれる。
父さんの仕事関係者が挨拶に来てくれた。
彼は、子供のときに両親を事故で亡くしている。彼は、父親と母親を知らない。彼にとっては初めての父親になるはずだった父さん。
葬儀が終わって、初七日が過ぎて、婚姻届を提出した。
彼は父さんに名前を書いて欲しかったと言っていた。彼の上司と住職が名前を書いてくれた。
そして、彼と私は家主が居なくなった私の生家に戻ってきて生活を始めた。
彼は、父さんの
母さんの十三回忌が終わった。
私たちは子供には恵まれなかった。
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