雪上の愛情

北きつね

第1話 母さん


 私は、雪が嫌い。私から、母さんを奪った雪が嫌い。同じくらいに、父さんが嫌い。


 本当は解っている。母さんを殺したのは、私だ・・・。雪ではない。


 私が、初めて無断外泊をした日。母さんは、死んだ。


 私が住む地方では珍しく、その日は雪が振っていた。当たり一面を白く染め上げるくらいの雪だ。私は、地面に降り積もる雪に、自分の足あとが残るのが嬉しくてテンションが上がっていた。友達に誘われて、遊びに行った。スマホも携帯もそれほど普及していない時だ。家には連絡をしなかった。小さな・・・。小さな・・・。そして、大きな反抗だ。私は、夜に帰ればいいと思っていた。しかし、降り積もった雪で交通機関は麻痺して、朝まで帰ることが出来なかった。

 帰りは、迎えに来た友達のお父さんに車で近くまで送ってもらった。


 汚れた雪が道路に轍を作っていた。

 父さんに怒られるだろう。母さんに心配をかけただろう。


 家の門扉が見えてきた。門扉の前は、汚れた雪が踏み固められている。門は簡単に押すことが出来た。門から、家の玄関までの5メートルが遠かった。

 下を向いて、歩いた。所々雪が残っている。踏み固められた雪だ。


「美月!」


「・・・」


 玄関を開けると、父さんが座っていた。

 私の顔を見て、いきなり手を振り上げた。びっくりして、よろめいてしまった。尻もちを付いた私を父さんは上から見下ろしている。


「付いてこい」


「え?」


「付いてこい」


 父さんは、慣れない雪道に悪戦苦闘している。どこに向かうのかも教えられないまま、1時間が経過した。

 普段なら、10分程度で到着する病院が目的地だ。


 何も喋らない父さんの態度が気に入らなかった。


 父さんは、緊急搬送の窓口の近くに乱暴に車を停めた。邪魔にならないように、花壇に突っ込む様な停め方だ。


「降りろ」


 普段から、ぶっきらぼうの父さんが怖かった。

 怒っているわけではない。でも、父さんの態度が、言葉が、雰囲気が、そして考えたくない予想が、怖かった。


 父さんは、窓口に居る看護師に名前を告げる。そして、車の鍵を渡している。


「行くぞ」


 私の方を見ないで、父さんはどんどん先に行ってしまう。

 私と父の距離が開いていくのがわかる。急ぎたいけど、行きたくない。父さんは、地下に降りた。


「ここだ」


 また、父さんは私を見ない。私は、父さんの背中と汚れた靴が付けた足あとだけを見ている。


(あぁぁぁぁぁぁ・・・・)


 母さん・・・。


「母さんは、駅まで行こうとして、大通りでスリップした車に跳ねられた」


「・・・」


「綺麗だろう。雪が振っていなければ、骨折だけで済んだかもしれない」


「・・・。母さん・・・」


「雪が、雪が悪い。雪が・・・」


 父さん。なんで、こっちを見てくれないの?

 私が悪いの?朝帰りなんかしたから・・・。駅までって母さんは・・・。なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?


 気がついたら、私は、ベッドで横になっていた。

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