殺すボタン ~後~

 結論の出ない太郎は、鞄に黒いボタン──殺すボタン──をしのばせて登校していた。


「おらぁ! この変質者! よく学校に来れたなぁ!」


 椅子に座っていた太郎に、不良グループの一人が蹴りを放つ。

 加減なしで蹴ったのか、椅子ごと太郎は倒れた。

 大きな音がするも、周りの人間も慣れたもので、なにも気にしていないようだ。


 蹴られた弾みから、鞄から”殺すボタン”が転がり落ちた。

 ”殺すボタン”は図らずとも、太郎の目の前で停止する。


「あぁ!? なんだそれ? ぷっ、なんだお前!? 変な玩具持ってきてんじゃねぇか!」

「うん? わはは! なんだよこれ!? これを押すごとに、太郎がなんか面白いことしてくれんのか!?」


 不良グループが集まり出す。

 これから、また始まるのだろう。


(なんで……僕が何をした……僕がお前たちに、嫌われる理由なんて……絶対にない!)


 太郎は心の奥で叫ぶが、それでもボタンを押せなかった。

 ピエロが説明した注意点が怖かったのだ。


『そのボタン、一つだけ注意しないといけない点があるのデス。それは、もしあなたのことを嫌いな人間が8名を超えた時。その時は、対象の人間はあなたになるのデス。えぇ、そうです。あなたが死ぬのデス』 


 太郎は自分が死ぬことが怖かったのだ。


 不良グループは、今いない人間も含めて4名。

 もしそれだけなら、その4名を殺すことができるはずだ。


 しかし、ボタンを抱えながら太郎は周りを見渡す。


 そこには、太郎たちを見て笑っている男子や、ゴミを見るような目の女子がいた。

 その数は、優に二桁を超えている。


 太郎は考える。

 もし、周りの人間まで太郎を嫌いだったとしたら、ボタンを押して死ぬのは太郎一人だけだ。

 不良グループに一切の報いを与えることもできず、太郎だけが死んでしまったら、太郎の無念は太郎と共にこの世から無くなってしまう。

 それが怖い太郎は、未だにボタンを押すことを躊躇していた。


 そんな太郎に、不良グループのリーダー格の男は、笑いながら告げる。


「太郎、お前、京上大へ行くらしいな。俺もそこ受験するからよ。大学からも楽しみにしとけよ」


 それは、太郎にとって死刑宣告のように圧し掛かってきた。

 いくら今が地獄とはいえ、あと2か月耐え切れば、不良グループと距離をとることができるはずだったのだ。

 しかし、この地獄からは逃れられないことを知った太郎からは、ついに涙が流れていた。


「お!? あははは! 太郎が泣いてる! 太郎が泣いてるぞ!」

「女かよ! だっせぇなぁ!」


 太郎の中で、何かが切れた。


『あなたのことを嫌いな人間が8名を超えた時。その時は、対象の人間はあなたになるのデス。えぇ、そうです。あなたが死ぬのデス』 


 これまでは、その条件が太郎の手を止めていた。

 しかし、地獄が続くのであれば話は別だ。

 もし、太郎のことを嫌いな人間が不良たち以外にもいて、太郎が死んだとしても、それでいいと思えてしまった。

 このまま生きていくよりは、ある種それも楽なのだから。


「殺す……殺す……」


 太郎の呟きは大きくなっていく。


「お前ら……殺す……殺す、殺す、殺す!!」


 ついに、太郎は手を握りしめ──


「殺す! 殺す! 殺す! 死ねぇぇぇぇぇ!!」


 ──”殺すボタン”を強く押した。











 死んだのは誰か。






 それは、太郎の予想を大きく外れていた。






「…………え?」





 誰も死ななかったのだ。





「なん……で……?」



 傍から見れば狂った様子の太郎に、リーダー格の男は蹴りながら声をかける。


「なんだぁ? お前、ついに狂っちまったのかぁ? まぁいいや、だからよ、大学からもよろしく頼むぜ? た・ろ・う?」


 笑う不良を見ながら、太郎はやっと理解する。


(あぁ……そうか……こいつら……)


 その事実は、何よりも太郎を強く殴りつけた。


(僕のことを……嫌いでも……憎くもないんだ……)


 そして、太郎は絶望する。


(ただの……ただの暇つぶしなんだ……僕でなくてもいいんだ……こいつら……こいつら、本気で遊んでるだけなんだ!!)




 太郎は生きる。

 次は赤いボタンを押すと誓いながら。


 太郎は祈る。

 早く救世主に会えるように。


 太郎には、教室にいる生徒全員が、昨日会ったピエロよりも恐ろしいモノに見えたのだった。

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殺すボタン 剣 道也 @michiya_tsurugi

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