第8話 玄野家

土曜日 駅前駐車場


「お!草鳥くさどり天竹あまたけじゃん」


駐車場に自転車を止めている時に声をかけられ振り返ると、同じクラスの鈴木が居た。


「何してんの?」


「これからダブルデート。鈴木は何してんの?」


夏千なちが答える。

鈴木は駐車場に来たばかりみたいで自転車に跨ったままでいる。

鈴木とは仲が悪い訳ではないが、ヤンチャな部類で俺は若干苦手だな。



「2人揃って暑そうにマスクしてるな。俺はカラオケ。そうだ、相川とか武田も居るし一緒にカラオケ行かね?沢山居た方が盛り上がるだろ」


鈴木はマスクをしてない。新種ウイルスに感染して数日前に退院したばかりだ。

相川と武田はまだ感染した事ないが、鈴木とカラオケ行くって事はウイルス感染に抵抗を感じないのだろな。


「マスクは暑いぞぉ。今回はパス!俺達行く所があるから」


夏千なちがマスクを引っ張りチャラけた感じに返答する。鈴木が残念と言った後お互いにまたなと手を振って別れた。


自販機で飲み物を買い2人で公園に向かって歩き出す。


「やっぱ大人になったらコーヒーだよな。でも鈴木と密室のカラオケなんて行ったら絶対感染するだろな」


夏千なちはマスクを顎の上にずらして、プシュっと缶を開けて飲む。


「大人ならブラックを飲もうな。ミルクコーヒーは子供向けだと思うぞ。ウイルスに感染してもちょっと熱が出るだけだから誰かに感染させても何とも思わないんだろ」


そうこうしている内にいつものベンチが見えてくる。

今日は俺達が先についたみたいだ。

練習用の着替えが入ったカバンを横に置き2人でベンチに座る。


太陽の光がジリジリと当たり暑い‥

俺は炭酸ジュースをグビグビと飲む。


「いつまでマスク生活しなきゃいけないんだろな‥」


夏千なちは、心底嫌になってるみたいでしみじみと愚痴をこぼした。


「さぁな、感染も日々拡大してるしまだまだ続くんじゃないか」


俺も暑さにやられてダラダラした感じに言った。

10分位すると、この暑い中元気いっぱいの2人組、雪華せつかはるが集合場所にやってきた。


「ちょっとあんた達!何だらけてるの!」


はるの開口一番の大きな声が、ベンチにたこのようにダラリと座る夏千なちと俺に突き刺さる。

隣でクスクス笑う雪華せつか


なつ君、マスクに何か付いているよ」


雪華せつかの言葉に俺は隣の夏千なちの方に振り返る。

夏千なちのマスクにはさっき飲んでいたミルクコーヒーが付いていた。


「きったね。ミルクコーヒーが付いてるぞ」


夏千なちは慌ててマスクを外し汚れた部分をみる。


「マジかよ。最後の1枚もうダメになった‥」


感染が拡大した時からマスクが一斉に買われ今もまだ何処の店も品切れを起こしている。

マスクの入荷情報が入ると店には長蛇の列が出来る社会現象も起き、ネットでは価格が何倍にも高騰していた。

夏千なちは立ち上がり自販機横のゴミ箱にマスクを捨てて戻ってくる。


「もう‥だらしないなぁ。私予備あるからあげる」


そう言ってはるは鞄をゴソゴソ探りはじめる。


なつ君がミルクコーヒー飲むと子供みたいだね」


雪華せつか。俺もさっき夏千なちに同じ様な事言った」


「ひっど‥」


俺と雪華せつかがからかって笑うと夏千なちはわざとらしく大きく落ち込んだ。

その時、少し離れた所から男の怒声が聞こえた。


「おい!そこのガキ!マスクしろよ!」


急な事にその場にいた4人が同時に声の聞こえた方に振り返った。

3メートル程離れた所に立ち止まって40代位のマスク姿の小柄の男がこっちを指差していた。

俺達が唖然としていると男はまた喋りだした。


「お前だよ。お、ま、え。ウイルスを撒き散らすんじゃない」


男は何度も夏千なちを指差した。


「は?なんなのこのオッサン」


やばい!

俺は咄嗟に立ち上がり夏千なちの肩を掴み抑える。

予想通り夏千なちの表情は怒りに満ち、男の方へ行こうとしていた。

男は多分ニュースでやっていた自粛警察だと思う。度が過ぎる正義感、関わってもろくな事にはならない。


夏千なちやめとけって。こうゆうのは関わらない方がいい」


雪華せつかを戸惑い、はるは焦りからまだ鞄からマスクを見つけ出せずにいる。

夏千なちはちらりと此方を向いて軽く息を吐くと冷静になった。


「おっさん。俺さっきまでマスクしてたし、新しいマスクに交換する所だったからへんな言い掛かりはやめてくれ」


気に障ったのか男はますます顔を赤らめて言ってきた。


「うそをつくんじゃない。俺は見てたんだぞ!早くマスクをしろよガキが」


全く話しが通じない‥

イライラする感情を抑えていると、鞄からマスクを見つけたはる夏千なちに手渡した。


「俺ずっとこの子と一緒に居たけどさっきまでマスクずっとつけてましたよ。汚れたから今丁度交換した所なのでもういいでしょ」


「私達もマスクつけてるの見ましたよ」


自分なりに丁寧に言うと雪華せつかも後に続いて言ってくれた。

男は俺達の話も聞かず夏千なちがマスクを付けるのを見届け終わると喋りだす。


「初めから素直につければいいんだ。お前みたいなのが居るから感染が止まらないんだよ」


丁度その時違う方から別の声が聞こえた。


「あぁ草鳥くさどりがオヤジ狩りやってる」


聞き覚えのある声の方を見ると、鈴木が相川と武田と一緒に歩いていた。

男が鈴木達の方を見てやはり言い出した。


「お前らもマスクをしろよ。ウイルスを撒き散らすんじゃない」


「なにこのオッサン」


男が怒った口調で喋るのに対して、相川はヘラヘラと笑いながら喋った。

鈴木は男に見向きもしないで夏千なちに近づく。


「ダブルデートでオヤジ狩りなんて過激ぃ」


「ちげーよ」


鈴木のチャラけた言い方に対して夏千なちは真面目な口調だった。

小柄の男は相変わらず相川と武田相手に怒声を浴びせているが、2人共笑って茶化していた。

夏千なちと少し会話した後、鈴木はおもむろに男の方に近寄り、相手の肩に腕をのせた。


「さっきからおじさんどうしたんですか?」


馴れ馴れしく話し掛ける鈴木に男は挙動不審になりながらも言い返す。


「腕をのけろ!マスクをしろ!ウイルスを撒き散らすんじゃない!ガキ共」


「あぁおじさん今流行りの自粛警察だ」


小柄の男は腕を払いのけようとするが、鈴木はガッチリと肩を組んでいるため抜け出せない。鈴木は構わず話し掛ける。


「おじさん言い事教えてあげる。実は俺一度感染しているから、ウイルス保菌者です。良かったねおじさんこれで俺達の仲間入り出来るかもよ」


鈴木が笑いながら言うと男はヒッと悲鳴をあげて鈴木の腕から離れる。が、鈴木は男の腕を掴んだ。


「どうしたんだよおじさん!俺達と遊ぼうぜ」


「や、やめろ!離せ!近寄るな!」


男は鈴木の手を払いのけて走って逃げて行った。

鈴木達はそれを見て大笑いした。


「あのおっさんウケるな。じゃっダブルデート楽しで」


鈴木がそう言い、お互いにまたなと声を掛けて鈴木、相川、武田と別れた。




♦︎




雪華せつかの家に向かう道中


鈴木達と別れた後、夏千なちも直ぐに機嫌を直し雪華せつかの家に向かう事にした。

雪華せつかの家まで少し距離があるため夏千なちと俺は自転車を取りに行き、夏千なちの方にはるが、俺の方に雪華せつかでそれぞれ2人乗りをして車通りの少ない裏道を走っていた。


ドキドキ‥


雪華せつかは自転車の荷台に乗り、俺の背中のシャツを握りしめバランスをとっている。

密着してる訳じゃ無いが、こう近いと心臓の鼓動が早くなる。

自粛警察の愚痴や笑い話をしている夏千なちの言葉も右から左で頭に入ってこなかった。


「最新話読んだよ」


雪華せつかが背中越しに話しかけてきた。


「面白かった。それに守優しゅうもね、面白いって言ってたよ」


漫画を描き始めた時、俺は雪華せつかにいち早く言った。

俺のファン第1号である。


「ありがとう」


お礼を言っていると、話しを聞いていた夏千なちはるも会話に入ってきた。


「俺も読んだぞ!続きすげー気になるから教えてや」


「言うわけないだろ。内緒」


夏千なちはいつも続きを聞こうとしてくる。


ゆきちゃんと話してたんだけど、人間関係がドロドロの展開とか愛憎渦巻く様な恋愛描写とかあるともっと面白くなるんじゃないかなって」


「ドロドロの人間関係か‥」


正直、恋愛描写は恋愛経験の少ない俺にとっては結構ハードルが高い。

ドロドロの人間関係は登場キャラの個性をもっと固めて嫉妬をテーマにすれば出来ない事はなさそうだ。


「ちょっと挑戦してみるよ。アドバイスありがとう」


「おっまじ!?やったゆきちゃん、私達の意見採用されました!」


はるが手を挙げると雪華せつかも同じように手を挙げる。


「いぇーい」


2人でエアーハイタッチをした。


俺は手首についたピンクと白のミサンガを見る。

あの日、背中を押されて漫画を描き始めて良かったと思う。

漫画のネタ探しのために普段から意識し身の回りを観察していると、また世界が変わって見え始めた事も発見したし、友人やファンからの応援メッセージも凄く嬉しい。

それにダンスの練習で体を動かし好きな人と一緒に居られる。

今凄く充実した日々を送れている。


「順調に願い事が叶ってるのかな?」


物思いにふけていたから、背中からの雪華せつかの声に一瞬ビクッとなり雪華せつかに笑われた。

俺はうなじを右手人差し指でポリポリ掻きながら答える。


「結構順調かな」


「良かったね」


表情は分からないが嬉しそうな優しい声で雪華せつかが言ってくれた。




♦︎




玄野家前


雪華せつかちゃんマジですか‥」


夏千なちが驚きボソッと言った。俺も同じ思いだ。

雪華せつかの案内で家の前に着いたのだが、まず目に入ったのがドデカイ門、外からでも分かる広さの土地と家だった。


「遠慮しないで入って」


笑顔で案内してくれる雪華せつか

はるは慣れてるのかいつもと変わらない様子でついて行くが、俺と夏千なちはなんだか緊張して周りをキョロキョロ見ながらついて行く。

門を潜ると築は経っているが風情漂う日本屋敷が見えた。

中央は石畳みで両側は玉砂利が敷かれた通路を通っていた時、ふと右を見ると分かれ道のように飛び石の石畳みがありその先には神社みたいな建物があった。

神社は廊下で家と繋がってるみたいだな。

何となく見ていると雪華せつかがそれに気が付いた。


「気になるなら見て行く?」


「見る!見る!」


何故か俺が答える前に夏千なちがテンション高めで言った。

クスクス笑いながら雪華せつかは神社の方へ案内する為に方向転換した。

歩いているといつの間にかはるが隣に来ていた。


「いっちゃん、ゆきちゃん家の猫見るとビックリするかもよ」


それだけ言うと、ささっと前を歩く雪華せつかの隣に行った。

俺の頭にはクエッションマークしか浮かばない‥



靴を脱ぎ、5段の階段を上がり神社の中に入る。

中は20畳程の広さで中央には横1メートル奥行き1メートル高さ1.5メートル位の台があり、四隅に柱がそれぞれ立ち小さな屋根がついている。

柱と柱を結ぶ様に細い縄が張られ、縄には白いお札の様なものがぶら下がっていた。

台の中央に置かれているのは、多少ゴツゴツしているが丸い岩が置かれていた。


「なんじゃこりゃ‥」


率直に思った事が口から出た。

そう思っていると、廊下の方からドタドタと小動物の走る足音が聞こえた。


にゃー


猫だ。

鳴き声の方を見ると、顔の上途中から背中、尻尾へと茶色の濃淡で出来た虎柄模様、顔の下途中から前足、お腹周りが白、それと背中に1本斜めに同じく白い毛並みの猫がゴロゴロと喉を鳴らしながら雪華せつかの足に顔を擦り付けていた。


雪華せつかはしゃがみ込み猫を撫でる。


「ただいまドッグ」


雪華せつかはそう言うとポケットから小さい白い毛糸の玉を取り出した。


「じゃ、いつものいくよ」


毛玉を遠くに投げると、猫はダッシュで走り毛玉を咥える。

そしてドタドタと歩きながら帰ってきた。


この時、俺は思い出す‥

小さい頃の記憶を‥

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やるっきゃない! 捨猫次郎長 @miya-cat

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