第7話 今の日常

ある日 玄野宅 雪華の部屋


気付くと周りは真っ暗だった。

光も一切ない暗闇。


「おーい」


なんの返事も無く響き渡る声もない。


「ここ、どこ‥」


暗すぎて自分の手足さえ見ない。

だんだんと恐怖に襲われる雪華。


すると遠くの方で小さな一筋の白い光が差した。


「おーい!」


声を掛けるがなんの返事もない。

堪らず雪華せつかは光源に向かって走った。

走っているのに、光源に近づけない。

自分が進んでいるのか、光源が離れていっているのか分からない。感覚がおかしくなる。


「はぁ、はぁ、なんでよ」


息が切れた雪華せつかは両手を膝につけ息を整える。

息が落ち着いてきたので頭を上げて光源の方を見た。

色々な疑問が頭に浮かび、ぼーっと光源を見ているとある事に気付く。


「あれ?なんか近づいてきてない?」


さっきまで近づこうとしても近づけなかった光源が今は少しづつ雪華せつかの方に近づいてきた。

だんだんと近づくにつれ光が強くなり眩しくなるから光を遮るように顔の前に手の平を上げて前方を見るが、それでも眩し過ぎてよく見えない。


光源が止まった近いのか遠いのかもよく分からない距離感。

目を凝らし光源の中を見ると何かが居るのが分かった。

動物だと思う。







「ねーちゃん起きてよ朝だよ」


雪華せつかはゆっくり目を開けると朝日が眩しかった。

寝起きで頭がボーッとするが構わず弟の守優しゅう雪華せつかを揺らす。

雪華せつかは枕元のスマホを取り時間を確認し、直ぐに起き上がる。


「寝坊した!」


直ぐに守優しゅうを部屋から追い出し、着替えを始める。

ドアの外から守優しゅうが言ってくる。


「ねーちゃん腹減った!」


「ちょっと待って直ぐに準備するから」


部屋のドアを開けた時、さっき見た夢が脳裏に浮かんだ。


「何だったんだろ‥」


しかし、今は時間がない。直ぐに頭の中を切り替え部屋を出て行った。




♦︎




7月初旬 天竹宅 朝6時45分

一葵いつきはスマホの、アラームで目が覚める。

眠い目を擦り起き上がる。

あの日から毎日漫画を描いている。

ページ数が貯まったらwebサイトに投稿し、また続きを描き始める。

まだまだ駆け出しでそんなに読まれていないが続けるつもりだ。

そう、継続は力なり。


階段を下り、リビングに入ると父親はテーブルで朝食を食べている。

母親は弁当の準備をしていた。


「おはよ」


欠伸をしながら挨拶をする。


「おはよう」


父親、母親共に挨拶を返してくる。

いつもの日常、いつもの風景。


『‥続きまして、新種のウイルスによる感染情報です。昨日の全国の感染者は‥』


最近いつものに加わったニュース番組。

少し前から流行り出した季節の外れの風邪は、新種のウイルスによるものだったと国から発表された。

ニュースによると初期症状としてまず、目が充血しその後、発熱、咳、気怠さ等が挙げられ10日程で軽快する。

ウイルスは体内に残るみたいだが回復後の経過観察では今の所問題ない。

基礎疾患のある方や高齢者でなければ重症化する事もなく、致死率もインフルエンザ以下らしい。

問題は日本全国で同時に患者が出たし感染源が特定出来ていない事、感染力が強い為一度に沢山の感染者が出ると医療崩壊を起こす。

以上がニュース番組から得た情報だ。


国もこの感染症を重く見ていない為、経済活動を優先させ、手洗いうがいアルコール消毒をしてくださいと言うだけだった。



俺はダイニングテーブルに付く。

今日の朝食はピザトーストだった。

朝はトースト派だがピザトーストはハードだわ‥

目の前の父親は丁度朝食を食べ終わり、スーツを着て鞄を持ち母親の方に向かう。


「美味しい朝食をありがとう。行ってきます」


「今日も頑張ってね。行ってらっしゃい」


いつもの会話だが感染症を気にして抱き合う事なく、ましてやキスもしない。

父親は笑顔でマスクをして俺の方に振り返る。



今日もか‥


父親はビシッと俺の方に指を指す。


一葵いつき!守ろう感染予防‥」


「手洗いうがいアルコール消毒」


父親の後に続けて俺が言わなければならないセリフ。

恥ずかしい、くだらない、でも言わないとしつこく言わせようとして、終わらない。

言えば父親は満足して直ぐに終わる事を知っている、これが1番平和だ。


母親はクスクスと笑い、父親は満足して出勤して行った。

朝食を食べ終える頃、父親の食器を片付ける母親がおもむろに聞いてきた。


「そのミサンガずっとつけてるけど、誰かに貰ったのかな?」


「べ、べつに関係ないだろっ」


クスクスと笑う母親。

急の事でテンパってしまった。

恥ずかしさから俺は早速さと準備を終えて玄関を出る。


外はもう夏の強い日差しだ。

毎年この時期、ジリジリと照らす太陽に生命が溢れるような草木を見ると、夏休み前という事もあり心躍るものだが、今年は若干テンションが落ちる。

全てはこのマスクのせいだ。


「あー暑い」


そう言いながら自転車に跨り登校する。




♦︎




工業高校 教室


午前最後の授業のチャイムが鳴り、いつものように夏千なちが来るのを待っている。


「今日は気分転換にメロンパンにしたぞ」


メロンパン以外にも色んな種類のパンを机に置き、対面側に夏千なちが座る。

俺はこんなに種類があると気分転換になっているのか疑問思う。


メロンパンは2口食べた所で夏千なちが話出す。


「やっぱり今日田中が休みだったな」


昨日田中は授業中に目が充血しだし、早退したが感染が確認され今日は欠席した。


「周りでも感染者出始めたな。夏千なちも気をつけなよ」


「分かってるよ」


チャラけた感じに返事をするところが俺としては結構心配になる。

感染症への反応は人様々で俺やはる雪華せつかのように感染症に罹らないように気を付けてる人や、夏千なちのように致死率や重症化し難い事からそこまで気にしない人、感染した後新種のウイルスが体内に残る事を自慢したくてわざと感染しようとする人も居る。

はるの話では一度感染すると体内にウイルスが潜み続け、ストレスや疲れ、免疫機能低下した時にウイルスが再活性化して発症する病気もあるから、新種のウイルスなんて感染しない方がいいと言っていた。

俺も雪華せつかもこの意見に賛成している。

夏千なちも基本賛成はしているがニュースでウイルスが体内に居ても問題無いと言ってるからそこまで気にしていない様子だ。


一葵いつき。最新話っていつ頃更新する予定なん?」


「あと少しで出来るから今日の夜には更新する予定」


凄く恥ずかしかったが、描き始めた漫画を読んで欲しくて俺は身近な人達に伝えた。

夏千なちは更新を楽しみしててくれてよくせっついてくるが、それも今の俺には漫画を描く為の励みになっている。


「じゃー更新したら連絡くれよな。楽しみにしてるから。ところで一葵いつき君、今度の土曜日の練習の件ですが‥」


急にかしこまった言い方、表情がさっきの笑顔からニヤけた表情に変わる。

嫌な予感‥


「場所が変更になりました。何処だと思いますか?」


大会に向けてのダンスの練習はトレーニングセンターでしていたが、感染症が広がるにつれ密を避ける為に最近は公園で練習をしていた。

それを考慮して考える。

広くて密を避けれて、これから夏場だから暑さも出来れば避けれて、音楽の音量を気にしなくて良いところ‥‥


「思い付かない‥何処でやるの?」


「仕方がないな。正解は雪華せつかちゃん家で練習する事になりました。はい、拍手」


雪華せつかの部屋!?」


夏千なちが1人でニヤついた表情で手をパチパチさせて言った言葉に思わず反応してしまった。


「誰が部屋って言ったんだよ!家ですよ家!この変態が!」


夏千なちのツッコミが炸裂するが言葉は俺の耳には入ってこなかった。


あの日、雪華せつかと夢の話をした時から雪華せつかの事を目で追っている自分に気が付いた。

雪華せつかの事が何か気になっていた。


そして気が付いた。俺は雪華せつかの事が好きなんだと。




そんな状態で雪華せつかの部屋に行くなんて、何かソワソワして落ち着かない。


「家の場所分からないから、いつもの公園に集合してから一緒に行くことになったからな。遅刻するなよ」


「え?あ、うん。分かったよ」


俺は慌てて返事をする。

今回は嫌な予感は当らず良い事だった。

何だかソワソワドキドキしてきた。





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