第6話 ミサンガ

高田市 トレーニングセンター


南側に鏡張りの壁、東西はガラス張りで外の景色が見える、北側には受付等があるとても広い部屋。

西側半分にはランニングマシーン等の設備が並び、東側半分はヨガ教室等をやる為のスペースになっている。


室内は程よい大きさのBGMがかかり、ベンチプレスやデッドリフトの近辺の人達は談笑し、ランニングマシーン近辺の人達はそれぞれ1人で黙々とトレーニングをしている。


今日はヨガ教室等のイベントをしていないので、俺達4人は部屋の隅、鏡とガラス窓の近くに場所をとっていた。


どうやら父親は居なかったみたいで雪華せつかは安堵し、その後皆んなで話し合い大会の為の曲も直ぐに決めた。


海外のガールズグループの曲だ。有名な曲で俺も知っているが、聴いているとワクワクし楽しくなるような曲でダンス大会名の【若き力を爆発させろ】にも合っていると思う。


早速MVで振付を確認していると、はるは直ぐに踊れるようになった。いや元々好きな曲みたいである程度は振付を覚えていたみたいだ。

そのはるに教えてもらいながら練習する事約2時間、疲れたので休憩する事になった。


「次の練習からジャージ持ってこなきゃな。動き辛すぎ」


結構な汗をかいている夏千なちがドシッと座る。


「だよな。マスクで余計に暑い」


俺も軽い愚痴を言いながら、夏千なちの斜め右前に座る。

周りの人達は誰もマスクを着けてトレーニングをしていない。過剰かもしれないが、念の為って事で俺達はマスクをしている。


はる雪華せつかもそれなりの汗をかいた状態で、はるは俺の正面、雪華せつかは俺の斜め右前に皆んなで円を描くように座った。


「久しぶりに体動かしたって感じ」


はるの言葉。確かに俺も高校に入ってから運動をする事がめっきり減りサボリ癖がついたせいで今は体が重い。

運動不足だな‥


「でもさ‥振付を完コピするだけじゃ物足りない感じがするんだよな」


ふぅと溜息をする夏千なち


「オリジナルの振付でもいれる?例えばクールで大人っぽい感じなの」


「私はセクシーな感じでもいいと思うな」


雪華せつかのクールで大人っぽく、はるのセクシーな感じをイメージしながら振付を考えてみるが、何にも思い付かない‥


「ん‥こんな感じかな」


夏千なちは立ち上がり踊り出す。

見ているとクールでセクシーな感じってのがしっくりくるような振付。

思わず口から、おぉっと出ていた。

他の2人もそんな感じってハシャいでいたが、だんだんと夏千なちのダンスは可笑しくなっていく。最終的にクネクネして踊っていた。

それを見て3人で笑った。

ビシッと最後に決めポーズをすると、すぐにシャツをパタパタさせた。


「ダメだ暑過ぎる。自販機でジュース買ってくるわ」


「あっ!ちょっとなつ待って私も行く。さっきの振付あとでまた踊ってよ動画で撮らないと覚えれないじゃん」


はるは立ち上がり夏千なちを追っかける。

遠くで、最後の方でいいのか?って夏千なちの声が聞こえていた。


「ほんと夏千なちってなんでも出来るよな」


俺は独り言のように言ってたが、雪華せつかは聞いていた。


「ほんとだよね。運動神経もいいし、頭もいいよね」


夏千なちと同じ建設科だが1年の時から夏千なちは成績トップで頭が良い。

俺は雪華せつかのそんな言葉を聞いて、初めて夏千なちに対し小さな嫉妬心を抱いたのを感じた。


「そういえば」


雪華せつかは自分の鞄をガサゴソと漁り、取り出した物を俺の前に出した。

ピンク色と白色の刺繍糸で編み込まれ細くシンプルに作られたミサンガだった。


「本当に作ってきたんだ」


「もちろん。今つけてあげる」


ピンク色が女の子向けって感じがしてつけるのは恥ずかしかったが、雪華せつかの笑顔に嫌とは言えない。

素直に腕を前に差し出す。


「何か願い事を頭の中で考えてね」


そう言って雪華せつかは俺の手首にミサンガをつけ始めた。


願い事か‥

最近よく考えてしまう事、今1番初めに思った事。

小さな頃のように何にでも前向きに挑戦出来る様になりたいな。


そう思った時に雪華せつかはミサンガをつけ終えていた。


「コレでよし」


いつもの笑顔、いつも手首についているちょっとほつれた白いミサンガ。


雪華せつかは何て願い事したの?」


「へへ。なぁいしょ。言っちゃったら効果なくなりそうだし」


小さく照れたように笑う雪華せつか


白いミサンガはほつれているし年季が入っている感じがするから、どんな願いをしたのか結構気になるな。

でも、気になるとは言えしつこく聞くのも野暮な事だと思い話題を何となく変えた。


「そういえば、もう受験勉強始めるの?」


はるが昔、ぱぱと同じ医者になりたいの。って言ってたから勝手なイメージで大変そうだと予想は出来るけど、雪華せつかはどうなんだろうか。


「今のままだと志望大学に合格出来るか微妙だから頑張らないとね。勉強自体はちょくちょくやってるけど、夏頃から本格的にやろうと思ってるの」


「なんだか大変そうだな。頑張らないとな」


うん。と雪華せつかは応え、外の景色を見ながらさらに言葉を繋げた。


「私ね、夢があるんだ。お花が凄く大好きで、いつか世界中のお花を見て回ってそして、綺麗なお花を日本の皆んなに届けたいって思ってるの。お花の専門商社なら販売ルートとか色んな専門的な事が学べると思えるから、その会社に就職したくて、ちょっとでも有利な志望大学にしたんだ」


夢に向かって突き進む。

雪華せつかがキラキラと輝いて見えた。

心臓が小さいが小刻みに鼓動しているのを感じながら俺は雪華せつかに見惚れていた。


雪華せつかは照れながらこっちに振り返る。


一葵いつき君は、将来の夢とかある?」


俺は我に帰り考える。

将来の夢か‥

俺の家は決して裕福な家ではない。だから高校を卒業したら就職するつもりだったしその時、何となく大工になりたいと思っていたから工業高校の建築科に進学した。


雪華せつかに感化されたのか、今も大工になりたいとは思っているが、心の片隅でいつも燻っている方の思いを俺は口にしていた。


「俺は‥漫画家になりたいな」


しまった‥言って直ぐに後悔する。

高校生にもなって、工業高校にも通っているのに全然関係のない漫画家になりたいなんて絶対馬鹿にされるし笑われるに決まっている。


俺はうなじを右手人差し指でポリポリ掻きながら反射的に否定の言葉を口にする。


「ってのは、じょう‥」


「いいと思うよ漫画家」


雪華せつかは被せるように喋る。俺の予想とは違い馬鹿にしたような笑いもせず、いつもの笑顔だった。


「恥ずかしがる事ないよ。漫画家、私もいいと思うよ」


「でも‥、俺絵が上手い訳じゃないし、無理だよ‥」


漫画家になりたいと思いつつも無理だと言い聞かせて心の片隅に追いやり、また漫画家になりたいと思い出すの繰り返し。いつまでも燻っている気持ち。


「ならなんで漫画家になりたいと思うの?」


「初めは漫画を読む事が好きだったんだ。それで色んな漫画を読んできて、だんだんと違う想いが出てきたんだ。決定的だったのが【白と黒】と出会った事かな」


雪華せつかは茶化す事無く、黙って俺の話しを聞いてくれている。


「現実世界とは違った非現実世界に、そこに出てくる登場人物。作り込まれた世界観や個性によって本当に存在するかのように、生きているかのように進むストーリー。一つの新しい世界を創り生み出すってのが凄い事だと思ったら、俺も無性にそんな世界を物語を登場人物を生み出したいなって思うようになって。だから漫画家になりたいなって」


いつの間にか熱く語ってしまったが、雪華せつかは最後まで黙って聞いてくれていた。

微妙な沈黙が小恥ずかしくなる。

うなじをポリポリ掻いていると雪華せつかが喋り出した。


「そんなに強い気持ちがあるなら、挑戦した方がいいよ。絶対に」


先程のキラキラしたような笑顔の雪華せつか



「そうかな‥?」


どうしても自信が出ない‥


「うん。挑戦した方がいい!私は応援するよ!やるっきゃない!」


雪華せつかは拳を握った状態で親指を立ててハンドサイン、それに笑顔で顔をちょこんと傾けて言い切った。

俺はその時、優しいけれど力強く背中をトンと押され、心のもやが開ける感覚に襲われた。


「あ、ありがとう。挑戦してみようかな」


俺は嬉しい気持ちを素直に言った。



そんな話しをしていると、夏千なちはるが缶ジュースを手に持ち戻ってくるのが見えた。


「出来たら読ませてね。ファン第1号になるから」


「分かったよ」


戻る2人に聞こえないよな小声で雪華せつかは話し、俺も答える。

そのまま2人が合流すると、楽しくダンスの練習をした。




♦︎




その後、練習を終えた後いつものように春の母親が迎えに来てはる雪華せつかと別れた。

自転車で夏千なちとの帰り道。



「あー初日から練習やり過ぎ。明日絶対筋肉痛だわ」


愚痴をこぼす夏千なち

俺は雪華せつかとの会話を思い出し、夏千なちだったらどんな反応するか気になった。


夏千なちは卒業したらどうする予定なん?夢とかやりたい事あるん?」


「ど、どうしたんだよ急に‥」


俺の急な質問に少し戸惑ったみたいだが夏千なちは言い出す。


「卒業したら親父の会社に入る予定だから‥んーやりたい事は、親父と一緒に会社を大きくしたいなとは思ってるかな。一葵いつきはどうなんだ?」


夏千なちの父親は地元で工務店を営んでいる。将来の事ちゃんと考えてるんだな。

俺も素直に答える。


「実は俺、漫画家になりたいと思ってる」


「ま、漫画家?」


夏千なちはそう言うと大きく笑い、理由など色々聞かれた。

予想していたから笑われる事に嫌な気持ちにはならなかったし、夏千なちの最後の言葉


「いいんじゃね。やりたい事やれよ。俺は応援するぜ」


が、素直に嬉しかった。




♦︎




同日 天竹宅 一葵の部屋


今日のダンスで流した汗をお風呂でサッパリ洗い流し、スッキリした気持ちで机に座る。

引き出しを開けて白紙のノートを出し机に広げる。


ふと自分の手首を見る。

ピンク色と白色で編み込まれたミサンガ、脳裏に雪華せつかの笑顔が浮かぶ。


『私は応援するよ!やるっきゃない!』


あの時の言葉を思い出すと、嬉しくもありやる気も出てくる。

緩んだ顔を引き締めて、鉛筆を手に取る。


「よし!やるか!」


気合を入れてノートに書き出す。


タイトル【神たりえるのか(仮)】


自分の好きなジャンル、ファンタジーで漫画を描くと決めていた。

ノートにあらすじやキャラ設定などを書き始める。


この日疲れた体の事も忘れ、夜遅くまで没頭した。

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