第6話 ミサンガ
高田市 トレーニングセンター
南側に鏡張りの壁、東西はガラス張りで外の景色が見える、北側には受付等があるとても広い部屋。
西側半分にはランニングマシーン等の設備が並び、東側半分はヨガ教室等をやる為のスペースになっている。
室内は程よい大きさのBGMがかかり、ベンチプレスやデッドリフトの近辺の人達は談笑し、ランニングマシーン近辺の人達はそれぞれ1人で黙々とトレーニングをしている。
今日はヨガ教室等のイベントをしていないので、俺達4人は部屋の隅、鏡とガラス窓の近くに場所をとっていた。
どうやら父親は居なかったみたいで
海外のガールズグループの曲だ。有名な曲で俺も知っているが、聴いているとワクワクし楽しくなるような曲でダンス大会名の【若き力を爆発させろ】にも合っていると思う。
早速MVで振付を確認していると、
その
「次の練習からジャージ持ってこなきゃな。動き辛すぎ」
結構な汗をかいている
「だよな。マスクで余計に暑い」
俺も軽い愚痴を言いながら、
周りの人達は誰もマスクを着けてトレーニングをしていない。過剰かもしれないが、念の為って事で俺達はマスクをしている。
「久しぶりに体動かしたって感じ」
運動不足だな‥
「でもさ‥振付を完コピするだけじゃ物足りない感じがするんだよな」
ふぅと溜息をする
「オリジナルの振付でもいれる?例えばクールで大人っぽい感じなの」
「私はセクシーな感じでもいいと思うな」
「ん‥こんな感じかな」
見ているとクールでセクシーな感じってのがしっくりくるような振付。
思わず口から、おぉっと出ていた。
他の2人もそんな感じってハシャいでいたが、だんだんと
それを見て3人で笑った。
ビシッと最後に決めポーズをすると、すぐにシャツをパタパタさせた。
「ダメだ暑過ぎる。自販機でジュース買ってくるわ」
「あっ!ちょっと
遠くで、最後の方でいいのか?って
「ほんと
俺は独り言のように言ってたが、
「ほんとだよね。運動神経もいいし、頭もいいよね」
俺は
「そういえば」
ピンク色と白色の刺繍糸で編み込まれ細くシンプルに作られたミサンガだった。
「本当に作ってきたんだ」
「もちろん。今つけてあげる」
ピンク色が女の子向けって感じがしてつけるのは恥ずかしかったが、
素直に腕を前に差し出す。
「何か願い事を頭の中で考えてね」
そう言って
願い事か‥
最近よく考えてしまう事、今1番初めに思った事。
小さな頃のように何にでも前向きに挑戦出来る様になりたいな。
そう思った時に
「コレでよし」
いつもの笑顔、いつも手首についているちょっとほつれた白いミサンガ。
「
「へへ。なぁいしょ。言っちゃったら効果なくなりそうだし」
小さく照れたように笑う
白いミサンガはほつれているし年季が入っている感じがするから、どんな願いをしたのか結構気になるな。
でも、気になるとは言えしつこく聞くのも野暮な事だと思い話題を何となく変えた。
「そういえば、もう受験勉強始めるの?」
「今のままだと志望大学に合格出来るか微妙だから頑張らないとね。勉強自体はちょくちょくやってるけど、夏頃から本格的にやろうと思ってるの」
「なんだか大変そうだな。頑張らないとな」
うん。と
「私ね、夢があるんだ。お花が凄く大好きで、いつか世界中のお花を見て回ってそして、綺麗なお花を日本の皆んなに届けたいって思ってるの。お花の専門商社なら販売ルートとか色んな専門的な事が学べると思えるから、その会社に就職したくて、ちょっとでも有利な志望大学にしたんだ」
夢に向かって突き進む。
心臓が小さいが小刻みに鼓動しているのを感じながら俺は
「
俺は我に帰り考える。
将来の夢か‥
俺の家は決して裕福な家ではない。だから高校を卒業したら就職するつもりだったしその時、何となく大工になりたいと思っていたから工業高校の建築科に進学した。
「俺は‥漫画家になりたいな」
しまった‥言って直ぐに後悔する。
高校生にもなって、工業高校にも通っているのに全然関係のない漫画家になりたいなんて絶対馬鹿にされるし笑われるに決まっている。
俺は
「ってのは、じょう‥」
「いいと思うよ漫画家」
「恥ずかしがる事ないよ。漫画家、私もいいと思うよ」
「でも‥、俺絵が上手い訳じゃないし、無理だよ‥」
漫画家になりたいと思いつつも無理だと言い聞かせて心の片隅に追いやり、また漫画家になりたいと思い出すの繰り返し。いつまでも燻っている気持ち。
「ならなんで漫画家になりたいと思うの?」
「初めは漫画を読む事が好きだったんだ。それで色んな漫画を読んできて、だんだんと違う想いが出てきたんだ。決定的だったのが【白と黒】と出会った事かな」
「現実世界とは違った非現実世界に、そこに出てくる登場人物。作り込まれた世界観や個性によって本当に存在するかのように、生きているかのように進むストーリー。一つの新しい世界を創り生み出すってのが凄い事だと思ったら、俺も無性にそんな世界を物語を登場人物を生み出したいなって思うようになって。だから漫画家になりたいなって」
いつの間にか熱く語ってしまったが、
微妙な沈黙が小恥ずかしくなる。
「そんなに強い気持ちがあるなら、挑戦した方がいいよ。絶対に」
先程のキラキラしたような笑顔の
「そうかな‥?」
どうしても自信が出ない‥
「うん。挑戦した方がいい!私は応援するよ!やるっきゃない!」
俺はその時、優しいけれど力強く背中をトンと押され、心の
「あ、ありがとう。挑戦してみようかな」
俺は嬉しい気持ちを素直に言った。
そんな話しをしていると、
「出来たら読ませてね。ファン第1号になるから」
「分かったよ」
戻る2人に聞こえないよな小声で
そのまま2人が合流すると、楽しくダンスの練習をした。
♦︎
その後、練習を終えた後いつものように春の母親が迎えに来て
自転車で
「あー初日から練習やり過ぎ。明日絶対筋肉痛だわ」
愚痴をこぼす
俺は
「
「ど、どうしたんだよ急に‥」
俺の急な質問に少し戸惑ったみたいだが
「卒業したら親父の会社に入る予定だから‥んーやりたい事は、親父と一緒に会社を大きくしたいなとは思ってるかな。
俺も素直に答える。
「実は俺、漫画家になりたいと思ってる」
「ま、漫画家?」
予想していたから笑われる事に嫌な気持ちにはならなかったし、
「いいんじゃね。やりたい事やれよ。俺は応援するぜ」
が、素直に嬉しかった。
♦︎
同日 天竹宅 一葵の部屋
今日のダンスで流した汗をお風呂でサッパリ洗い流し、スッキリした気持ちで机に座る。
引き出しを開けて白紙のノートを出し机に広げる。
ふと自分の手首を見る。
ピンク色と白色で編み込まれたミサンガ、脳裏に
『私は応援するよ!やるっきゃない!』
あの時の言葉を思い出すと、嬉しくもありやる気も出てくる。
緩んだ顔を引き締めて、鉛筆を手に取る。
「よし!やるか!」
気合を入れてノートに書き出す。
タイトル【神たりえるのか(仮)】
自分の好きなジャンル、ファンタジーで漫画を描くと決めていた。
ノートにあらすじやキャラ設定などを書き始める。
この日疲れた体の事も忘れ、夜遅くまで没頭した。
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