第5話 シャイン

数十日後の土曜日 朝9時


ブーブー

スマホのアラーム機能、セットした時刻になったので振動している。

一葵いつきはスマホのアラームを止めて呼んでいた漫画をしまい、出掛ける為に準備を始めた。


昨日の夜、グループチャット【夏千なちと愉快な仲間達】にはるからのメッセージ


『明日皆んなで遊ぼうー。何時にする?』


で今日の予定が決まった。

グループチャットメンバーは俺と夏千なちはる雪華せつかを入れて4人。今回遊ぶメンバーでもある。


外出用の私服に着替えて階段を降りてリビングに入ると、父親と母親が何かを作っていた。今流行りのDIYだろか。

父親が俺に気付くと話しかけてきた。


「出掛けるのか?」


「うん」


父親はリビングの引き出しを開け何かを取り出してこっちに近寄って来た。手に持っているのは白いマスクだった。


「聞いた話だと最近風邪が流行ってるみたいだから、これつけて行きなさい。持ち帰ってきたら困るからな」


この前、はるの母親も同じ事を言っていた気がする。

確かに病気を持ち帰って母親に移ったら体調を崩すかも。

暑いかもしれないが、仕方がない。

父親からマスクを受け取り玄関に向かう。


「ついでに手伝ってかないか?」


父親が背後から言ってきた。

出掛けるのに手伝いってなんだよ‥


「ついでってなんだよ。行ってきます」


「いってらっしゃい」

母親の返事。父親は何か言っていたがそのまま出発した。




♦︎




高田駅前 公園前


いつもの駐輪場に自転車を停め夏千なちと一緒に歩く。


一葵いつき見てるとこっちが暑くなる」

冗談混じりの愚痴を夏千なちは言ってきたが、マスクをしている俺は冗談抜きで暑かった。


遠目に集合場所の公園のベンチが見え、マスク姿のはる雪華せつかが既に座っていた。


「何だよ皆んなしてマスクって」


「何だよって何よ。この前電話で言ったじゃん。まぁなつは絶対忘れると思った」


そう言うと、はるは鞄から袋詰めにされた新品のマスクを1枚取り出して夏千なちに渡す。


「パパが言ってたんだけど季節外れの風邪が流行ってるみたいで、もしかしたら感染症かもって。で、念の為にマスクとか手洗いうがいをしなさいって。いっちゃんの分も持ってきたんだけどマスクしてるね」


ちょっと意外そうな感じに見てくるはる


「出掛ける時に父親がはると同じ事言ってて、マスク持ってけって言われたから。でもめっちゃ暑い‥」


分かる分かる、みたいな感じにはる雪華せつかは賛同している。隣で同じ様に暑いのか夏千なちは着けたマスクの中心を引っ張り、ゴムが伸びたら離してパチンと口元に戻したりしている。


「これからどうする?俺小腹すいちゃった」


おいおい何言ってんだ夏千なち


「まだ10時半ですよ。小腹すくの早すぎでしょ夏千なち


思わずツッコム俺、はるは呆れていた。


「私ハンバーガー食べたいかな。バタバタしてて朝ご飯食べてないんだ」


まさかの賛成派の雪華せつか夏千なちは喜ぶ。


「いーねー雪華せつかちゃん!よしハンバーガー食べに行こう!」


まぁそんな訳で4人で駅近くのハンバーガーショップに向かう事になった。




♦︎




駅裏近くの大きな公園


店内での飲食は感染症にかかるかも知れないとはるが嫌がったので、持ち帰りでハンバーガーを買い駅裏近くにある大きな公園に来た。

公園内にある屋根がついてて木製のテーブルとイスがある場所に陣取り、買い物袋をテーブルに並べる。

俺はポテトだけにするつもりだったけど、店内に入るとハンバーガーの良い匂いがして、ついついセットを頼んでしまった。

はるも同じ口なのかセットを頼んでいたのが笑える。

雪華せつかも同じ様にセットを頼んでいた。

驚かされるのが夏千なちだ。

小腹が空いたと言っていたがセットを頼み、追加で単品を4つ全部違う種類で頼んでいた。

ここで更に驚く事が起きた。

今回ははるが奢るって言いだしたのだ。

いつも割り勘とか自分の分は自分で、と平等なのに。


「サンキュー」


夏千なちはこの一言であっさり受け入れ、雪華せつかと俺は自分で払うと言っていたのだが結局全部、はるが払った。



イスに座り俺達ははるにお礼を言った。

そして、夏千なちは直ぐにハンバーガーを食べ始める。


「あぁうまっ」


がっつく様に食べる夏千なちを横目に、自分のハンバーガーの包装紙をといているとはるがポテトを食べながら話し出した。


雪華せつかと話してたんだけど、この4人で一緒にやりたい事があるんだけど、いいかな?」


あぁ、その為の奢りだったわけか。


「なに?やりたい事って」


何気なく俺は聞いてみた。


「私達来年大学受験じゃん?それで今年の夏の終わり頃から本格的に受験勉強始めるつもりなんだ」


俺は工業高校で卒業したら就職するつもりだったから受験勉強なんて考えた事もなかった。

雪華せつかと知り合ってそれから4人で最近はよく遊んでいたが、そんな楽しい時間も残り少ないんだと思うと寂しい感情が出た。


「そうすると、なかなか遊べなくなるからそうなる前にこの4人で何か変わった事やりたいなってゆきちゃんと話してたんだ」


続けて雪華せつかが話し出す。


「そこで見つけたのがこれ」


鞄から1枚のチラシを取り出して受け取る。

ポテトを食べながら夏千なちもチラシを覗き込んできた。



【ライクシティ高田限定イベント】

若き力を爆発させろ!ダンス大会!


参加可能年齢

小学生以上25歳以下

プロ・アマ不問


優勝チーム

10万円分商品券

準優勝チーム

5万円分商品券



「ライクのイベント?」

ライクシティとは全国展開している大型ショッピングセンター。高田店限定のイベントチラシだった。


「そう。初めて遊んだ時のカラオケのダンスがすっごく楽しかったし、また皆んなで踊れるからちょうどいいかなって」


楽しそうにはしゃぐはる雪華せつか


「いいんじゃね。やってみよーや」


ポテトを食べながらいつもの軽いノリの夏千なち


俺はうなじを人差し指でポリポリ掻いている所を夏千なちに見られた。


「なんだよ一葵いつき。乗り気じゃねーな」


夏千なちみたいに運動神経もよくないし、人前で踊るなんて恥ずかしい‥そんな事を思う。


「やってみたいとは思うけど、人前だと緊張してミスしたら皆んなに迷惑かけるし‥」


こんな自分が嫌になるが、優柔不断が表に出ていた。


「そんな事気にするなよ」


笑いながら言ってくる夏千なち

はるも同じ様に説得してくる。


「そうそう。ミスなんて気にしなきゃいーの。ミスしても後で笑える思い出話しになるんだから。楽しくやろーよ」


最後は雪華せつかが言ってくる。

拳を握った状態で親指を立ててハンドサインをしながら


「やるっきゃないよ」



この空気‥

皆んなからの視線‥

とても断れないな‥


「やってみるよ‥」


渋々了解すると皆んな笑顔になった。


「じゃー早速だけど」


そんな事をいい雪華せつかは鞄からもう1枚の紙を取り出し机に置いた。

申込書だ。しかも既に4人分の名前も書いてある。


「もう名前書いてあるんかいっ!」


「当たり前じゃん。あとはチーム名を決めるだけ」


思わずツッコんだがはるはイタズラっぽい笑顔で言い返してきた。

申込書のチーム名の欄は言った通り空欄になっている。


「チーム名は皆んなで決めたかったから、まだ書いてないんだ。何か候補はある?」


雪華せつかの言葉に夏千なちがすぐに反応する。


「もう決まってる様なもんじゃん【夏千なちと愉快な仲間達】しかないでしょ」


「なにそれ。やだ」


物凄く冷たく言い放つはるの言葉に夏千なちはガクッと肩を落とした。


その後も夏千なちはる雪華せつかは候補名を挙げては却下を繰り返しあーだこーだ言い合っている。

その様子を見ながら俺も思い付いた事を言ってみる。


「シンプルに考えてみたんだけど」


「何だよ一葵いつき。言ってみろ!」


噛み付くように言ってきた夏千なち

そんなに熱くなるなよ‥


「それぞれの頭文字、雪華せつかのS、はるのH、一葵いつきのI、夏千なちのNにプラス楽しもうって事でenjoyのEでshine《シャイン》。何てのはどうかな?」


「‥‥うん。それいいかも」


皆んな考え込んで黙ったあと、少し間を開け雪華せつかが言った。

あとに続くはる


「shine《シャイン》に決定!」


雪華せつかが申込書にチーム名を書き始め、はるが楽しそうに覗き込んでいる。

良かった決まったみたいだ。と、思っていると背中をバシッと叩かれた。


「たまには一葵いつきもいい事言うじゃん」


テンション高めで言ってくれるのは嬉しいが背中が痛い‥


「あたりまえだろ。『たまには』が余分だけどな」


夏千なちと2人で笑う。

申込書を書き終わった雪華せつか


「じゃーコレ出しとくね。ところで練習の場所とかって何処かいい所ないかな?」


ダンスの練習といえば鏡張りの場所をイメージするが、そんな場所は思い付かない。

ここでも夏千なちは素早く反応する。


「高田市運営のトレーニングセンターなんてどう?ジムみたいな所だけど1回の利用料安いし、鏡張りの広めのスペースもあった気がする。でも音楽を大音量で流すと他の人に迷惑かけるから出来ないと思うけど」


「まぁ初めの方はそこでいいんじゃない?選曲もまだだし振付も決まってないから、音楽を大音量で流す事はまだ無いと思うから」


はるは俺達の意見に賛成みたいで頷いていたが、雪華せつかは微妙な反応だった。


「どうした?何か問題でもありそう」


問いかけると、雪華せつかはちょっと恥ずかしそうに答えた。


「問題でもないんだけど、トレーニングセンターってお父さんがよく行くとこだからバッタリ会ったらなんだか恥ずかしなって思って」


恥ずかしそうに少しモジモジする雪華せつかに言ってやった。


「そんな事、気にするなって」


俺がいつも言われている言葉だ。


「お前が言うな!」


同時に夏千なちはるが笑いながらツッコミを入れてきた。

その後、雪華せつかも了承し下見にトレーニングセンターに4人で向かった。






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