第4話 はじまり

高田駅前カラオケ店 207号室


狭めな部屋のソファーに右から一葵いつき雪華せつかはる、そして夏千なちの順に座っている。


入店して約1時間、雪華せつかもうまく打ち解け今はアップテンポ系の楽曲が鳴り響き、夏千なちが熱唱している。

雪華せつかはるも普通に上手かったが、夏千なちは別格に歌うのが上手い。

聞いてる方も楽しくなり、ついつい雪華せつかはると一緒に俺も合いの手を入れたりしていた。

今日は凄く楽しめている。


いつもなら、知り合ったばかりの人は俺の歌を聞くとテンションを下げる。

視界に入るから直ぐに分かるし、気を使う為あまり楽しく歌えない。


でも、雪華せつかは違っていた。

楽しそうに歌を聞いてくれたり、合いの手も入れてくれる。

なので俺の音痴は全く気にしていないみたいだった。




夏千なちの歌がサビにはいると、夏千なちはるが部屋の空いたスペースに移動してMVミュージックビデオと同じダンスを踊る。

勿論、夏千なちは歌いながらである。


いつも思う。夏千なちみたいに歌が上手ければ、歌っていても気持ち良いんだろうな、と。


隣の雪華せつかはビックリ笑いをして楽しそうだ。


「お前らも来いよ。一緒に踊ろうぜ」


夏千なちが俺と雪華せつかを誘う。

確かにMVミュージックビデオで何回か見かけた事はあるが、踊れる訳がない。

隣の雪華せつかも、どうしようみたいな感じでソワソワしていた。


「はやく。はやく」


はるの言葉で雪華せつかは立ち上がりはるの隣に移動した。


一葵いつきも来いよ」


場の雰囲気を壊す訳にはいかないので渋々俺も夏千なちの隣に移動した。


「俺振付覚えてないよ」


「そんなもん見様見真似でいいよ」


夏千なちは答えた後、歌を歌い出しダンスも始めた。

雪華せつかの方を見てみると、はるの動きを真似るようにぎこちなく踊り始めていた。

俺も夏千なちを見ながら真似るように踊ると、初めは恥ずかしかったが段々と楽しくなっていく。

歌の終盤にはMVミュージックビデオにはダンスシーンは映ってないので皆んな感情のままに好き勝手踊っていた。そして、歌が終わると皆んなで大爆笑していた。


皆んなハァハァ言いながら笑い、俺と雪華さつかは元の席に戻っていく。

次の曲は夏千なちはるが2人で歌う予定なのでその場に残る。


「次、一葵いつきが歌えよー」

テンション高く夏千なちが言ってきた。


「分かったよ」

さて、何を歌おうかな。

タッチパネル式のリモコンを手に取り曲を探す。そんなにレパートリーがある訳ではないが。


楽曲が流れ出し夏千なち達が歌いだすと、はるはスマホを取り出し自撮りを始める。

2人で歌ってる動画をSNSにでもあげるのだろうな。


「ねぇ、ねぇ」

不意に雪華せつかが肩をポンポン叩きながら話しかけてきたので、振り返ると頬に何かが刺さる。

直ぐに分かった。人差し指だ。

人差し指を出した状態で相手の肩を叩き振り向いた時に頬に指を刺す、小さい頃流行ったイタズラ。

懐かしいな。


俺は幼い頃にやっていた様にやり返す、刺さった指を押すように強く振り返るのだ。

これは昔から俺がやり返しているやり方。

幼い頃はイタズラに引っ掛かっていないアピール又は、イタズラ返しのつもりでやっていて粋がっていた。


今思うと下らない事なのだが。


振り返ると雪華せつかは笑顔だった。

ただ、イタズラをして笑っていると言うよりも、嬉しいって感じの笑顔だった。


「引っ掛かった」

笑いながら言う雪華せつか


勿論俺も言う。

「引っ掛かってないよ」


俺の頬を刺した指を見ると手首に付いている物が見えた。


「それミサンガ?」


ミサンガとは色とりどりの刺繍糸を合わせて編み模様を付けたもので、手首や足首などに巻きつけて使用し、紐が自然に切れたら願い事が叶うという縁起担ぎの意味がある。


雪華せつかのミサンガは一部ほつれているが、白い細い紐だけで編み込まれて模様をつけたシンプルな物で、所々に猫の小さなシルバーアクセサリーが付いていた。


雪華せつかは握り拳をして、腕時計を見せつけるかの様にミサンガを見せてきた。


「これ?可愛いでしょ。自分で作ったんだ」


「いいね。可愛いと思うよ」

率直な意見を言う。個人的にはシンプルな所も良いと思った。


小さく、ふふと雪華せつかが笑った後、思い付いたように言ってくる。


「そうだ!一葵いつき君にも作ってあげるよ」


自分にミサンガが似合うのだろか?自信が無い‥


「遠慮しとくよ。作るのも大変だと思うから」


「作るの楽しいし、空いた時間に作るから遠慮しなくていいよ。あっ!何歌うか決めた?もうすぐはるちゃん達終わっちゃうよ」


夏千なち達の方を見るとまだ歌っていたが、モニターの歌詞はもう終盤の辺りの歌詞だった。

まだ何にするか決めてない俺は慌ててタッチパネルを操作する。


「この曲知ってる?」

隣から雪華せつかがもう一つタッチパネルを操作して画面を俺の方に向けてきた。

画面に映っている曲は知ってるが歌った事の無い曲だった。


「知ってるけど歌えるか微妙」


「じゃー歌うっきゃないね」

雪華せつかは俺の方を見て拳を握った状態で親指を立ててハンドサイン、それに笑顔で顔をちょこんと傾けた。


俺の心臓がドクンと一度大きく脈打った後、まだ小さくドキドキしていた。


見惚れている俺を他所に雪華せつかはタッチパネルを操作して選曲を送信してしまった。

ちょうど歌い終わったはるがモニターの左上に出る次の曲のタイトルを見る。


「あれ?これゆきちゃんの好きな歌じゃん!いっちゃん歌えるの?」


普段3人でカラオケに行っているから夏千なちはるは俺のレパートリーの少なさを知っている。


「いや、どうだろう」

自信無し‥

俺は戻ってきたはるからマイクを受け取った。

夏千なちはマイクを机に置きソファーに座ると雪華せつかが机に置かれたマイクを拾った。


「私も一緒に歌うつもりですよー」

と言いマイクを口元にスタンバイした。


そうなの?そんな風に思っている間に前奏が流れ始めてしまった。

慌ててマイクのスイッチを入れ歌い出す。


‥‥やってしまった。

ワンテンポズレて歌い出してしまった。


夏千なちはるは爆笑しているなか、雪華せつかの方を見ると軽く笑っていた。


「気にしなくていいよ」

そんな事を言って雪華せつかは歌い始めた。

俺も気を取り直して一緒に歌い出す。




♦︎




店の外は既に暗く寒空だった。


「すっ、涼しいー」

夏千なちは両手を大きく広げ背伸びをした。

散々延長して盛り上がったカラオケ。

室内は熱気で結構暑かったから外の空気は今は涼しく気持ちよかった。


「あっ、居た居た」

カラオケが終わるのが遅くなる事は分かっていたのではるは迎えの為に親を呼んでいた。

道路の路肩に白のセダンがファザードを点灯して停まっている。


運転席には女性が乗っていて迎えに来たのは母親ようだ。

俺達は車の方に歩いて近寄り、車の後部座席にはるが乗り込む。次に雪華せつかも乗り込んだ。

同じ市内に住んでいてはる雪華せつかの親は知り合いみたいなので雪華せつかも一緒に家まで送ってくれる事になっている。

ドアが閉まった後、窓を開けてくれる雪華せつか


なつ、帰ったら連絡するよ」

はるが車の奥から言う。夏千なちもそれに応えた。

「おう、分かった。待ってるよ」


「今季節外れの風邪が流行り始めてるから、貴方達も風邪ひかない様に気を付けてね」

運転席側からこっちに向かってはるの母親が言ってきた。

3人で遊んでいる時にちょこちょこはるは母親に迎えに来てもらう事があるので顔見知りになっていた。

父親は俺の母親もお世話になった高田市総合病院の医師をしているので、風邪等の情報には敏感なのかな。


「ありがとうございます。気を付けます」


夏千なちと2人でお礼を言うと、はるが奥から別れの挨拶。

なつ、いっちゃんまったねー」


「今日はありがと。一葵いつき君、なつ君バイバイ」


最後に雪華せつかが別れの挨拶をしてお互いに手を振る。そのまま車の窓が閉まり車はその場を走り去っていった。







1本裏道を夏千なちと並んで自転車で走る。

光源はたまにある街灯や自販機ぐらいで殆どない。


「今日のカラオケ過去一かこいちに盛り上がったな。一葵いつきもちゃんと踊ったしな」

ちょっとニヤつきながら言ってくる夏千なち

今思い出すとちょっと恥ずかしくなる。


雪華せつかちゃんと上手くいくんじゃない?」

夏千なちの、問いかけ。

確かに今回は仲良くなれそうな感じはする。


「たぶん」

上手くいくかなんて分からないから、俺は曖昧な返事をした。


でも夏千なちの言う通り仲良くなれれば楽しい日々を過ごせるかもしれないと、心の中でワクワクしながら帰宅していった。

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