最終話
迷宮から近い村から走り出した騎馬の姿がこの小さな市を収める徳人である市長の姿だと言うのは迷宮の入り口に立つベオドラムの姿から分かった。
ベオドラムは知っている、自分の迷宮側に住むこの市長が人間の中でもひと際気高き誇りとまた徳人であることを。
ベオドラムは人の姿をして騎馬で現れたこの徳人に恭しく頭を下げると、騎馬の市長もまた馬から降り、同じように頭を下げた。
「敬愛なる隣人であり、また気高きベオドラム殿へ、人間のベロンが挨拶致します」
言って市長が頭を上げると膝まづいた。
「こともあろうに我が市民であるタナカがベオドラム殿の宮殿へ忍び寄る不義を犯したる事、まことに市長である私ベロンの至らぬところであります。彼は法でも裁けぬ悪人でございましたが、それでも我が市民であります、その非は政を預かる私にあります」
恭しく言葉を述べるベロンの心の内へねぎらう様にベオドラムが言う。
「ベロン、私は何も咎めぬ。何故なら我が宮殿より盗まれたものは何も無いのだから」
「何も?」
「いかにも、ベロン」
言ってからベオドラムが手を差し出す。
「これは?」
「我が宮殿には不要のもの」
ベロンが手にするとそれは黒不死鳥石(フェニックスブラック)だった。
「これは我が屋にある宝物」
ベオドラムがそれを聞いて頷いて言った。
「それならばそれは君の庭にて保管されよ。以後、盗人に盗られぬように」
言うや頬を緩ませた。
「して…タナカは如何に?」
それを聞くとベオドラムは少し寂し気になって指を指した。そこには迷宮の入り口の壁だった、。その壁に陽が差し込み、黒ずんだ部分が見えた。
「あれが君の探すタナカである」
そこには人型の姿がはっきりと見えた。ベロンには瞬時に分かった。それはきっとベオドラムの炎の息(ファイヤーブレス)によってこの世界から焼け消えたタナカの肉体が残した名残影なのだと。
ベロンは振り返りベオドラムに言った。
「これは致し方のないこと。それにこれで以後殿下の宮殿に盗みに入るものは誰でもこうなる運命であると言う戒めにもなるでしょう」
言ってから恭しく一礼すると、ベロンは騎乗してその場を去って行った。
ベオドラムはやがて彼の姿が視界から消えるまでその場に立っていたが、やがて静かに迷宮の奥へと消えて行った。しかし表情に笑みが浮かんでいることに誰が気付くだろうか。
その笑みを浮かばせたのは誰が『黄金の眠り(ゴールデンマイム)』などという嘘をついたのかという事なのだが…
果たして誰だろうか、そう思ってベオドラムは笑みを浮かべたのである。
竜の心(ドラゴンハート) / 『嗤う田中』シリーズ 日南田 ウヲ @hinatauwo
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