六、違う男
そして、およそ十年後──
執権北条氏が新しく取り立てた重臣として、颯爽と歴史の表舞台に一人の男が現れた。
若宮小路から前浜へ執権北条氏が視察に出るというので、道筋に見物人が居並び、あやめも興味本位でその中に混ざりこんで人々と一緒に行列を待っていた。
やがてやって来た執権北条氏の乗る馬の横を行く、
「あれが例の尾藤景綱だってよ」
囁き合うのを耳にした瞬間あやめは、はっとした。十年分の歳月を背負い面変わりしているものの、まごうことなき清二郎、その人に違いないではないか。
「実はかなり前から北条の腹心として、色々裏で立ち回っていたとかいう噂だぜ」
「へぇ、それにしちゃぁ若く見えるな」
──あぁ、やっぱり……
出会った時の不思議な行動や、奉行人が五輪塔を見た時の反応が、ようやく胸にすとんと落ちてきた。
もし。
利用できるなら、あやめでなくても、妓楼の女ならば誰でもよかったのだろうか。
尾藤、と呼ばれた男と目があった。
男はほんのひと呼吸もしないうちに、色も変えずにゆっくりと前を向き直し、馬の歩みに遅れることもなく去っていった。
後ろ姿から視線を外すと、あやめは、
──やはり、とうの昔に死んでおしまいになったのよ
懐ろから取り出した水晶の五輪塔が放つ、厳かな輝きをじっと見つめた。
来てくれなかったのならば、死んでしまったのと同じこと──あるいは、無意識のうちにそう言い聞かせていたのかもしれない。
噂の男 和田さとみ @satomi_wada
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます