お茶会

 「......敬愛する師匠の死。自身が狂人である可能性の認知。最愛の妹を自ら手にかける。これで舞台は整ったわ......あなたもそう思うわよね?」

 魔女の声が平凡なリビングに響き渡る。ここは旧竜二家のリビングであり魔女が竜二の記憶を盗み見たものを再現した空間だ。

 魔女の確認の声に呼応するように薄汚いマントに身を包み狐の仮面を被った人が扉から姿を表す。面のせいで顔はわからず性別もマントが邪魔をして不明だ。

 「あら、ここではそのお面は外しても良いわよ......佐木」

 魔女がおかしなことを言うように狐の面を見つめ、面を外すように催促する。佐木は狐の面を鷲掴みにするとゆっくりと外した。面を外したそこには見るもの全てを溶かしてしまいそうな笑みを浮かべる佐木の顔。

 「魔女さん、私の言うことを信じてくれるつもりになったんだね」

 あざとい仕草をしながら佐木は表情を変えずにそう言う。

 「あれだけ可能性の潰された人間を見たら信じないわけにはいかないでしょう?あれは本当に可哀想ね。ずっと信じてきた妹に本当は一番殺されて騙されているなんて......正直同情しちゃうわ」

 「......?お兄ちゃんは幸せだよ?何言ってるの?だって私がたくさんお兄ちゃんを愛しているんだから、お兄ちゃんは幸せに決まってでしょ」

 至極当然そうに言う佐木。いつもの魔女ならその気持ち悪さに舌打ちの一つくらい打っていたがいかんせん相手が悪かった。有無を言わせないその圧は魔女の頭から逆らう選択肢を奪う程度の威力はあった。

 しかし、自身よりも年下の少女に圧倒されているとはいえ、彼女がこの世界における奇跡の象徴である魔女であることに変わりはない。

 「......あなたを妹に持ったことが彼の最大の失敗ね」

 気力を少し削り、そう皮肉る。

 魔女には分かっていたのだ、どれだけ圧倒されようが彼女は対等である取引を望んでいると、その思いの内にあるものは知らないが、それだけ分かれば十分だった。

 空気が悲鳴を上げる。魔女の管理下であるはずのこの空間が目の前の十代の少女にひれ伏そうとしている。空間の全てが彼女の次の言葉を捉えて離さなかった。

 「......んー、まぁ、お兄ちゃんの睨み付けるような表情なら全然ウェルカムだからいっか」

 彼女の言葉を合図に空気が弛緩し始める。魔女は軽く息を吐くと向かい側の席を垣間見て椅子に座るように促した。

 



 「おおー!すごい再現度だね!どうしたって家はなくなる運命だからしょうがないんだけどやっぱり慣れ親しんだ椅子があるって良いものだよね?あなたもそう思わない?」

 佐木は珍しいものを見たように椅子にペタペタと触り、魔女に共感を求めた。

 「......残念だけど、もう故郷の名前も思い出せないほど時間が立っているから私は何も言えないわね」

 彼女はえー、と少女らしく文句を言うがそれ以上は何も求めず静かに席に着く。


 「......それじゃあ、私と取引しようか、とりあえず魔女さんのお願いを聞いて、それを叶えれば私の手伝いをしてくれるっていうことで大丈夫?」

 にこにこした顔を崩さず佐木は確認を取る。魔女に異論はなかったため一度だけ頷き、

 「私の望みは藤原竜二の観測......これだけよ。もちろん妥協案はないわ」

 魔女は確固たる意思でその願いを口にした。

 魔女にとっては藤原竜二という存在はまさしく神の寵愛を受けておきながら神のおもちゃにされるという奇々怪々な人物だった。紛れもない狂人であるというのに自身を凡人だと考える。

 きっとあれはラフィの言葉がなければその可能性にすらたどり着かなかっただろう。そんなめちゃくちゃな人間、魔女である彼女でさえ彼を図りきることは不可能だった。

 そんな彼だからこそ魔女は知りたいと思ったのだ。魔女になるものは大抵が知的好奇心が旺盛すぎたがゆえに更なる時間を求めたものたちだ。

 だが、そこに悠久の時間を消費して知識を得たものでも分からない存在がいたらどうなるのか。その全てを観測し記録し脳に焼き付けたいと思うのはあまりにも当然の帰結と言えた。それこそ目の前の狂人に喧嘩を売ってでもだ。

 「......どこまで観測するの?」

 「魂の消滅まででいいかしら?」

 本来なら魂とは姿を変え、循環することはあっても一部の例外を除いて消滅することは有り得ない。ただ竜二は佐木の目的からしてその例外に運悪く当てはまっていたからこそ、この提案を魔女は選ぶことが出来た。

 佐木はどうしたものかと唸って見せ、目を閉じ一時を思考に当てた。

 「......うん!いいよ!あなたの願い聞き届けて上げる」

 魔女はその言葉を聞くと一度だけ息を吐き安堵した。

 「......けど」

 瞬間、圧が増した。

 魔女の額から汗が流れる。増し続ける圧に心臓を潰されそうになるが気力を絞って堪え忍ぶ。

 「私、勝手に呪いをお兄ちゃんにつけたの許してないんだよ?私かなーり腹が立っているの。だってこんなことあっていいはずないでしょ。お兄ちゃんの体は髪の毛から細胞の一欠片まで全て全て全て全て全て全て全て!!!!私のものなんだから!!!......私がお兄ちゃんを愛して、お兄ちゃんが私だけを愛す!!そこには私とお兄ちゃん以外いちゃダメなの!!」

 佐木の絶叫が空間を震わせるなか、魔女の瞳は佐木の顔をどうしようもなく捉えて離さなかった。なぜなら......絶叫しているはずなのに顔が笑みを崩していないからだった。魔女は思い出す。思えば佐木は最初に姿を表したときから何一つ表情を変えていないのでは?

 ......彼女は何を思って笑っているのか、それとも何も思っていないのか。

 見るものを魅了するその笑みは一瞬にして魔女にとっての恐怖の象徴に成り果てた。

 「そのためにも私頑張ってたくさんのお兄ちゃん殺して、それで理想のお兄ちゃんをやっと見つけたの!藤原の血をより濃く受け継いで、お兄ちゃんにとって大切な人もいなくなってもっとも強く孤独なお兄ちゃんを..................魔女さん、忠告しておくけどお兄ちゃんに何かしたら......その時は存在そのものを殺し尽くして上げる」

 魔女は佐木の目的を知っているからこそこの激情にも納得は出来ずとも理解は示せた。だが、これはなんだ。魔女は屈しそうになる心を奮い立たせ前を向く。

 「......ええ、分かっているわ。私もそこまで望む気はないわ」

 魔女のなかにはある確信があった。それは目の前の少女と敵対してはならないということだ。長い時を経ている魔女でさえそう思うということが何よりも佐木の異端さ明確に表していた。

 「......今回は水に流して上げるけど次余計なことをしたら......」

 そう言いながら佐木は自身の目を中指で突き刺した。

 佐木は佐木でさえ知り得ないはずの魔女の唯一の弱点である目を煽るために自身の眼球を突き刺したのだ。

 「これくらいはやるよ?」

 眼球から溢れる血が指を伝いポタポタと机を汚す。魔女には自身の目を自ら抉るという狂気的な行動でありながら目の前の少女なら必要なくてもやって見せる、と確信していたためそこまで衝撃はなかった。

 しかし、魔女にとってそれよりも自身の弱点が知られているということが大切だった。

 「!どこでそれを知った......」

 「ふふ、ナーイショ」

 望んだ反応を得られて満足したのか佐木は席を外れ扉に手を掛けた。

 「......それじゃあよろしくね。■■■■さん......!」

 そんな魔女にとってもっとも忌むべき置き土産を残して佐木はこの空間からいっぺんの痕跡も残さず消えた。

 

 佐木が姿を消したその後魔女は大きくため息をついた。

 「......アシス、あの子を生かしたのがあなたの唯一の失敗よ」

 









 血と神の匂いに染まる戦場にたった一人純白の羽を背負い金色の髪を靡かせている天使が空中から地上を睥睨していた。

 「......これで全部ですね」

 周囲を見渡し、神の反逆者を殺すために終結した天使たちの死体から生き残りを探すが、もう息のあるものはいなかった。 



 「ひっさしぶりー!天使さん。だいぶ力を使ったみたいだね!」

 笑い声が背後から聞こえる。だが天使は振り向かない、その必要はないのだから。

 天使にとってこの状況は竜二を送り出した時点で確定していたのだ。ならば覚悟も出来ている。

 「......殺すつもり、ですか?」

 分かりきっていることを聞いたなと天使は自嘲した。実際佐木の口からは天使の予想と寸分違わない返事が返ってきた。

 「うん!殺すよ。だって天使さん裏切ったもん!なら殺さなくちゃね!」

 そこまで聞いて天使はやっと佐木のいる方を向いた。そこには始めてみたときと全く同じ角度、雰囲気の笑み。思わず天使は吐き気を催した。

 「......アシスも愚かですね。あなたを殺すチャンスがあったのになにもしないどころか、手助けをするなんて、本当に......愚かです」

 「まぁしょうがないよ、アシス?だったかな?とりあえずあの人はどうしたって私を殺せな......って!おとと!......もう、危ないなー」

 天使が不意打ちに佐木の背後に放った光線も見もしてないのにあっさりと避けられる。

 「始めに言っておきますが......ただで殺されるつもりはありません。少しでもあなたを弱らせることが私の責任です」

 天使が掌に光の塊を集め臨戦態勢を取る。

 「......ふふ、他の天使と戦った後に私と戦えるだけの余力があるはずないじゃん」

 佐木は右手を宙に曬し剣を創造する。

 

 そもそも竜二がよく使用する創造魔法はあちらの世界では生活のあらゆるところに使われる非常にポピュラーなものだ。

 何か一つ分野があれば必ず一人は天才がいる。これはどの業界、世界でも共通の真理であった。

 さて、竜二のいるアルスという星でもそれは例外ではなかった。

 それはある男の思い付きだった。男は作り上げた剣に更なる付加価値を与えようとあらゆる手段を用い、剣を既存の形から変質させようとした。だがそのどれもが失敗した。それもそのはずこの男がしたことは魔力をより多く注いだりとこの男じゃなくても出来ることだけだったのだ。それで個性がでるはずもない。男はなかば諦めていたが、神が見捨てなかった。ある日男は弾かれるがごとき天恵を得た。

 ......自身の魂を創造の過程に組み込もう。

 本来魂とは人間にとって不可侵のものだ。それを変質させあまつさえ無機物に宿す、これを狂気と言わずして何と呼べばいい。

 だが、その狂気に満ちた考えは実現されてしまった。運が悪いと言わざるを得ない。もし彼にその才能......魂を変質させる才能がなければこの技は発見されることはなかったはずだ。

 しかし、彼にはあった。あってしまった。それは彼が作り出した蒼く燃える剣が何よりも雄弁に語っていた。

 


 佐木の右手に顕現せしはこの世の法則そのもの。神の愛の結晶であり、邪悪の本質。人の身にはあまりに過ぎたその力はいつか宿主の命を喰らい尽くすだろう。

 その縺、繧九℃には何もなかった。何かがあるはずなのに何もないかのように錯覚してしまう。暗い絶望も、明るい希望も、燃え上がるような怒りも、凍えるほどの哀しみも、何一つない虚ろ。

 天使はその光景を見て、絶望するではなく......涙を流していた。

 たった一人の人間が背負うにはあまりに過ぎた力。こんなもの善悪の判別もつかない幼児に核爆弾のかたを渡すようなものだ。

 天使はかつての主人を憎んだ。神の気まぐれがこの結果を産み出し、いずれ神自身に災禍をもたらすだろう。 

 あまりに理不尽。天使からすれば目の前の狂人でさえ神に惑わされた被害者の一人なのだ。


 「......え?」

 瞬間、見知らぬ槍が腹を貫いていた。いや、腹だけではない。その見知らぬ槍は天使の首より下を余すことなく突き刺し地面に磔にした。

 「......こんなものかな?」

 天使は力ずくで槍を折ろうとするが全く折れない。普通、天使の力なら折れて当たり前なのにだ。

 「あー、無理無理、それ特殊な槍で天使に対する特効効果を持っているから折れはしないよ」

 「......」

 天使は佐木の声に何の反応も示さずひたすらに槍を抜こうとする。

 「ふふ、折れないって言ってるのに......本当はもっと遊びたいんだけど時間がないから......これはねあなたという概念そのものを壊すもの、あなたに使うのももったいないんだけどこれは今までのお礼だよ......じゃあね、楽しかったよ」

 佐木は右手の縺、繧九℃を構え天使の弱点である目をめがけて突き刺した。

 縺、繧九℃は何の抵抗もなく天使の眼球を貫き、絶命させる。槍はその姿を消し支えを失った天使の体は前に倒れた。

 「......呆気なかったなー」

 佐木は笑顔をそのままに心底つまらなさそうな声音でそう愚痴り、天使の亡骸に背を向けた。



 この瞬間佐木は確かに慢心していただろう。豊富な知識から導き出される天使の死という確定した事実を佐木は疑うことをしなかった。

 だから佐木は勝負に負けるのだ。



 「......少し、帰るのが早いですよ」

 「ッッ!!」


 有り得るはずのない声に佐木は勢いよく振り向いた。そこには血まみれの天使が......目の潰れた天使が一人。

 もはや死にたいの体を動かし天使の光を内包した右手が佐木に迫る。反応の遅れた佐木に避ける手段はない。この一撃なら少なくとも佐木に致命傷を与えることが出来るだろう。佐木は何をするでもなく笑いながらその時を待っていた。



 しかし、現実は非常だった。

 

 佐木に致命傷を与えるに足るその天使の一撃は炸裂することはなかった。炸裂する前に天使の命が燃え尽きたのだ。

 「......そっか......」

 佐木の何も感じさせない声が物悲しい空間に響く。天使の体は概念ごと壊された結果かだんだんと薄れていく。天使は最後、首に掛けた十字架を握りしめ声にならない言葉を発する。 

 「......くっだらない......!」

 佐木にはその言葉が何を意味しているのか分かってしまった。だからこそ苛立ってしまう。

 少し経つと天使がこの空間から完全に消え去っていた。天使がいた痕跡一つ残さずだ。いや、一つだけ。天使が最後まで握りしめていた十字架だけは残っていたのだ。

 「......だから、嫌い」

 佐木はそう言うと十字架を渾身の力で踏み潰した。

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