冒険者

 この体に記されたのは魔女の呪い。魔女にしか扱えない究極の宝石を限定的にだが扱うことを許される代わりに自らを呪いのエサにすることを許容する呪いだ。

 条件として出せるのは足元からだけ、出せば出すほど呪いの侵食率は高まる。だが逆に一切出さなければ呪いが侵食することはない。この二つだけだ。

 出せる宝石は数あるなかの一つである『不変石』だ。その名の通り、この宝石は概念的に不変であり物理的な手法でこの宝石を加工することは不可能。言ってしまえば固いだけの石だがその効果は凄まじく鬼の一撃を横からとはいえ受け止めたのだ。

 この呪いから逃れることは不可能らしい。たとえ死んでも俺の魂に刻み込まれ来世で猛威をふるうことになるとなぜだか教えられたわけでもないのに理解していた。これも魔女の力なのだろう。

 だが関係ない、今さら得たいの知れないものが体を侵食したところで俺の命は長くはないし、もし、来世なんかがあったとしても俺の記憶はないだろう。魔女の力というのは嫌だがもう選り好みできる立場でもないのだ。






 

 「ん?起きたか」

 頭上から男のものらしい渋い声が聞こえ、思わず目が覚めた。

 ......ん?

 ふかふかとまでは言わないが少なくとも地面よりはましなベッドの感触に疑問が生まれる。さっきまで地面で寝ていたはずがなぜベッドにいる?

 からだを起こし声の発生源を探すとそこには顔に大きな傷のある筋骨隆々な大男がいた。

 「......おはようござい、ます?」

 「ああ、おはよう。体調は大丈夫か?」

 思わず疑問系になってしまったが普通に返してくれた点を考えると間違ってはなかったのだろう。俺は黙って頷いた。

 「......私はアジッタの旧友のガイウスだ。アジッタの頼みを受けてこの村までやってきた」

 ガイウスは少し考えたあと言葉を選ぶように話し始めた。それよりも、爺さんの旧友?......もしかして......。

 「......ギルドマスターの人か?」

 「......知っていたのか、ならもう少し詳しく話そう。私はアナシャ共和国ギルドのギルドマスター、ガイウスだ」

 やはり正解だったようだ。俺は爺さんが知り合いのギルドマスターに手紙をしたためると言っていたことを思い出していた。

 「とにもかくにも事情説明が先だろう。そのためにも竜二、君の話を私は聞かなくてはならない。辛いかもしれないが思い出せるだけでいいゆっくり話してくれ」

 ......あぁ。

 ギルドマスターは語りかけるようにそう言ってくれた。そこにはたしかな優しさがあって、俺はこの人が爺さんの友人で良かったと思えた。だからこそ話さなくては、この人に失礼だ。

 「......その日村の方で宴会があって、その関係で俺は村から離れた場所で宿泊しました。そして、村に戻ったら......爺さん以外みんな死んでいました」

 出来るだけ感情的にならないように自身を殺し、平坦な声で過去の出来事を少しずつ遡り正確な情報をさらけ出す。

 「なぜダンジョンにいたんだ?」

 ギルドマスターは俺の言葉に被せるように質問を変えた。たぶん俺への配慮なのだろう。けど今はその優しさが心に響いた。

 「......爺さんがみんなを庇うためにダンジョンに行ったというのを聞いたから俺も爺さんに加勢するためにダンジョンに向かいました。そしたらもう......死んでいて......」

 「......わかった。それ以上はいい。最後に聞きたいのはあの鬼の死体に関することだ」

 「仇討ちのために殺しました」

 「......疑うわけではないがあのレベルの概念型を私は見たことがない。死してなお見せつける強大さは間違いなく私が見てきたなかで随一だ」

 ギルドマスターがそういうが当たり前だ。あんなのがポンポン現れていたら人類なんてもう滅びているはずだ。 

 「しかし、あそこには君以外いなかったことを考えると事実なのだろう。アジッタの弟子ならそれも頷けるか......なら私がこの村に来るまでの経緯と来てからのことの顛末を話そう」

 俺はこれから話される経緯に無意識に背筋を伸ばしていた。




 



 ことの始まりは一週間前に事務室で事務処理を行っていた私のもとに配達されたアジッタから私宛の手紙からだった。月一ペースで来るとはいえいつもとは違ったタイミングの友人からの手紙に私は不審に思いながらも手紙を開けるとそこには知性のあるモンスターの存在について。私もそこまでならあまり深くはとらえなかっただろう。なにせ知性のあるモンスターなど今まで発見例などいなかったのだからな。

 しかし、おかしなことがその四日後に起きた。私のギルドでもそれなりに信頼のある冒険者チームが手紙にあったことと全く同じことをより鮮明に話してくれたのだ。

 彼ら曰く一つ目の浮遊する概念型のモンスターが口も使わずに『このダンジョンは失敗......ですかな?』や『いやそうなると今までの経験からいって......ひぃ!このままではアシス様に殺されてしまうぅ!手を打たなくちゃ!』等という意味のよくわからない独り言を口にしていたらしい。その現場を静かに追跡していた彼らをその一つ目のモンスターが発見し彼らは勝てないことを瞬時に悟り逃げ出したそうだ。

 彼らが教えてくれた情報を軽んじることは出来ずしかし、概念型に勝てるほどの人材は全員手の離せない用件があったため私のギルドでは私以外いける人間がいなかったのだ。私はざわめく心を押し殺し急遽仕事を部下に引き継ぎ馬車を走らせてこの村に向かった。



 私が来た頃にはもう既に手遅れだった。破壊された建物。散乱した死体。こびりついた血の匂い。この場で起きた惨劇を想像するには十分すぎた。

 私が生存者を探していると概念型のオークとスケルトンが徘徊してるのを発見した。スケルトンはともかくオークが現れたなら辺境の村が壊滅するのも頷けるのだがそれでもおかしな点があった。

 ......アジッタがこの程度の敵に村の人間を守れないなどということがあるのか?

 試しにオークとスケルトンを殺してみたがどう見積もってもアジッタが負ける敵とは思えなかった。ならばアジッタはどこに?

 その次の瞬間だ。村の門の反対側から地面が割れるような爆音が響いた。


 俺は急いで爆音のもとに行き驚愕した。地面が本当に割れていたのだ。例え全ての国が協力しても起こせないだろう現象。もしこれがモンスターの手によるものなら私はおろか、かつて最強の名を欲しいがままにしたアジッタでさえ勝てる未来が想像できない。しかし、ここで逃げ帰れば被害がさらに大きくなることは必死だ。私は伝書鳩を各国のギルドに飛ばし死を覚悟してダンジョンに飛び降りた。


 飛び降りて約20秒。私は無事地面に着地したが、その階層を探索するとさらに下に向かう階段を見つけた。ここまで来てしまえばあとは進むだけだ。

 モンスターの強襲を警戒しながら一回、また一回と階段を下っていく。しかし、いくら警戒してもモンスターが現れることはなかった。

 そうして降りることはや23回。モンスターがいないとは思っていても万が一を考え警戒を解かず進んでいるせいで体感で二日程度たった頃。それは起きた。うっすらとだが胸を締め付けるような威圧感。それはある方向に進む度に強くなってゆき私にここが最終階層である予感を与えた。

 この階層は他の階層と違い全くといっていいほど障害物がなかった。他の階層は壁があったり迷路のように入り組んでいたりと簡単に階段を見つけられないような仕組みになっていた。だがこの階層だけはまるでダンジョンがそうあるべきと定めたかのように広々とした空間だった。

 胸を締め付けてくる方向に歩いていると道中で死体を発見した。高所から落ちたせいか体がまともな形状を保ててなかったが私にはわかった。それがアジッタだと。もちろんあの穴を見た時点で覚悟もしていたがそれでも辛かった。私は少し事情があってな、ある時からアジッタとはまともに顔を会わせていなかったのだ。それでも友人がいなくなるというのはなかなか堪えた。

 しかし、まだこの先からあの威圧感は残っていた。アジッタが命を燃やしそれでもまだ勝てない敵。私は震える体を殴り付け立ち上がり、威圧感のもとに向かった。

 ひたすらに歩いた先にいたのは首のとれた鬼としか呼称できないモンスターの死骸と瀕死の青年。私は青年を見るとひどい既視感に見舞われた。私は目の前の青年の顔を覗き込みやっと気づいた。この青年はアジッタが少し前の手紙で書いてあった弟子の竜二くんなのでは?と。珍しくいつもとは違うことを書いてあり私も物珍しさから覚えていたのだ。

 竜二くんは瀕死とはいえアジッタとは違い命に別状はなかった。状況から鑑みれば君がこのモンスターを撃退したというのが一番有力な説だったが私は信じられなかったのだ。死骸の身でありながらありありと生前の圧をかけてくる鬼を見てしまったからだ。







 「そこから先私は君とアジッタを担ぎ住民なきダンジョンを駆け巡り地上に戻った。そしてこの村にテントを建て瀕死の君を休ませながら私は今回の件に関する情報を独自に集めていたというところだ」

 話を聞いてみる限りそこまで俺が驚愕するようなことはなかった。しかし、目の前の男は明らかに一つ隠し事をした。それを聞くために俺は口を開いた。

 「......爺さんの、村のみんなの死体はどうした?」

 何となく予想できるがゆえに思わず敬語が崩れてしまった。

 「......血の匂いや死体の腐敗臭は猛獣やモンスターを引き寄せる」

 ガイウスは俺の質問に直接答えることを選ばなかったが、その返しは俺にみんなの結末を理解させるには十分すぎた。

 「......土葬か、火葬か......?」

 以前爺さんに聞いたことがあるがこの世界には葬式の概念がありその種類は火葬と土葬しかない。さらに言うと立場の低い人間に関しては地球のような設備を使うこともなく火炙りにしたり、土にそのまま埋めたりすることがほとんどらしい。

 ガイウスが目を伏せると静かに答えてくれた。

 「火葬だ」

 「......そうか」

 命の価値が限りなく薄いこの世界では葬式が行われることもなく行方不明になったりモンスターに消化されたりことがかなり多い。それも辺境になればなるほど倍増する。そう考えればまだ人の手によって終われたというのは幸せなのだろう。そんなことはもうとっくに理解していた。

 「......君さえよければ私のギルドに来ないか?私としても君ほどの存在を勧誘しない理由はない。もちろん強制ではない......少し席を外すから考えておいてくれ」

 そう言って席を外そうとするが俺は聞きたいことがあったからそれを止めた。

 ......そういえば俺、他の人から見た過去の爺さんを知らないな。

 俺はそう思い立ち、疑問を口にしてた。

 「......昔の爺さんはどういう人だったんですか?」

 ギルドマスターは席に座ると顎に手を当て少し唸ったあと声を絞り出してくれた。

 「......とても甘い人と言えばいいのだろうな。彼は私とあと二人で構成された冒険者チームの一員だった。彼は才能ある冒険者でどこまでも優しくまた、自罰的な強者でもあった」

 「彼は自己の犠牲を肯定し他者の苦しみを許せなかった。だから、無償で人を助け、愛した。周囲は称賛の声で溢れていたが彼を知るものは皆止めた、それ以上は彼の体が壊れてしまうと、それでも彼は止まらない頑固者だったのだ」

 それを聞いて俺のなかに生まれたのはやっぱりという安堵のような感情だった......気持ち悪い。

 「そのときから私も気づき始めていた。彼は自分を愛せない、と。だが、ならばこそ私たちが彼を認めなくてはならないとも実感した......ある日私は何がそこまで彼を駆り立てるのかを聞いたことがある」

 目の前の今にも崩れ落ちそうな大男は過去を遡るように一息ついた。

 「......ただ一言、今にも壊れてしまいそうな目でわからないとだけ答えたのだ。おかしな話だ。あれだけの無償の善意に理由もないというのだからな」

 いやそれは違う。爺さんの行動にはたしかな理由があった。ただそれに爺さんが気づけなかっただけのことだ。

 「......それは彼が個人で依頼を受けた日のことだ。生真面目な彼には珍しく定例会議に遅れてきたのだ。だがそんなことどうでもよくなるほど私たちは衝撃を受けた。どろどろに濁った目、老け込んでいるようにしか見えない顔。それを見た瞬間私は自らの甘えを悟った。彼なら大丈夫、いつか正常な状態に戻る、そんなもの全くの幻想だったのだ」

 きっとこれが爺さんが話していたことなのだろう。

 「そして、彼はただ、辞めると言って冒険者を引退した。もちろん最初は止めようとしていたが、どんな顔をして止めればいいのか私にはもうわからなくなっていた」

 「そこからは悪いと思いながらも彼の居場所をあらゆる手段で探しだし彼と月一の手紙による生存確認をする約束を取り付けた。そうでもしないと彼は絶望の中死んでしまいそうだったのだ......これが私が思う全てだ。本当なら私は彼に謝罪をしなくてはならなかったはずなのだ」

 ガイウスはひどく沈痛そうな顔で視線下に向けた。

 しかし、彼は勘違いしている。

 「......爺さんは謝罪なんか求めてないはずだし、それにあんたが思うより爺さんは幸せそうに逝ったぞ」

 俺はゆっくりと言葉を染み込ませるように俺と爺さんとの出会い、村で爺さんがしてきたこと、爺さんの昔の話し、そして爺さんの決意を語りかけた。

 ガイウスは静かに受け止めてくれた。

 「......そうか、それならよかった」

 ガイウスの少ない言葉の中には確かな安心が混じっていた。なぜか視線をあげないがきっと床に何か染みでもあるのだろう。俺はそう思うことにした。


 「......ありがとう。本当はもっとアジッタの村での話を聞いてみたかったんだが、そろそろ他のギルドが来る頃だ。もしアナシャ共和国に来るつもりならこのテントで待っておいて欲しい。では私はもう行く」

 ガイウスは席を立ちテントの入り口に体を向け、思い出したかのように俺の方を振り向いた。そして胸にあるポケットから一枚の手紙を取り出した。

 「......これはアジッタの遺体から発見したものだ。たぶん君宛の手紙だろう。君が見てくれ」

 青い留め具で留められた封筒は見た目からして手紙の枚数は少ないことがわかる。俺は爺さんからの手紙を受け取った。

 そして、今度こそガイウスはテントから姿を消した。


 

 

 ガイウスがテントから去った後、俺は丁寧に手紙を開いた。手紙を少しだけ出すとそこにはがさつな爺さんには珍しく丁寧な文字で『竜二へ』と書かれていた。

 そこから折り畳まれた手紙を引き出し開いた。

 『わしに残された時間はあまりに少ない。だから手紙に記し、お前さんに全てを伝えたいと思う。まずはわしに答えを気づかせてくれてありがとう。お前さんのお陰でやっと姫様のお叱りを受ける覚悟が出来た。もしこのままお前さんに会うこともなくただ日々を堕落的に過ごせばわしは必ず後悔していただろう。そんなわしを止めてくれてありがとう。

 さて、前にリスカン王国を旅の目的地に勧めたことがあったのを覚えているか?あれはなにも適当ではないのだ。あの国にはかつて『放浪の情報屋』が潜伏しておりわしも世話になった。その情報屋はあらゆる国を渡り歩ききっともうリスカン王国にはいないだろう。だがあやつは確実にお前さんが求めている情報を持っている。あやつは常に滞在した町に次の行方を示す鷹のマークをつけている。それを探せ。それがもっとも効率がよい。

 本音を言えばお前さんには復讐を忘れてこの村で幸せになって欲しい。だが止まらんのだろう。だから止めはしないが、そのかわり自分が幸せになることを忘れないでくれ。それだけがこの老いぼれの最後の願いだ。

 とは言えそこまで心配しておらん、何と言ってもお前さんはわしの自慢の弟子なのだからな。

 最後になるがわしはお前さんの幸せを向こう側から祈っている。


               師匠より弟子へ』

 「......なんだよそれ、ふざけんなよ......!」

 無責任だ。また爺さんも俺が死ねない理由を作るのか。

 「ふざ、けんな」

 声が掠れていくのがわかるが気にしない。こうでもしないと発狂してしまいそうだ。

 「......ふざ、けんな、よ」

 爺さんが屈託もなく笑っている顔を幻視する。こんな手紙を見てしまったら認めるしかないじゃないか。

 「っ......ううぅぅ」

 手紙に丸い染みが数個出来るが気にしない。今日くらいみんな許してくれるだろう。

 俺は顔を埋めて万感の思いで手紙を握りしめる。何か背中を暖かいものが触れている気がするがこれもきっと幻想なのだろう。だがそれでもよかった。

 静かな部屋に俺の呻く声だけが虚しく響いた。

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