第6話 陽の当たる日

「それでね、できれば誰垣麗華さんも、誘ってほしいの」


 その一言は、俺をひどく混乱させた。なぜこのタイミングで誰垣麗華の名前が出てくる?そもそも楓は俺と麗華が知り合いだと知っているのか?確か話したことはなかったはずだが。俺が一瞬に内に思考を最大限回転させていると、楓が言葉を続けた。


「えっとね、私、誰垣さんとは友達ではないんだけど、なんていうか、誰垣さん、交友関係が広いって聞いて、それで若葉も話してるの見たことあるから……」


 なるほど、誰垣麗華は確かに交友関係が広い。おそらく生徒会にも彼女と通じている人間はいるだろう。その彼女が文芸部に入れば廃部のリスクを減らすことができるかもしれない。おそらく、文芸部の廃止に関してはかなりの所まで話が進んでいるのかもしれない。部員が揃っていても、あそらく危ないのだろう。だからこそ楓は、藁にも縋る気持ちで、震える声でこの話をしているのだろう。


 楓は、知っているだろうか。誰垣麗華という女を。彼女の本性を、なぜ彼女の交友関係が広いのか、その本当の理由を。多分、知らないのだろう。楓は噂で物事を決めつける性格ではない。それに楓は純粋だ。仮に誰垣麗華の黒い噂を聞いても、楓は噂を否定するに違いない。日向楓とは、そういう人物だった。


「ごめんね、私変なこと言ってた。なんだか、若葉も誰垣さんも利用してるみたいだよね、これじゃ。文芸部の、自分の事ばかり考えて、想像力が足りてなかった。本当にごめん」


 楓はそう言うと、申し訳なさそうに顔を伏せた。普段は明るい振舞いが多い彼女が、このように落ち込んでいるのをあまり見たことがなかった。

 本当なら、楓の力になりたかった。楓には、昔からよく助けられた。人当りが悪い俺に、楓が気を遣ってくれたことは何回もあった。高校に入った今だって、俺によく声をかけてくれる。楓には感謝しているし、本当なら力になりたかった。

 だが、今回ばかりは無理な話だ。俺は誰垣麗華の本性を知っている。その上であいつの力を頼るというのはどうしても嫌だ。それに、俺はついこの間誰垣麗華と口論し、喧嘩別れしたばかりだ。その俺から彼女に話しかけ、あまつさえ頼み事をするなんて、正直まっぴらごめんだ。はっきり言って、今は麗華の顔も見たくはない。それに、あいつに頼んでもタダでは首を縦に振ってはくれないだろう。しかし、なぜこのタイミングでこんな話になるんだ。俺は、運命的なものを感じた。勿論、悪い意味ではあるが。


 



 

 結局、俺は文芸部に入ること、そして誰垣麗華以外に誰か入ってくれる人を探すことを彼女に伝え、彼女をさりげなく慰めた。楓もそれで納得したらしく、この話は昼食の時間が終わった事で切り上げられてしまった。だけど問題は何も解決してはいない。結局、部員が多少集まった所で、生徒会に口利きができない限り、廃部の危機に立たされているのには変わりない。それに、文芸部に入ってくれる人なんて、俺には全く心当たりがなかった。マツなら頼み込めば兼部してくれるかもしれない。しかしそれ以外には心当たりがない。もっと言えば俺には友達がほとんどいない。そんなことを考えながら俺は悶々とした五限目、六限目の時間を過ごした。


 



 六限が終わり、放課後の時間となった。とりあえず俺は、マツの所に行くことにした。一緒に昼食を食べる予定だったのにすっぽかしてしまった事を謝罪するためだ。俺が廊下に出ると、マツとすぐに出くわした。


「よう、マツ」


「よう、マツ。じゃないよ若葉。今日は屋上でお昼食べる予定じゃなかったのかい?」


 言葉の語気からして、本気で怒っていないのは明白だった。そもそもマツが怒っているのをあまり見たことないが。


「悪かったな、マツ。実は……」


 と、昨日からのいきさつ説明した。楓の名前が出てくると、何故かマツは意味深な笑みを浮かべだした。俺が楓の話をすると、彼はいつもうんうんと、まるで母親かのような温かい目を浮かべ俺を見た。俺と楓は、おそらくマツが考えている様な関係ではないのだが。


「それなら別にいいさ。それより若葉、今日は用事とかあるかい?」


 マツは、今日は部活が無いから、一緒に図書室に行かないかと提案した。今日の今日とて俺には何も用事が無かった。。今日は楓からお誘いは受けていないし、部活にはまだ正式に入った訳ではないので部活には行かなくてもいだろう。そもそも部活にはたまに来てくれればいいと言ったのは楓本人だ。


 そんなこんなで、俺とマツは図書室で勉強していた。図書室は文芸部の部室よりも広く、その分多くの生徒が集まっていた。図書室でうるさくするのはマナー違反なので、俺とマツは隅の席で、できるだけ小さな声で会話していた。俺は、マツに文芸部の事を頼んでみた。


「それなら僕は別に入ってもいいけど……。残念ながら、陸上部があるから、ほとんど部活には出られないかもしれないな」


「まあそうだろうな。一応、部員の数合わせには入ってくれると助かる」


「それならお安い御用さ」


 とりあえずマツが文芸部に入ってくれることgは安心した。しかし、問題はまだ山積みだ。これからどうしようか、と考え込んでいたからだろうか。俺達の横に、人が立っていることに気が付くのに少し時間がかかった。その人物は、俺達の会話が丁度一区切りしたタイミングで声をかけた。



「ごきげんよう。若葉、それに松野君」


 その人物は、誰垣麗華だった。俺が彼女の存在に気づき、何を言おうか迷っていると、マツはなんでもないかのように、麗華にこんにちはと挨拶を返した。


「若葉に話があるみたいだし、僕は少し失礼するよ」

 

 そう言ってマツは席から離れていった。麗華は少しだけ彼が離れていくのを目で追うと、当たり前のようにマツの席に座った。


「流石ね、彼。貴方も、友人なら少しは見習ったらどうかしら」


「お前に言われるまでもねぇよ。それより、何なんだよ」


「貴方がこの前、話の途中で帰ってしまったから、改めて釘を刺しに来たの」


「もうそんな昔の事忘れたよ。気が済んだなら帰れ」


 彼女はそうねと、言ったものの席からは離れずに俺の様子を観察していた。彼女の、透き通ったような瞳が俺を捉えた。俺は、蛇に睨まれた蛙の気分を味あった。

 どうやら彼女は離れる気が無いようだ。しかし俺からしたらさっさとどこかに行ってもらいたい。どうしたものかと思ったが、せっかくだしダメ元であの事を聞いてみることにした。


「なあ麗華、文芸部に入る気はないか」


 正直、全く期待はしていなっか。彼女が本が好きだという話も聞いた事がない。それに、彼女が廃部寸前の文化部に入る姿を想像出来なかった。俺としても、他に話す事が無く、仕方なく口にしたのに過ぎなかったのが、麗華の返答は意外なものだった。


「若葉、貴方も文芸部に入るの。貴方が入るなら、私も入ってあげるわ」


 さて、どうしたものか。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダレガキレイカ? ~優等生美少女のキタナイ本性~ 大太刀小太刀 @OdachiKodachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ