第3話 彼女にようやく恩返し出来た件について

「はまちゃん、とびっきりの恩返しのこと、覚えてるよね?」


 隣を歩くとわちゃんが、緊張した様子で切り出して来た。

 驚きはなかった。でも、どんなお願いが来ることやら。

 検討はついているんけど。


「覚えてるよ。何かいいのが浮かんだ?」


 彼女の様子を伺うと、少しの間瞠目したかと思えば。


「はまちゃん、好き。私の恋人になって欲しい」


 剛速球だった。朝のアレはちょっとやり過ぎた?


「わかった。僕も好きだったよ、とわちゃん。付き合おうか」


 同じく剛速球で返してみた。

 目を白黒させている彼女がちょっと面白い。


「え、えっと。好き?私のことを?」

「そうだけど」

「なにか、からかってないよね?あ、そうだ!恩返しのつもりなら……」

「さすがに、好きでもないのに、付き合うとか失礼過ぎるでしょ」

「で、でも。これまで、そんな素振り一度も……!」


 大混乱のとわちゃん。でも、そんな顔を見るのもちょっと楽しい。


「デートとか何度もしたと思うけど?手も繋いだりもしたよね」

「肩を寄せてみたりしたのに、無反応だったのは?」

「線引きを決めてたからかな。僕なりに」


 彼女に命を救われた僕は、一つの指針を決めていた。

 絶対に、この恩は返すのだと。

 

「せ、線引き?」

「君が明確に望んでくれない限り、自分からは告白しない」

「じゃ、じゃあ、これまでは、全部……」

「気づいてたよ。でも、それだと恩返しにならないでしょ」


 他の人が聞けば、なんて頑固な、とか、謎ルール、とか言われるだろう。


「返して。私のもやもやを!」

「その辺は悪かったと思う。この通り」


 彼女の想いに気づいていながら、スルーしたのは心底申し訳なく思う。

 いや、僕も実のところ、そこまで平静だったわけじゃないんだけど。

 事故の後遺症で、表情筋が働きにくくなったというのか。

 どうも、照れてても人からすると、冷静に見えてしまうらしい。


「いつも落ち着いてて凄いよね」


 などとは、友人たちからよく言われるけど、事故の副作用みたいなもの。

 

「色々つながったんだけど。要は、はまちゃんの謎ルールに付き合わされた、と」

「さすが、とわちゃん。よくわかってる」

「自分ルールで自分を縛るの大得意だもんね。毎日、必ず24時には寝るとか」

「そうそう。普通にやってるだけのつもりなんだけど」


 どうも、意志力が強いとは別ベクトルで、自然と出来てしまうらしい。

 

「そういえば、小学校の頃も、誰彼かまわず庇ってたよね」

「弱いものいじめは良くないでしょ」

「その一言で、あれこれできちゃうんだから、やっぱりぶっ飛んでるよね」


 呆れられてしまった。


「でも、とわちゃんにしてみれば、今更だと思うけど?」

「さすがに、色恋にまで、なんて、予想つくわけないでしょ!」

 

 叱られてしまった。でも、だんだん機嫌が回復して来たらしい。


「一応、確認しておくけど。これ以上、謎ルール、ないよね?」

「大丈夫。恩返しは完了。僕だって、普通にとわちゃんといちゃつきたいし」


 と、多少照れてみたつもりだけど。


「そんな、クールに言われても……」

「言ってなかったんだけど。事故の後、表情筋が動きにくくなったらしいんだ」

「今更、そんなネタバラシされても困るよ」

「それは、本当ごめん。この通り」


 結局、事態をややこしくしたのは、僕の謎のこだわりなのだ。

 そこは謝るしかない。


「もういいよ。長かったよ、私の初恋……」


 ふと、疲れたように言うとわちゃん。


「僕も好きだったよ。ずっと」

「気持ちが籠もってない!」

「その辺は、これからおいおい」

「いっぱい、デート付き合ってもらうからね!」


 こうして、僕たちの間柄をめぐる、ちょっとしたいざこざは終わったのだった。


「あ、そうだ。いつ、とわちゃんを好きになったか、なんだけど……」

「まさか、小1から、とか?それだと予想外過ぎるんだけど」

「それはないって。やっぱり、命を助けられた時、なんだと思う」


 命を助けてくれたこともそうだけど。

 あの時、必死で励ましながら寄り添ってくれたことは、やっぱり忘れられない。


「私は、本当に、必死だっただけなんだけど……」

「助けた方にしてみれば、そうだったんだろうね。でも……」

「?」

「僕にとっては、やっぱり命を救われたから。だから、君は凄いよ」

「そうかな?」


 彼女は、未だに、どれだけの事をしてくれたのか、いまいち無自覚らしい。

 ま、そんなことも彼女らしいんだけど。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


 「恩返し」をめぐる、ちょっとした騒動のお話でした。

 彼女は彼にこれからも苦労させられながらも、仲良くやっていくのでしょう。

 実は、書き始めた当初は、もうちょっといい風味の話になる予定だったのですが、

 この二人でいい風味なお話になるわけがないな、という感じでした。


 読み終えて、何感じるものがあれば、応援コメントやレビューなどいただけると

 作者の執筆する上での栄養になります。もっと書いちゃうかもです。


 というわけで、ここまで読み終えてくださった読者の皆様に感謝を。

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命の恩人な幼馴染から、恩返しして欲しいと言われた件 久野真一 @kuno1234

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