第2話 彼に恩返しして欲しいと言った件について

「はぁ。とにかく、放課後は覚悟しておいて!」


 そろそろ決着をつけよう。そんな決意とともに、はまちゃんに私は宣言する。


「放課後、ね。とびっきり大きいお願いを期待しておくよ」


 なんて、笑いながらいう、はまちゃん。

 鈍い彼の事だから、プレゼントとか、そういうのを予想してるんだろうなあ。

 でも、私ももう決めたのだ。はっきり想いを告げるのだと。


「ほんっとーに覚悟しといてね?」


 目線を鋭くして、彼を見据える。少しは本気度が伝わるかな?


「うん。覚悟しとく」


 はまちゃんは相変わらず、泰然自若と言った様子で頷いたのだった。

 その顔がどこまで続くやら。ぎゃふんと言わせてやるんだから。


◇◇◇◇


「皆、おはようー!」


 挨拶は元気よく。そんなちょっと体育会系ぽい私のポリシー。


「おはよう、永久子とわこ!」

「おっはよー。恵美えみちゃん!」


 とりあえず、ノリでハイタッチを交わす私達。

 宝乗院恵美ほうじょういんえみ。はまちゃんの次に仲の良い友達。


「相変わらず、夫婦仲がよろしいことで」


 にやりと、そんなからかいの言葉を投げてくる恵美ちゃん。

 わかってて言うんだから、意地が悪いよねー。


「うーん。私は夫婦になりたいけど、はまちゃんはどう?」

「さすがに夫婦はちょっとね」


 彼は、そう涼しい顔で言う。まあ、いつものことだ。


「というわけで、その気はないようだけど、永久子としてはどう?」

 

 恵美ちゃんが、それを聞いて、私に矛先を向けるのもいつものこと。


「私としては、せめて、恋人にはなりたいんだけど」


 そう冗談めかして言ってみる。まあ、スルーされるだろう。きっと。

 でも、放課後はそうは行かない。もう決めたのだ。のだけど。


「うーん。状況によっては、考えてもいいかな?」


 思ってもみなかった言葉に、私の頭の中は真っ白。

 しかも、真剣な表情だ。え?あれ?


「……」

「……」


 予想外のボールに、さすがに恵美ちゃんも凍りついている。


「えーと、その、ほ、本気?」


 数秒間の間、フリーズした私から出てきたのはそんな言葉。


「本気のつもりだよ?」


 やっぱり目が真剣だ。口元も笑っていない。

 もらえちゃうんの、その場で、OKを?

 いやいや、待って待って。そんな衆人環視の中で告白なんて。

 さすがに勘弁して欲しい。はまちゃんは何を考えているのか。

 数秒の間、考えて、


「わ、わかった。ちょっと、こちらも持ち帰って検討させていただきます」


 そんな、ネットの記事で読んだことのある、ビジネスマナーぽい言い回しで、かろうじてその場を回避することに成功したのだった。


(うーん)


 授業に、さっぱり身が入らない。でも、はまちゃんが悪いのだ。 

 3つ左隣の彼の席を見れば、相変わらず涼しい顔だ。

 彼はいつものように、泰然自若としている。

 こんな風に、彼がいつでも堂々とするようになったのは、あの事故がきっかけだ。

 全身打撲で彼が死の淵を彷徨うようになってからのこと。


◆◆◆◆


 彼、葛城浜路かつらぎはまじと出会ったのは小学校1年の頃だった。

 とはいっても、特別な出会いがあったわけじゃない。

 休み時間、グループに混じって一緒に遊んだり。

 あるいは、グループで一緒に遊んだり。そんな、普通に仲が良い程度の友達。

 ただ、彼の存在はある意味で私にとって救いだった。

 

 というのも、日本人離れした容姿によって、からかわれる事が多かったのだ。

 彼はそういうのを見ては、いつも


「生まれつきのものなんだから、からかうのは駄目だって」


 まるで先生のような物言いで、周囲から守ってくれたのを覚えている。

 そんな彼に、幼い私はどこか漠然とした憧れを抱いていたように思う。

 でも、守ってくれる以外の彼は至って平常運行。

 私を特別に見てくれる、なんてことはなかったように思う。


 それが変わったのは、小学校4年生の頃。

 学校が終わった後に、挙動不審なはまちゃんを私は尾行することにした。

 時折、彼はふらっとそんな行動を取ることがあって、気になっていたのだ。

 跡をついて行ってみれば、近所の雑木林にどんどん入っていく。

 そして、道が細くなって来た、ある地点で、足を滑らせて、転落したのだった。


 私としては焦る焦る。死んじゃう。助けなきゃ。死んじゃう。

 そんな言葉が頭を支配しそうになったけど、火事場の馬鹿力という言葉がある。

 全速力で麓に駆け下りて、一番近くに居たおじさんに声をかけて、

 「こっち来てください!」

 それだけを言って、無我夢中に現場に急行。

 転落したはまちゃんの元へ駆けつけたのだった。


 なんだか色々励ました気はするんだけど、必死過ぎてよく覚えていない。

 ただ、彼が退院した後に私との関係が変わったのは確かだった。

 一番に私と遊んでくれるようになったし、互いの家に遊びに行くようになった。


 当時、はまちゃんとお近づきになりたかった私は嬉しかった。

 でも、そんな距離感がずっと続いたのが問題だった。


 中学になって、胸が膨らんで来て、だんだんと女性としての自覚が出てきた。

 そんな年頃になって、私も、明確に女として見てもらいたいと思うようになった。

 だから、恩返しを逆手にとってデートに誘ったり、家に遊びに行ったり。

 でも、手応えはまるでなし。いや、中途半端にあったのが悪いのか。

 平然と手をつないでくるし、お洒落をしたら褒めてくれる。

 気を良くして、ちょっぴり距離を縮めてみたり、肩を寄せて見た事も何度もある。

 でも、彼は抱き寄せてくれるでもなく、困惑するでもなく、全スルーだ。

 彼には恋愛感情というものが存在しないのでは、とすら思えて来てしまう。


◇◇◇◇


(ほんと、何考えてるんだろう)


 今日こそ、砕けるにせよ、砕けないにせよ、決着をつけるつもりだった。

 それが、まさかの肯定的な返事。


 これを言うのは傲慢だと自覚しているのだけど、私は人気がある方らしい。

 特別な事をしてあげた覚えはないのだけど、何やら好意を寄せられる事が多い。

 私の本命は決まっているので、申し訳ないので、全部お断りしているけど。


 だからか、好意を持っている男子の挙動というのはある程度わかる。

 自信がなさげな男子だったら、やけに恥ずかしそうにしていたり。

 自信があるタイプだったら、やけにグッと距離を近づけて来たり。

 そんな私の目から見ても、はまちゃんの挙動はいつも平常運行。

 

(とにかく、放課後、放課後)


 さっきのことはいったん忘れよう。

 きっと、たまにはいつも違うノリにしてみようとか、そんな程度だ。きっと。

 こうして、全然身が入らない授業を経て、いよいよ放課後。


 いつものように、一緒に帰りながら、私は決意していた言葉を切り出す。


「はまちゃん、とびっきりの恩返しのこと、覚えてるよね?」

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