命の恩人な幼馴染から、恩返しして欲しいと言われた件

久野真一

第1話 彼女から、恩返ししてほしいと言われた件について

 人は一人では生きてはいけない。

 人は必ず誰かに生かされている。


 そんな言葉を昔、誰かから聞いた人はきっと多い。

 陳腐な言葉だという人もいるかもしれない。

 そりゃ、そうに決まっているという人もいるかもしれない。

 確かに、買い物一つだってそうだ。

 あるいは、僕たち子どもは親の力なしに生きていけない。


 ただ、僕は、まんまの意味でそれが真実だと思っている。

 そんな事を考えるのは、実際に命の恩人がいるからかもしれない。


◆◆◆◆


 冷たい。最初に感じたのはそんな事だった。


  全身の感覚が鈍くて、何が起きているのか、さっぱりわからない。

  見上げれば、雑木林に夏の青い空。


「いい空だなあ……」


 漠然とそうつぶやいていた。


「痛っ!」


 次に感じたのは痛み。手や足、それにお腹に背中。身体中が死にそうに痛い。


「~~~~!」


 悲鳴をあげることさえ出来ずに、痛みにのたうち回る。

 激痛の中で、状況に気がつく。僕は山道から転げ落ちたのだと。


(変なこと考えるんじゃなかった)


 近所にある雑木林に居るクワガタを取りに行く。

 ただそれだけのつもりだった。

 でも、お目当てのクワガタは見つからず、どんどん深入りしていった。

  その結果、道が細くなっているのにも気づかず、こんな状態だ。


(ああ、僕、死ぬのかなあ)


 繰り返し、痛みで意識を失いそうになる。

 視線を自分の身体に向けると、あちこちから血が出ている。

 これ、助からないやつだ。

 お話でこういうのを見たことはあったけど、僕がそうなるなんて。


(死にたくない)


 誰にも見つからず、ひっそりと死んでいくなんて。お父さん、お母さん。

 でも、父さんはお仕事で出掛けてるし、母さんは家で家事をしている最中。

 変に頭がいいらしい僕は、そんな事すら、すぐさまわかってしまった。

 一人で出掛けたのだし、誰も気づくはずがない。


(生きてるってありがたいことだったんだなあ)


 死にたくはない。でも、もうどうしようもない。

 そんな中、思い浮かんだのは、一人の女の子の顔。


「とわちゃん……」


 気がつけば、そんな言葉をつぶやいていた。

 日本人離れした容姿で、よくからかわれていた。

 なんとなく、僕ともっと仲良くしたそうにしていた子。


(僕が死んだら、とわちゃん、泣いてくれるかな)


 小学校1年生の時に、急病で死に別れたクラスメートを思い出す。

 彼も同じように辛かったんだろうなあ。

 そこまで仲良くしていなかったけど、あの時は悲しかったなあ。


「はまちゃん、はまちゃん!」


  え?ふと気がつくと、思い浮かべていた女の子の姿に声。

 とわちゃんが居るわけがないのに。

 でも、幻覚でも、一人で死ぬよりはいいかもしれない。


「幻か……」

「幻じゃないよ!しっかりして、はまちゃん!」


 泣きそうな顔に、手に伝わる温かい感触。妙に現実感がある。


「え?とわちゃん?本物?どうして?」

「本物!今、近所のおじさん呼んだから!もうすぐだから!」

「助かる、の?」

「助かるから!だから、気をしっかりもって!」


  助かる。そう思うと、希望と同時に、全身に痛みが襲ってくる。

 こうして、大人たちが助けに来るまでの時間。

 痛みと戦いながら、とわちゃんはずっと僕を励ましてくれたのだった。


 意識を失って、病院のベッドで目覚めた時は、全身に包帯が巻かれていた。

 全身打撲に多数の骨折、らしい。

 かじった知識で聞いたことはあったから、状態はすぐにわかった。


 それが、僕が、彼女に憧れを持ったきっかけ。

 時々遊ぶくらいの女の子は、 一番大切な人になった。


◇◇◇◇


「どうしたの?はまちゃん、なんかぼーっとしてるけど」


 隣を歩く、とわちゃんがふと、心配そうな顔をして見つめてくる。

 今が登校中なことを、思い出す。


「昔、死にそうになった時のこと、思い出してた」


 考え事にふけると、周りに気づかなくなることがよくある。僕の悪い癖だ。


「また、脈絡がないんだから。でも、ほんとにあの時はビックリだったよー」


 少し舌足らずな声に、日本人では珍しい、ブロンドの髪に碧眼。

 祖父が英国人で、クオーター故とは聞いているものの、それにしても珍しい。

 運動が好きな彼女の肢体はしなやかで、とてもほっそりしている。

 顔立ちも、日本人よりはイギリス人よりといった感じ。そして、美人。

 そんな特異的な容姿を持った彼女は、クラスでも人気者だ。


「ほんとにね。とわちゃんは、ほんと命の恩人だよ」

「もう。命の恩人とか、大げさ過ぎ!」

「いやいや。実際に死にそうだったんだから。大げさじゃないって」

「だから、いつまでも気に病まれると、逆に私が気にしちゃうって」


 その顔は本当に嫌そうだ。


「いや、とわちゃんの気持ちはわかるんだけどね。でも、やっぱり恩人だよ」

「そういうところ頑固なんだから」

「一つくらい、大きな恩返しできれば話は別だけど」


 でも、きっと、彼女のことだ。いつものように、

 「だから、恩返しとかいいってば」

 と。そう言うんだろう。そう予想していた。


「わかった。じゃあ、とびっきりの恩返しをしてもらうから」

「え?」


 一瞬、びっくりする。でも、彼女の様子を見て気づく。


「ああ。おやつ奢る、いつもの奴ね」


 僕が譲らないときは、彼女はそういう条件を持ち出す事が多い。


「そうじゃなくって、もっと大きな事!」

「じゃあ……一緒に遊びに行くとか?」

「そんなんじゃなくて、もっと大きな事だって」

「うーん……ちょっとわからないな」


 時には、一緒に遊園地に行く(ただし、費用は僕持ち)なんてお願いもあった。

 あるいは、一緒に水族館に行く(ただし、費用は僕持ち)なんてお願いも。


「はぁ。とにかく、放課後は覚悟しておいて!」


 珍しく鼻息荒く、ビシっと指差して、彼女はそう宣言したのだった。

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