第三章 ただの普通の喫茶店?

11杯目 疲れた貴方に

「はあ、今日も残業か……」


僕はどこの会社にもいるタイプの新卒入社3年目の社畜だ。


「もう終電行っちゃったかな……」


今日も今日とて終電前まで仕事をし、ただ虚しいだけの毎日を過ごしている。

叶えたい夢もなければ、趣味もない。

いや、叶わなかった夢なら、一つだけあったが、そんなの、才能がない僕には到底夢としか言えない戯言にしか過ぎなかったのだ。

コーヒー1杯に飲む人に最高に会うひと品を出すのが夢だった。


「男がお菓子作るとか、キモ……」


そんな殺傷能力抜群な一言を聞いたのは、一体何年前なのだろうか……。

それほどに僕は自分を諦めきっていた。

また、明日も同じような生活を送るだけ。

それならいっその事、


「このまま突っ込んじゃえば……、楽になれるのかな?」


無意識の中で僕は1歩、そして更に1歩、そして、最後に1歩踏み出そうとした瞬間


"ガシッ!!"


想定以上の力で、男の人が腕を掴んでいた。


「兄ちゃん、大丈夫か?ふらふら〜っとして、ホームから落ちるかと思ったよ」

「あ、ありがとうございます……」

「それよりも、ちゃんと食べてんのか?あと、ちゃんと寝れているのか?人生楽しいか?」

「実は、もうどうでも良くなってきていて……」

「そっか」


その瞬間、

"プシューっ"

という電車のドアが開く音がした。


「あの、助けていただきありがとうございます」

「ええよ、気にすんなや。それよりも、人生無理しすぎんなよ。息詰まったら、そのまま終わるで」

「……」

「ほんまに限界みたいやな。さ〜の店勧めるか……」


そう言うと、男の人は1枚のクーポン券らしきものを手渡してきた。


「この店に17:00以降に行って、店主の前のカウンター席に座る。その後に、オリジナルブレンドを1つと言うんや。そんで説明を受けな」

「え、オリジナルブレンド?カウンター席?もう少し説明を!!」

「あとの事は、自分次第や。今を変えたいならあがけばいいし、現状維持を望んでるなら忘れればいい。まあ、ワイは兄ちゃんがもう少しマシな顔つきに次会うときはなってるとええと思ってはおるがな」


そう言い、「ほな」と手を振ってその人は去っていった。


「ど、どうしよう……」


17:00なんて、まだ仕事してる時間だよ。

でも、取引先との対面会議の日なら、直帰できるから、もしかしたら行けるかも……。

しかも、取引先との会議は明日である。


「でも、何か都合が良すぎる気がする……、やめた、深く考える事なんて柄じゃないよな!!」


僕は貰ったクーポン券を財布にしまう。

その数分後、最終電車がホームにやって来た。


「最終電車は、僕の最寄駅のひとつ前までで止まるんだよな……。やっぱり」


今日は本当にツイてない。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今日は金曜日、金曜日から日曜日にかけて忙しくなる。

ここ、喫茶店 月日の薫り も例外では無いのだが、ある時間になるとパタリと人が居なくなるのだ。


「やっぱり、週末は忙しいよな……」

「そんな事言ってる暇があったら働いてください!!」


綾香は去紅舞に働くように言う。


「いや、働いてはいるだろ。ちゃんとコーヒーも淹れているし……」

「なら、お客様がいる間だけでも立ってください。紛らわしいんですよ!!」

「別にいいじゃん、何もやってないわけじゃないし……」

「現に座ってYで店の評判見てるでしょ!!」


去紅舞が見ていたのは、最近登場した飲食店の情報や口コミを掲載するタイムライン型のSNSだった。

もちろん、喫茶店 月日の薫りも、評価対象の店である。


「だって、初投稿の掲載は、1.5万いいね付いたんだよ!そりゃあ、気にならないわけないし、そのおかげで来店する人も増えたし……」

「それでもです!ただでさえこのクソ忙しい時にわざわざ見なくても、あっ……」


綾香はスマホを覗き込んだ。

そこには、もう1つのの方だった。


「これ、なんで……」

「まあ、何が悪い噂と言うよりは、『都市伝説』としてこういう店があるのは、オカルト好きにはたまらんだろうな」

「いいんですか、そんなバンバン人が来るようになれば助けられる人も助けられなく……」

「良くはないが、それでも、救われる人が1人でもいれば、きっといい事なんだと俺は思う」

「店長……」


去紅舞は、少し遠慮がちに笑って見せた。


「さてと、そろそろ真面目に働きますか!!でも、ホールスタッフよりも調理のスタッフを増やすのは検討しないとな」

「そうですね、この店で料理担当は店長だけですもんね!!」

「ひとりで回すの結構キツイのよね……」


去紅舞は、少し涙目になった。


「頑張ってくれたら、今日は膝枕と耳かきしてあげますよ?」

「うん、じゃあ、頑張る!!」


去紅舞が生き返った。

その後、去紅舞は限界まで働いたのだった。











17時過ぎ____

一通りの客を捌ききり、一息ついている去紅舞と綾香に


"カランコロンカランっ"


来店を知らせる鐘が鳴る。


「いらっしゃいませ」


この時間は本来であれば殆ど客が来ない時間帯。

この時間この店にいるのは、何か悩みを持った人だけだ。

本日のお客様は、目の下にはくっきりとした隈、眼球の光は消え、そして休日なのにクタクタのスーツを着用しているビジネスパーソンだった。


「……をひとつお願いします」

「承知致しました、少々お待ち下さい」


去紅舞は、棚の裏にある1つの袋を取り出し、片手サイズのフライパンにに1.5人前の豆を入れる。

コンロに火をつけ、豆を炒める。

豆の炒る薫りが店を包み、とあるタイミングで手を止め、炒た豆をコーヒーミルに移す。

そこから、ガリ、ガリ、ガリガリ……と時間を巻き戻すように豆を挽く。

豆を挽いている間に豆を炒た薫りは、豆を挽く香りへと変わっていた。

豆を挽き終わるとコーヒーサーバーのドリッパー部分にコーヒーフィルターをセットし、挽き終わった豆を入れた。

それと同時に、お湯が沸いた。

ポットには95°Cと表示されていた。

去紅舞はポットを少し開け、湯が少し冷めるのを待つ。

ポットの温度計が85°Cを表示した瞬間、蓋を閉じ、コーヒードリッパーに回しながら注いでいく。

その瞬間、フワッとコーヒーをドリップする時の薫りが広がった。

店内がひと回し、ふた回しと少しづつ薫りで包まれる。

コーヒーポットには、コーヒーが溜まっていく。

ここで少し手を止め、豆を蒸らす。

そして、再びお湯を注ぐ。

それを繰り返し、完成したコーヒーをカップに注ぐ。


「オリジナルブレンドになります」


去紅舞は、コーヒーを客の前に出す。

客はコーヒーがでてきた瞬間に、目に光が灯った。


「とても良い薫りだ……、いただきます」


客は一口すする、そして、味に少し驚きながらも、心を落ち着かせる。


「美味しいです、とても心が和らぐような味がします……」

「それは良かったです」


さらに一口すすり、持っていたコーヒーカップをコースターの上にのせる。


「それで、お客さんは、何に迷って過去に戻りたいのかな?」


去紅舞は、カウンターの中にある椅子に座り、残りのコーヒーを自分のマグカップに移して1口飲んだ。


「やっぱり、理由無しじゃ過去には戻れませんよね?」

「いえいえ、過去に戻るためには、俺のイメージが重要になるので、お客さんに毎度ヒアリングしてから、イメージを固めた上で過去に戻っていただいているだけです」

「そうなんですね、てっきり、制約がないものかと……」

「制約がかなり多いから時間を巻き戻すことができるんですよ。それじゃあ、話してみてください」

「少しつまらない話なんですが、良いですか?」

「もちろん」


「ありがとうございます」と客の男は答え、一口さらにコーヒーをすする。


「今の会社に就職するまでは、実は、喫茶店とかの厨房スタッフとして働きたかったんです」

「意外ですね、料理とかは全く出来ない方だとも思ってました」

「まあ、よく言われます。でも、やっぱり、小さい頃からの憧れだったんです。厨房で文句を言いながらも、完璧な品を出すシェフとか……」

「そうなんですね」

「でも、親からはもちろん反対されましたし、もっと言えば、うちの親は大企業に入っていれば一生安泰という考えの人だったんです……」

「典型的なクソ親って訳ですね……」

「綾香、やめとけ。本当の事でも失礼だよ」

「いや、事実なんで問題は無いです。話を続けますね、実際ある程度の企業には就職しましたが、ホワイトすぎて、最早やりがいとか何も無くて、向上心もなければ現状維持に全力を注いでいました。そんな自分を変えたくて、仕事を辞めて、新しいベンチャー企業に就職したのは良いんですが、実際はすごくブラック企業で、残業とか凄いことになってましたね……」

「……」

「でも、働いてるって感じはあって、次第に何も感じなくなって、心身まで疲弊していた時に、関西弁の男と出会った」

「それって……」

「その男からこの店を紹介されて、あ、これその人から頂いた割引券です」

「どうも、20%引きの割引券ですね」

「じゃあ、貴方の悩みとしては、現状の打破って事ですか?」

「いえ、今から一年前に戻って、今の会社をやめて、ここで、この店で調理のスタッフとして雇っていただきたい」

「なるほど、分かりました。ですが、時間を巻き戻るということは、記憶も、経験もリセットされます。それでもいいんですか?」

「それでもいいんです」

「分かりました、それでは料金なんですが……」

「一応全財産持ってきました」


カウンターテーブルの上に200万円が置かれた。


「いや、お金ではなく、支払っていただくのは、寿命ですね。あ、でもコーヒーの料金は払って下さい」

「料金は、128円です!!」

「130円から……」

「2円のお釣りです!!」

「それでは、寿命の話に戻しましょう。1年なので、残りの人生の1%ほどいただきます」

「それって、相場ですか?」

「多分相場は1年戻るのも、7%くらい持っていかれそうですが、うちは良心的なので、それに、ここのスタッフになるかもしれない人にたくさん請求するわけにはいかないので!!」


去紅舞は、ニコッと笑った。


「そう、ですか……」

「んじゃ善は急げってことで、早速過去に戻りましょうか?」

「戻るって言っても、どうやって?」

「まずは、コーヒーを全て飲んでください」

「はい……」


客の男はコーヒーを全て飲み干した。


「次に、目を閉じてください。あと、僕が指を鳴らすまでは、絶対に目を開けないでくださいね」

「分かりました……」


客は目を閉じ、去紅舞も目を閉じて集中する。


「そのまま1年前の景色を思い浮かべてください。なるべく鮮明に」

「はい……」

「それでは、いってらっしゃい」

「ゑ?」


その瞬間静まり返っていた喫茶店内に

"バチンッ!!"

と指を弾く音が響いた。

その瞬間、客の男は消えていた。


「綾香、どうだ?」

「はい、私の先輩であり、店長の右腕として活躍してくださっているようです」

「そりゃあ良かった」


"カランコロンカラン"


またしても来店を知らせるベルが鳴る。


「やっぱりあんただったか、三ツ谷さん」

「やっぱりってなんだよ。いい子だったろ、あの子。わいの見つけてきた人材で1番だろ?」

「基本スペックは高かったですが……」

「んじゃ、あとは任せてもいいか?」

「どうせ嫌と言っても無駄なら、諦めますよ」


三ツ谷は、ニヤッと笑った。


「ほな、わいは行くわ。おつかれさん!!」

「次はコーヒーくらい飲んで行ってください」

「おう、綾香ちゃんも、ほなな!!」


そう言うと、三ツ谷は店を出て行った。


「さてと、過去に戻った君に運命が味方をしてくれることを祈って……」

「それじゃあ、締め作業しましょうか!!」

「だな!!今日も一日お疲れ様!!」


去紅舞は、厨房と綾香に向かって言った。


















〜〜1年前〜〜〜


「____から、いつまでも契約取れないんじゃないのか?おい、聞いてるのか?」

「申し訳御座いません、なんか、頭がボーッとしてしまって……」

「貴様、俺の事舐めてるのか?」


どうやら、俺は上司の前でぼんやりとしてしまったようだ。

それもそうだ、月の中旬なのに、もう既に今月は残業40時間オーバーだ。

サブロク協定なんて、あってないようなものだ。

なんで俺こんな会社で働いてるんだろうか?

本当にわからない。

多分根っこの日本人の精神のせいだろうな……。


「だから、いつまで経っても契約取れないんだよ、このグズが!!!!」


このクソ野郎好きに言わせておけば、散々言いやがって……

俺はボイスレコーダーを停止した。


「なら、僕はもう会社には必要ないですよね?」

「お前なんて、ウチの会社のお荷物だ!!」

「じゃあ、辞めます」

「は?」

「だから、辞めるって言ってんだよ糞禿げ」

「禿げだと!?貴様、俺はお前の上司だぞ!!」

「知るかボケ!!俺はもうこの会社辞めんだよ!!この際だ、全て言いたい事言わせてもらうわ……」

「なんだ言ってみろ、どうせこの会社を辞めたら、他に行き場なんて無いんだからな!!」

「貴方との過去の会話は全て録音しております。私はこの会社を出て、労働基準監督署にこちらを提出した上で、会社都合退職とさせていただきます。それでは、さようなら」

「ふざけるな!!俺が辞めることを許すと思うなよ!!」

「それ、法律違反ですから」


そう言うと、俺は荷物を全てまとめ会社を出た。

久々の半日の休暇になりそうだ……


『1年前の時間で、俺の店に辿り着けたら、お前を調理のスタッフとして雇ってやる』


その一言が脳裏によぎった。

行かなきゃ、あの場所へ……

俺は、あの喫茶店を目指した。

行ったこともないし、何処にあったのかも知らないし覚えていないけど、あそこに行けば何かを思い出せるんじゃないかって、考えている自分がいる。

俺は走り出した。

方向も何も分からないけど、とにかく走った。

訳が分からないが、ついに辿り着いた。


「喫茶店 月日の薫り……、やっと、やっと辿り着いた」


そう呟き、俺は店のドアを開ける。


「いらっしゃいませ、待っていたよ」


店長がニコッとした顔を見せた。


「今日からお世話になります、店長」


俺は深く頭を下げた。

ここからもう一度、やり直して俺は今度こそ強く生きて行こう……















____________

(あとがき)

皆様おひさしぶりです、汐風波沙です。

今回は、リハビリと定期更新を兼ねて過去喫茶の更新と、ついに男の新キャラの追加ですね。

僕自身もそろそろ料理担当の残念イケメンが欲しいと思っていましたので、丁度良いタイミングで追加できたと思います。

もしよろしければ、応援コメントで感想いただけるとモチベーションにもなりますし、作者は喜びます。

という訳で、今回はここまで!

ご拝読ありがとうございました!

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喫茶店 月日の薫り〜過去かえる喫茶店〜 汐風 波沙 @groundriku141213

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