第39話これにて終幕

 半月後、雷次郎は京にいた。

 それも彼の祖父が眠っている浄雲寺に来ていた。

 彼はそこで、自身の父親である雨竜秀晴と相対している。


「久しぶりだな、雷次郎。傷を負ったと聞いたが、治ったみたいだ」

「まあな。勝康の手配した名医のおかげだ」


 本堂を貸し切っての二人きりの会話だった。

 住職である弥助はこの場にはいない。

 本当の意味で二人だけだった。


「伊達政宗殿は素直に隠居したようだ」

「相変わらず耳が早いこと」

「元々、百万石の陰謀を良しとしない家老が多かった。それだけのことだよ」


 親子同士ではあるものの、どこかぎこちない雰囲気がある。

 当然とも言えた――しなくてもいい苦労をかけたからだ。


「初めっから親父が出張っていりゃ、面倒なことにならなかった」

「ふふふ。俺がいたら伊達殿が素直に現れなかっただろうな」

「結果論だっての」

「なあ雷次郎。今回の件で俺のことを恨んでいるか?」


 秀晴がどうでも良さそうに訊ねたので「別に。恨んでねえよ」と雷次郎も素っ気なく返す。


「親父が腹黒いのは昔からだ」

「そう昔じゃあない。雪隆が死んでからだよ」

「人を変えちまうほど、雪隆さんは凄いのか?」

「変わらないと関八州を治められないってことだ」


 秀晴は「今なら継げるだろう」と雷次郎を試すことを言う。


「いい意味で変わったよ。遊び人だったお前なら伊達殿の口車に乗ってしまっただろう。だけどお前は伊達殿を殴れた」

「はん。大乱になるって状況だったんだぜ? 怒らねえのかよ?」

「その状況で伊達殿を殴れないのなら、俺がお前を殴っていた……これは少し恰好つけちまったかな?」


 雷次郎は「しまらねえなあ」と頬を掻いた。


「大大名なんだからもっと格好良く言えよ」

「あるいは痺れるように言え、か?」

「人の決め台詞をそんな曖昧に使うな」


 雷次郎はため息をついた。

 秀晴は「悪かったよ」と両手を挙げた。


「いろいろと試すような真似をして。競茶会のことも悪かったと思う」

「なあ。親父は全て承知の上だったんだろう? ならなんで光を守らなかったんだ?」


 秀晴は「可哀想だって思ったさ」と韜晦した。


「それでもお前に任せたのは信じたからだ」

「自分の読みを?」

「違う。お前のことだよ」


 思いもかけない親の言葉に、雷次郎は目を丸くした。


「お前が光殿を守ってくれるって信じていた」

「親父……」

「途中で死にかけたときは流石に焦ったけどな」

「……それは言わぬが花だぜ」


 茶化すことを秀晴が言うものだから、せっかく感動した気持ちが引っ込んでしまった雷次郎。


「さてと。俺はもう行くぜ」

「なんだ。茶でも点ててくれないのか?」

「早く会いてえ奴がいるんだよ」


 雷次郎が立ち上がったとき「光殿のこと、一生守るつもりなら」と秀晴は言う。


「今しばらくは継がなくていいぞ。落ち着いてからでいい」

「それじゃあ遊び人続けていいんだな?」

「業腹だけどな。お前も落ち着く年齢だろうに」


 雷次郎はにやにやと笑いだした。

 それは親に反抗する悪戯小僧のようだった。


「俺ぁ日の本一の遊び人だ。世の中遊びつくさねえとつまらねえよ」



◆◇◆◇


「よう小次郎。お前さんも一緒に行くか?」


 寺を出た後、雷次郎は外で待っていた伊達小次郎に話しかけた。

 相変わらず般若の面を被っている。滅多なことでは取らないつもりのようだ。


「光殿に会わせる顔がない」

「なんでだよ?」

「お前と戦ったからだ」

「ふん。別に気にしてねえよ。だってお前さん、手加減してただろう」


 小次郎は無言を貫いた。

 雷次郎は「痺れ薬じゃなくて、猛毒を使えば勝っていた」と指摘する。


「それにお前さんも自分の姪を守るのに必死だったんだ。責めたりしない」

「相変わらず、祖父譲りの甘ったれた優しさだな」

「誉め言葉として受け取っておくぜ」


 小次郎は「ここで待っていたのは理由がある」と雷次郎に告げる。


「私はお前の推薦で豊臣家に仕えることになった。将軍直属の忍びとしてな」

「そりゃすげえ。おめでとう」

「私の任務上、もう会うこともないだろう」


 小次郎は雷次郎と向き合い、頭を下げた。

 それは明らかに感謝を表していた。


「ありがとう。光殿を守ってくれて。一生、恩に着る」

「……素直に受け取っておくぜ」


 雷次郎は一抹の寂しさを覚えつつ「何か光に言うことはないか?」と問う。

 小次郎は「何もない」と言う。


「ただ幸せになってくれればいい。それについては任せたぞ、雷次郎」

「重い頼みだな。しかと承ったぜ、小次郎」


 返事を聞いた小次郎は「じゃあな」と言ってその場から去った。

 雷次郎は「いい男だったな。痺れたぜ」と笑った。



◆◇◆◇



 京の目抜き通りを楽しそうに歩く光。

 その隣には風魔衆の頭領、凜の姿があった。

 近くには真柄雪秀と浅井霧政が見守っていた。


「ようやく自由になれたんやな」

「ええ。霧政様のおかげです」

「ほとんどは雪秀くんのおかげやろ……っと。ようやく来たな」


 霧政と同時に、光も気づいた。

 前方から歩いてくる雷次郎に。


 雷雲と稲妻の柄をした着流しを着ていて、顔は役者かと思わせるように凛々しいその姿を見て、光は嬉しそうに「雷次郎!」と駆け寄った。

 そしてそのまま、彼の胸に飛び込んだ。


「おおう。お前さん、女がはしたないことすんじゃねえよ」

「いいの! ずっと会いたかった!」


 雷次郎から離れた光は「戦ってくれたんでしょう?」と顔を赤くしながら言う。


「私、自由になれたわ! ありがとう!」

「そいつは良かった……それで、お前さんはどうする気だ?」


 今後のことを訊ねられた光は「まずは自由を楽しむつもり」と笑った。


「いろんなことをして、いろんなものを見るの!」

「そうだな。うん、それがいい――」


 そう言いかけたとき、凜が「こほん!」と咳払いした。

 雷次郎に素直になれと言っているようだ。

 まったく人の心を慮れるようになった忍びだなと雷次郎は笑った。


「その前に、俺の正体を明かそう」

「正体?」


 雷次郎は深呼吸して――


「俺は雨竜家次期当主、雨竜雷次郎秀成だ」

「えっ? ええええ!? そうなの!?」


 傍にいた凜は「どうして今まで気づかなかったんだ?」と呆れている。


「凜さん、知っていたの!?」

「最初からな。というより推測できるだろう」

「てっきり、どこかの武家の放蕩息子だと……」

「間違ってはいねえな」


 雷次郎は少し照れながら「俺の身分を明かしたのには理由がある」と言う。

 光は「なに? もしかして何か問題でもあるの?」と身構えた。


「俺と一緒に江戸へ行かねえか?」

「江戸? それって――」

「美味いもん食って、面白いもん見て。それからずっとお前さんを守ってやる」


 雷次郎は光の目をずっと見ていた。


「だからよ、俺と――」


 光は再び、雷次郎に抱き着いた。


「な、なんだよ。どうかしたか?」

「私、ずっと雷次郎といたい」


 光は強く雷次郎を抱きしめた。


「雷次郎と一緒に美味しいものを食べたり、面白いことを見たりしたい! だから、ずっと守ってくれる?」


 雷次郎は光を抱きしめ返した。

 当然だと言わんばかりの行動だった。


「ああ。そうしよう」


 雷次郎は自身の思いを込めて、光に誓った。


「ずっと一緒にいよう。そのほうが痺れるぜ」

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猿の内政官の孫 ~雷次郎伝説~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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