第6話
沖田家所有の山の一つに、通りから見えないくらい奥まった所にある神秘の湖・・・低い樹木や雑草により通りからは見えない。昇平が言うには、その湖に妖精が現れたというから、今はもう神秘という形容をつけてもいい。信じ難いことだが、その湖の中から妖精が現れ、持って現れたのは、沖田家家宝の金の斧だった、それを昇平にが受け取ったというのである。
「馬鹿な!」
昌美は笑ったが、実際、あいつは金の斧を持って帰って来たのである。昌美には九鬼龍作に奪われた金の斧が、なぜ妖精が持っていたのか分からなかったが、彼にとって、そんなことはどうでもよかった。ようは、金の斧が現れた妖精が持っていたという事実が大事な所だった。
その湖を回り込むように細い水流が二筋流れていた。ちょうど湖を囲むようにその二つの水流が奥から流れ来ていて、やがて山の入り口を東から西に流れている大き目の川に清い水と合流していた。
「さあ、準備をしろ」
昌美が叫んだ。権田太と松田二郎の他に数人の男たちが一斉に動き始めた。ある者はトラックから発動機三台を下し、湖の近くに設置した。一方を湖に、もう一方を、ホースを川まで延ばした。
「よし、いいだろう」
昌美は手を上げた。
発動機はもの凄い音を立て始めた。湖の水は勢い良く吸い込まれ、川まで流れ出ていく。
「昌美さん、本当にあるのかな?」
権田太が聞いて来た。
「大丈夫だ。ある・・・と思う。俺は妖精なんているわけがないと思っている。俺は兄貴を信用していない。あいつの言うこと成すことでたらめで、夢でも見ていたんじゃないのか。妖精か・・・いかにも兄貴らしいが、そんな馬鹿なことかあるもんか。俺は俺の流儀でやってやる。この湖の底には、親父が隠し持っている金がいくつかあるはずだ。俺は金の延べ棒を、この目で子供の頃はっきりと見ている。親父は、こんな所に隠していたんだ。ははっ、全部、俺のものにしてやる」
こう言っている間にも湖の水はどんどん減って行く。
「もうすぐだ、きっといろんな金の宝物が出て来るにちがいない。親父は金の斧だけじゃない多くの金を持っていた。あんなにあった金の塊りが、家からなくなったのだ。俺は、可笑しいと思っていた。俺には、どうして金の斧が、こんな場所にあったのか不思議でならないが、そんなことは、どうでもいい。ほかの金は全部手に入れてやる。」だが、
何としても手に入れてやるという昌美の意気込みは激しく、強かった。
湖の水は段々なくなり、水底が見えて来た。見ると、誰がどう持ち込んだのかギンブナやコイなどが泥の中で暴れている。どでかいカエルも飛び跳ねている。湖としては当たり前の状況だった。さらに、
「あれは、何だ?」
非常に大きくて長い背びれが現れたのである。しかも、二つある。
「止めろ。何かが動いてるぞ・・・二ついる!動いているぞ」
昌美は声を上げた。ポンプの音は止まった。
二つの大きな生き物はゆっくりと体をくねりながら動いているが、なかなか姿を現さない。三メートル以上はあるかもしれない。
「おい、太、見て来い」
権田太は恐々近づいて行く。松田二郎も、太の後に従った。しっぽの方がくねくね動いている。
「何だ!」
何かはまだ分からないが、興味があるのか、湖の底の泥濘に足を取られながらも、二人は突き進んだ。だが、
「これは・・・」
太は何処かで・・・いやテレビなんかで見たような生き物だった。
「あっ!」
気付いた時には、もう遅かった。
「ワ二・・・」
この時には、ワ二は大きな口を開け、太と二郎に突進しようとしていた。
「逃げろ」
誰かが叫んだ。だが、誰が叫んだかは問題ではない。早く逃げなくては、みんな食べられてしまう。二匹のワ二は凄い勢いで突進してきている。まず昌美が、近くにあった木にすぐに上り始めた。それを見て、太が昌美と同じ木に上った。二郎はというと、キヨロキヨロと見回したが、近くには手頃な木はない。そこで、やみくもに走るしかなかった。
「逃げろ、二郎。走れ」
昌美が叫ぶ。
「何でもいい。とにかく逃げろ」
二郎は、どうしたらいいんだ、と迷っている暇はなかった。とにかく、走った。捕まったら、終わりだ。一匹は、昌美と太の木の下にいる。もう一匹のワ二は・・・もう少しで二郎に噛みつく距離に追い付き、大きな口を開けた。この時、
「お止め、太郎、五郎」
女の声が、二匹のワ二の動きを止めた。
「もう、いいよ。許しておやり」
太郎は、今にも木に上って行きそうな勢いで、口を大きく開けている。
「さあ、帰ろう。帰ったら、たくさんのご馳走をあげるよ」
女の声に、太郎も五郎も、びたりと動きをやめた。その女・・・妖精なのだが、なにせ、木の上の三人は妖精をみたことがない。
「お前は・・・何者だ?」
昌美はこう言うが、女は答えない。そのまま、二匹のワ二と共に、何処かに行ってしまった。
帰って来た妖精に、龍作は、
「奴ら、どうだった?」
と聴いた。
妖精は薄い笑みを浮かべ、
「驚いていました。ワニは、もうコリゴリでしょう」
と答えた。
「そうか・・・しかし・・・」
龍作はここでちょっと考え込んだ。
「どうしました?」
妖精の女は気になったのだろう、龍作に訊き返した。
「あの兄弟だが・・・やっぱり仲良くはならないだろうな」
と、龍作はぽつりと言った。足首には黒猫のビビが体を擦りつけて来ている。
「ビビか・・・さあ、おいで」
龍作はビビを抱き上げた。
「今度は大活躍だったね。昇平くんを助けなければ、今度の事件に関係することはなかったんだからね。いい子だ、お前は、いい子だ」
龍作はビビの首を優しく何度も撫でている。
「しかし・・・そのお前の力でも、あの二人を仲良くさせられなかったんだ。まあ、仕方がないか!」
龍作はまた考え込んでしまった。
九鬼龍作の冒険 湖の妖精 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog
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