『やりたいことをやる』という呪い

あげもち

人生は一度きりって言うじゃん?

 俺にはいくつかコンプレックスがあった。


 身長が低いとか、足が遅いとか、特技がないとか。


 でも、そんな中でも一番コンプレックスだったのが、『やりたいことが見つからない』というものだった。


 例えば、将来何になりたいか?なんて質問にも、答えられなかったし、趣味は?と書かれて、パッと浮かぶものが何もない。


 だからだろう、そんな自分がいつの間にかコンプレックスになっていて、『やりたいことをやらないと損』なんて、人を無理やり動かそうとしている言葉が、まるで呪いのように感じられたのは…。




 「…」


 ガタガタと揺れる電車、見慣れた夜景。


 腕時計の針は11時と27分を示していて、すぐそこには、もう明日が待っている。


 反対側の席に座る、どこの誰かも知らない人の真似をして、俺もスマホを開いた。


 特にこれといった要件もないのに、呟く青い鳥のアプリを開いては上にスクロール。


 その途中出てきた、「やりたいことを、やらないと損!!」という広告を見て、パッと指が止まった。


 やりたいことを…ねぇ…。


 その広告は、誰だか名前も知らない著者の本の宣伝で、「毎日満員電車に揺られて何が楽しいのか?」とか、「人生一度きり、仕事で終わるのは勿体ない!」とか、そんな事ばかりが書いてあった。


 まぁ、確かに…なんて納得の行く部分もあったけど…。


 はぁ…とため息を吐いてスマホを閉じる。


 車窓の外の、ビルの光を眺めながらボソリと呟いた。


「そんな都合よく行かねぇよ…」


 仕事をしてなければ見下され、職に就けば、一体何のためになっているのか分からない内容ばかり押し付けられて。


 どうせ働くなら、少しでも誰かのためになりたい。


 そう思っていたあの頃が、眩しいぐらいに、今の俺は腐っていた。


 これが現実…と言ってしまえばそれで終わりなのかもしれないけど…。


 と、そんなことを考えていると、ブルルッとスマホが鳴った。


 あぁ、部長か…なんて、気怠さ半分でスマホを開くと、その人物からのメッセージに、思わず、目を見開く。


「え、帰ってきたのか?」


 言葉をそのままそっくり、メッセージにして打ち返すと、白いウサギのスタンプが返ってくる。


 そして、そいつはこう言った。


『明日、久々に会わない?』

 



 翌日。


 偶然俺が休みだったということもあって、予定通り、昼の12時にとあるスタバで待ち合わせをしていた。


 軽快なBGMに紛れてコツコツという足音が聞こえてきて、その足音は俺の目の前で止る。


 スマホから視線を上げてそいつを見た。


 するとそいつは、にこりと笑って口を開く。


「やっほー、約10年ぶり〜♪」


 黒くて長い髪の毛が、サラリと揺れた。




「へぇー優斗ゆうと、こっちに住んでるんだ」


「最初は地元の方が良かったんだけど、まぁ、なんて言うか、住めば都ってやつか?」


「へぇーなるほどねー」


 特に興味がないのだろうか、流すように息を吐くと、フォークでブルーベリースコーンを刺して口に運ぶ。


 口の端からポロポロとこぼれるのを見て、「昔から変わらないな」なんて思った。


「あ、今、こいつ変わらないなって思ったでしょ?」


 フォークを俺に向けて目を細める。


 ホントに、ギクリとした。


「すげーな、エスパーかよ…なんで分かったし」


「ふふーん♪インドに行った時、ガンディーみたいな格好してるオッサンから心の読み方教えてもらった♪」


 なんて、貧相な胸の前で、腕を得意げに組んでは、胡散臭い話を語り出す麻耶。


 でも、なんだかそんな彼女がとても羨ましかった。


「嘘つけ、どー考えてもガンディーみたいな格好してるオッサンなんて怪しいだろ」


「ホントですー、サインも貰ってますー」


「要らねぇはそんなの…でも、まぁ高校の時はびっくりしたかな」


「え、あぁ、あの時ね」


 あの時…というのはまだ俺も高校3年生の頃の話だ。


 小さい頃から幼馴染みだった俺と摩耶は、同じ小学校を卒業した後、中学は離れてしまったものの、同じ高校に通った。


 …で、高3と言えば、大学に行くのか就職するのかで、いわゆる、いよいよ現実を見なくちゃいけない時期になる。


 もちろん、やりたいことがない俺は大学に行って無駄にお金を使うぐらいなら、社会のために貢献したいと、就職の道に決めた。


 他のやつは大体大学に進学する道を選んで、そろそろ卒業だね〜なんて話が湧いている頃。


 まだ、1人だけ進路が決まってない奴がいた。


 それこそ、当時の麻耶まやだった。


 進路が決まってない、というよりかは、進路があまりにも現実離れしていると、担任の先生から猛反対されていて、決まってない扱いを受けていたのだが…。


 卒業を迎えたある日。


 式の後、教室で麻耶が先生に通帳を見せた時、声を上げた。


「さ、300万!?」


 見間違えかと、0を数えるも、それは間違いなく300万で、麻耶は得意げに、「私本気ですから」と腕を組んだ。


 そして、それから数日後、麻耶は最低限の荷物と、その体格に似合わないバックパックを背負って世界へと旅立った。


「…ってこと、あったね〜」


「あぁ、それまで本当に先生信じてくれなかったもんな」


「あはは!それで結局、通帳見せたっけ。ホントに腰抜かしてたね」


 そう笑うと、紙コップに口をつけて、一口コーヒを飲んでは息を吐く。


 その顔は、とても満足そうな表情をしていた。


「でも、なんかいいな、やりたいことをするって」


「ん? やりたいこと、ないよ」


「へぇーやっぱり…って、は?」


「だから、やりたいことなんてないよ」


 …。


 衝撃の事実だった。


 俺は早口になりながら言葉を続ける。


「いやいやいや、だってあれだろ?お前世界一周の旅がしたいから、就職とかしなかったんだろ?」


「うん。でも世界一周したいってだけで他にはなーんにも。まぁ、そのことをブログで書いてたら、出版社から連絡が来て、とりあえず印税が入ってくることになったぐらいかなー」


「え…じゃあ無駄じゃねーかよ」


 と、俺が息を吐いた瞬間。


「無駄じゃないよ」


 麻耶は語尾を強めた。


 心臓がギュッと縮んで、目を少し見開く。


 麻耶は真剣な表情をしていた。


「私ね、昔からやりたいことが、見つからなかった…て言うより、物事に関する関心が人一倍薄かったんだと思うんだ…。」


 マフィンケーキを口に運んで、飲み込む。


「それでね、中学生の時、世界を旅してる人のブログを見て、なんかすごい楽しそうって思った。だから高校3年間はバイトして、お金貯めて、そして世界旅行だー!なんて張り切ってたのは、ほんの1週間ぐらいだったかなぁ」


 窓の外に視線を向ける。


 黄色く色付いた銀杏の葉っぱがひらりと舞った。


「意外と言葉って難しくて、伝わらない不安と、誰も頼れないって言う孤独が凄かった」


 ……。


「でもね、宿が見つからなくて困ってた時、老人の夫婦が私を家に泊めてくれたの」


 ふふっと笑って、俺の方に顔を向ける。


 ふわりと胸が熱くなるような感覚がした。


「いっぱいご飯を食べさせてくれた、フカフカのベッドも暖かいシャワーも、本当に心地良かった。いっぱい話を聞いてくれて、ホントに…人の暖かさを感じた…それでね、もうここはあなたの第二の故郷だからって、いつでも来なさいって、ほら写真見て!」


 と、麻耶が突き出したスマホには、白髪の優しそうな顔をした老夫婦と、見たことがないぐらい笑顔の麻耶が映っていて…。


 不思議と、胸が高鳴っているのを感じた。


「なんか、幸せそうだな」


「うん! だからね、私もう少しだけ、やりたいこと探す旅を続けてみようと思うんだ〜♪」


「はは、そっか応援してる」


 すると、一瞬驚いたような表情をして、ふふっと鼻を鳴らす。


「うん! だから次帰ってくるまで楽しみにしといてね♪」


 なんて、かわいい笑顔をするのであった。


 

 

「それじゃーねー!」


 と、手を振りながら駅のホームに消えていく彼女の背中を見送る。


 そして、完全に麻耶が見えなくなると、俺は踵を返した。


 『やりたいことなんてないよ』


 そんなことを言っておきながら、あんな幸せそうな顔をしていたら、まるで俺のコンプレックスがバカみたいじゃねーかよ。


 …。


「でもまぁ…」


 パーカーのパケットに手を突っ込み、空を見上げる。


「やりたいことが見つかるまで、働いてみようかな」


 それが何年後になるかは分からない。


 でも、その時が来た時のために、今はエネルギーを貯めておこう。


 だって、人生は一度きりって言うじゃん?



 それから数年後、俺が作家になるために専門大学に通うのは、また別の話。


 まぁ、それは近いうちに話すこととするよ。


 とにかく、この話が誰かの、何かを始めるきっかけになればいいなって思う俺でした〜。

 


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