イサキ、死んじゃったの?

naka-motoo

ヴィッキーの眼ってグリーンのような、翡翠色だったんだね

撃たれたのがお腹だったのか、それとも胸だったのかが分からなくて、でもただスマホの画面を90°横に倒したような視界に入って来たコンクリートの壁の波なみの模様がそのまま垂直から平行になっただけだったから・・・


死んだ境目が分からなかった。


「イサキ、イサキ」

「・・・・・・ヴィッキー?」


なんでこの子が死んだわたしに話しかけるの?


「イサキ、イサキ。死んじゃったの?」

「多分、そうだと思うよ」


でも、ヴィッキー。


「わたしが死んだのは現象としてのそれだけど、エルセンが強盗にスラックスを下ろされて股間を出して『性器も黄色か』って言われたのは、もっと死んでると思うよ」

「イサキ、イサキ。わたしはそのことをあなたと話したいって思ったの」

「いいわよ」

「どうして人は人を色分けするの?」

「ヴィッキー。あなたは白よね」

「ええ。そうよ。わたしは祖父母がオランダからの移民。白人よ」

「わたしは、黄色・・・・・・・ジャップよ」

「ジャップなんて言わないで・・・・・」

「肌は黄色でも、眼は黒」

「・・・・・・黒・・・・」

「髪も、黒」

「そうだね」

「ヴィッキー」

「うん」

「わたしはさっきあなたのことを白って言ったけど、でもほんとうは真っ白じゃないよね」

「ええ・・・・・」

「うっすらとピンクがかってる」

「い、言わないで」

「ううん。言うよ?あなたのピンクと微妙な血管の青が混じった、黄色人種や黒人よりは単純な、けれども白なんてひとことで括れないあなたのその複雑な肌の色は・・・・・・10代のあなたが年を重ねるごとにシミやそばかすが徐々に増えて・・・・その内に肌の劣化ではなくって病的なそれになって行って・・・」

「言わないで!」

「更にはそこにシワがよって・・・・・・・いずれ『白』と自称することはできなくなるでしょう」

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

「ヴィッキー、あなたが謝ることないのよ。コンクリートの床にひれ伏して懺悔しないといけないのは、肌の色で自分を安全地帯に置こうとした弱タマたち。もっと言うね?黒人、って言うけど、肌の色は黒くない。豊かな大地の色や、鮮烈なブルーや、それから情熱の赤や、実は白も・・・・・・」

「分かってる!分かってるの!イサキ!」

「ヴィッキー・・・・・・・・・あなたの眼だってそうよ。わたしがこの強盗と貧困と人種差別と銃の街に赴任した時、あなたの瞳を見て初対面の挨拶をした時はブルーだって思った。でも、わたしが死ぬ間際にあなたが見てくれた時、グリーンだ、って気づいた。でもそれすら、違った」

「じゃあ、何色なの?」

「翡翠色。あなたの瞳は、色んな色が混じり合って、全体としてはグリーンに近く見える翡翠色。あなたはそういう美しさを持ってるよ」

「イサキ・・・・・・・美しいって、なに?レイプされるほど美しいってこと?」

「ヴィッキー。わたしが朝から晩まで港とビルの間をアウディで駆けずり回って、そうして深夜に帰宅しようとした時に通りかかった駐車場でおそらくは何人かの黒人の男にレイプされようとしていたやっぱり黒人のその女性は・・・・・美しさがあったんだろうと思うの。わたしは浅はかに、その女性の容姿はレイプされるに足る姿かたちじゃないって思ったけど、でも、やっぱり美しさがあったんだろうと思うの」

「銃じゃ、救えなかったんだね・・・・・・」

「そうよ。わたしはその時生まれて初めて銃を撃った。銃は単にアスファルトをえぐっただけでわたしは走り去って、男たちへの威嚇にすらならなかっただろうと思う。わたしは、残りの弾丸を撃つための時間そこに留まるのが恐ろしくて、そのまま逃亡した」

「イサキ。でも、あなたは、撃った。わたしたちのオフィスに入り込んで来た、スティーブドアの防寒作業着のような卑怯な身隠しをした強盗と相撃ちした」

「そして、負けた」

「ううん。銃を持ってた方は、あなたが膝を撃ち抜いてくれた。だからわたしたちは生きているの。あなたのお陰」

「ヴィッキー。よかった。あなたが生きてくれたことがほんとうに嬉しい」

「イサキ。死んじゃったの?」

「ふふ・・・・・・今話した通りよ」

「このまま、別れなきゃいけないの?」

「そうね・・・・・・・・・ねえ、ヴィッキー」

「なに」

「もう一回、わたしの眼を見て」


彼女は、腹か胸かを撃ち抜かれて片耳を床に打ち付けて真横に倒れたわたしの眼を見てくれた時のように、もう一度わたしの眼を見てくれた。


「ねえ。黒?」

「違う」

「じゃあ、なに色?」

「・・・・・・・・月が、見えるよ」

「月・・・・・・・」

「イサキの黒い、とても若い女の子のような・・・・・・・幼い、女の子のような、ブルーがかってさえいるその眼の奥に、満ちた月が見える」

「ほんとう?」

「イサキ。わたしはあなたにだけは嘘はつかない」


月か。


「ヴィッキー」

「はい」

「じゃあ、さよなら」

「・・・・・・・・・・さよなら、イサキ・・・・・・・・」





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