第8話

 巡はそこで恭一の腰に抱きついた。

 

 うう~ん。

 なんだ、

 巡、

 まだ夜明け前じゃないか。


 巡は目を覚ました。

 長い夢を見ていた。


 (そうだ、私は夢の中で気持ちだけ東京に行ってしまったようだった)

 巡はベッドからそっと手を伸ばした、スマホの時計を見ると六時前だった。


 恭一は巡の頭を抱えると、

「東京行くんだったな、ちゃんと留守番して部屋をきれいにしておくから、しっかりと就職決めて来いよ」とささやいた。

「うん、起こしてごめん。寝て、まだ早いから」

「おまえが戦いに行くのに、俺がちゃんと見送らないでどうする」

 大学で一年先輩だった恭一は、巡が東京で就職すると遠距離になることを承知で応援してくれていた。

「私、やっぱり、東京行くのやめようかな。恭一と離れるのは……」

「馬鹿な事を言うんじゃない。おまえが決めるなよ。決めるのは向こうじゃないか」

 フフフと笑って巡の髪をくしゃくしゃにした。

 巡は、今までのどこまでが夢で何が現実か分からなくなってきた。

「さっき、変な夢を見て泣くところだった」

「巡は普段は偉そうなのに、こういうときは気が小さくなるからな」

 恭一は巡の肩に手を回して背中を何度も撫でた。

「大丈夫、うまくいくさ。東京が駄目なら大阪がある。おまえなら何とでもなる」



 私は危うく恭一を無くすところだった。

 自分の邪気を夢の中に落としてきた。

 これで良かったんだ。

 巡はスマホと黒いバッグを持って、見送る恭一に手を振った。

 寝癖の髪を押さえて恭一は、まぶしそうに手を振ってくれた、その姿は夢の中で見たのと同じだ。ユニクロのスゥエットの上下はそのままで、これがずっとこの先も続くのだと巡は思っていた。


 東京の企業に内定をもらったとしても、大阪に勤務できるように希望をすればいいし、大阪の企業だっていくらでもある。

 だが恭一は自分にとって一人だ。

 なくしてはならない人、それは恭一。

 巡はバッグにPRADAのくまのキーホルダーが付いているのを見つけるのは新幹線に乗ってから。恭一は部屋に落ちているそれを見つけて、巡のバッグに付けたのだから。

「せっかく買ってやったのに。何やってんだよ。こんなに部屋が散らかっているからわかんないんだろうが」

 恭一はそう呟きながら、部屋の掃除をして見つけて巡のバッグの内側のポケットにそれを付けた。

 巡はそのことを、まだ、知らない。


               了

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰か 教えて 樹 亜希 (いつき あき) @takoyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ