第4話  4

 「ようやくッ、ついた…」

 炎天下の中、ジージーと鳴くセミの声に紛れ、ようやく見えて来た駅に向け、今にも消えそうな歓喜の声をあげる。

 「まさか、ここまで暑くなるとは…」

 「おー!ここが駅ですか。でっかい鉄の道が!」

 「よくそんなに元気が余ってるわね…」

 暑さに息を荒げる茅葉と雪菜とわ真逆に、アマタは初めて見る鉄道に興奮で飛び跳ねる。

 雪菜の着替えのため、猛暑の中一度雪菜家に行き、そこからさらに駅に向かった。合わせて2、3キロは歩いただろう。

 「それなのに、よく…」

 「ええ…、私より小さい体のどこにあんな体力が…」

 「二人とも〜!早く行きましょう」

 手を振り二人に、アマタが笑顔で手を振り、駅へ入っていく。それを追うように重たい足を運び、駅の中へと入る。

 この駅には、待ち合わせ室に木製のベンチが二、三個と自販機二台があるだけのポツンとした、木造の小さな無人駅だ。

 都会では人も通る電車も多く、このような駅があるなど考えようもなく、初見では驚かされた。

 「アマター!喉渇かないか?」

 この半年の平日ほぼ毎日というほど使用してきた自販機に小銭を数枚入れ、一番上の列のボタンを押し、麦茶を購入する。

 茅葉のその動作と自動販売機を不思議そうに眺めるアマタに、キンキンに冷えたペットボトルの麦茶を差し出すと、首を傾げながらも「ありがとうございます」と、それを受け取る。

 どうやら失った記憶の中には、今ではどこにでもある自販機の情報すらも含まれるそうだ。

 「開け方わかるか?」

 「こう…ですか?」

 と、キャップに指を添えると、唸りながら指に力を込めキャップを右に回す。

 「あ、開きました!」

 と、ペットボトルを両手で口まで運び、そのまま口に流し込む。

 「雪菜も何か飲むか?奢るぞー」

 「なら私は茅葉くんの飲みかけを…」

 「麦茶でいいなー!」

 息の整ってきた雪菜の声を聞こえなかった事にし、アマタに渡したものと同じものを購入し、雪菜に投げ渡す。雪菜は口を尖らせながらも「ありがとう」と受け取る。

 そして、自分用にももう一つ購入し、ぐったりとベンチに腰をかけ、ペットボトルの中身を一気に喉に通す。

 「生き返る〜。麦茶がここまで美味く感じるのは久しぶりだ」

 基本大きく動かさない体を、ただでさえこんなに暑い時に無理に動かすのはやはり厳しいものがあった。しかし、だからこそここまでただの麦茶がうまく感じれるのだろう。

 「そろそろ電車が来るかもだし、ホームで待つか」

 雪菜とアマタに呼びかけ、場所をホームに移す。どうせなら、アマタにはぜひ電車が顔を出すところを見てもらいたい。

 ホームを見回すと、珍しくもちらほらと人が見えた。

 「でんしゃ?がどんな物なのかとても楽しみです!」

 「確かに、初見なら凄く驚くと思うわよ?」

 ソワソワとするとアマタに、微笑みかける雪菜との会話を微笑ましく思いながらも、何処か不思議な感覚がした。

 おそらくこれは恐怖だ。

 今朝見た夢…アマタが雪菜を線路に突き出すという酷く、恐ろしい夢。

 本来気にするべき事ではないとわかってはいるものの、あのリアリティがそうはさせない。

 あの夢の中の駅には何人かの人がいたが、今のこのホームにも珍しく人が何人かおり、心なしか立ち位置も同じように感じられてくる。

 それに夢の中の自分たちも同じ麦茶を持っていたような…

 「俺の気にしすぎ…だよな!」

そう、自身の頬を両手で強く打つ。が、足の震えが止まることはない。

 『プルルルルルーー』

 電車の来る合図だ。

 「もうすぐ来るわよ?」

 そう言い雪菜が一足先に白線に向かう。ーー同じだ。

 「はい!」

 雪菜の声に反応し、アマタが雪菜の後を追う。ーー同じだ。

 「ま…!」

 夢という曖昧な根拠が二人を止めようとする。が、震えからか声が出ない。

 『プーーーーン』

 電車が顔を見せる。

 アマタが雪菜に、一歩、また一歩と近づく。

 電車が駅に近づく。が、何故かそれは止まる気配が無いどころか、加速していっている。

 ほんの数メートルにいる雪菜が、アマタが遠く見える。

 「せつ…ッ!」

 声が出ない。

 アマタが一歩近づく。

 手を伸ばす。

 届かない。

 アマタが一歩近づく。

 まってーーー

 「あの…」

 電車がものすごい音を立て通り過ぎていく中、フードを深く被った暗い感じの男が、アマタと雪菜の間を割り込むように入り、雪菜の肩に手を乗せる。

 「これ、返す…」

 そう言い、その男はもう片方の手から、少し土を被った、白い刺繍入りのハンカチを出す。

 電車の走る轟音に驚きながらも雪菜は「ど、どうも」と、それを受け取る。

 すると男はここからでは聞こえない声で何かを呟き、とっとと去っていった。

 「雪菜ッ!」

 未だ微かには震えているが、ようやく動くようになった足を動かし雪菜の元に駆け寄る。

 「大丈夫か?」

 「ええ、私は少し驚いただけだけれど…」

 そう落ち着きを取り戻した雪菜が指さす方を見ると、ベンチの裏側に回り込み、三角座りでプルプルと震えるアマタの姿が見えた。

 「あ、アマタ?」

 「か、茅葉〜!」

 そう、涙目で飛びかかってくるアマタをなんとか受け止める。

 その小さく薄い体はプルプルと震え、子猫のように思える。

 「結構近い所であれだけ速い、それも初めて電車を見れば、そうなるのも無理ないわ」

 自分の胸の中で縮こまるアマタの姿を見て、罪悪感を感じる。

 まだ一日ほどの付き合いだが、線路に人を突き出すような子では、少なくともないということは容易にわかる。

 それなのに、ほんの少しでも、アマタがそのような事をするのでは無いかと悪夢を根拠に疑ってしまった。

 できることなら自分を殴りたいが…今はそれより先に、やるべきことがある。

 「大丈夫か?」

 そう言いアマタの震える頭を優しく撫でる。


 


 

 

 

 

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そして過去は未来へとなる。 無性 無月 @naasihyuumakayaha

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