第11話

美術のデッサンの授業があった。

「鉛筆で下書きをしたら、色を塗りましょう。」と先生が言った。机の上には、レモン、花の入った瓶、木箱などが適当に置かれていた。生徒たちは机の周りを囲むようにして椅子を置いて座り、それぞれが画用紙にデッサンをしていった。

セリナはイオリの下書きをチラっと見た。一学期の美術の授業中、イオリは絵の才能を発揮していた。その授業とは、魚を書き、ポスターカラーで色を塗るというものだった。どんな魚を書くのかもどんな色を塗るのかも、生徒たちに自由に任されていた。みんなそれぞれ頭に思い浮かんだ魚をかいた。出来上がった魚たちはセリナのかいたものも含め、どかこで見たことのあるような絵になった。丸っこい身体に、しっぽがついている。みんな青や、黄色で色を塗っているが、どこか平凡な魚に見えた。それもそうだ。「自由に」魚を書いてみろ、と言われても本当の意味で「自由な」魚をかける中学生はなかなかいないだろう。そんな中イオリの描いた魚だけ他の誰とも違っていた。初めて見た色使い、形。セリナが今まで生きてきた中で見たことのない不思議なデザインだった。そんなイオリの絵は誰かに注目されることもなく普通に授業は終わった。しかし、セリナの頭にはイオリの描いた魚の絵がずっと残っていた。それだけインパクトがあったのだろう。イオリの絵を見た時、「自由」を感じたのだ。それから、セリナはイオリの絵のファンになった。イオリはたまに、セリナを驚かすような絵をかいた。


今回はイオリは真面目にデッサンをしていた。個性的な絵を描くのでは、と密かに期待していたセリナは少し拍子抜けしてしまった。今回は、見たものをそのまま画用紙に書くという授業なので、個性を発揮する部分は無いのかもしれない。セリナはイオリの描いた魚を思い出した。頭から尾びれにむかってピンクから緑へ色が変わっていく。セリナは自分の描いている絵を見た。木箱は茶色だったので、茶色に、瓶は青っぽかったので青色に塗っている。全く同じ色という訳では無かったが、大体再現出来ているだろう。ふとイオリを見るとイオリは「花の中に、黄色っぽく見えるところがある、」と言った。白い花だったが、そういわれれば黄色っぽく見える部分もある。生徒たちの絵を見て回っていた先生がイオリのところで立ち止まった。先生はイオリの絵を見つめ、「いいね。」と呟いた。そして、続けた。「皆さん、よく見てください。例えば、レモン。レモンと言えば黄色ですが、光の当たり方で濃い黄色から薄い黄色まで見えます。このように、一つのものの中でも色んな色があります。見たまま、そのままの色を塗ってみましょう。」それを聞いたセリナは緑の絵具を取って、レモンを緑色に塗った。レモンが緑色に見える部分なんて無かったのだが、わざと同じ濃い緑で塗りつぶした。近くに座っていた子がセリナの絵を見て「セリナちゃん、面白い」と言って笑った。先生がまたセリナとイオリが座っている場所にきた。セリナの絵を見た先生は立ち止まって眉をひそめた。先生はセリナに「本当にこう見えたの?」ときいた。先生の言いたいことが分かったセリナは「はい。私には緑色に見えました。」と答えた。さっき笑っていた子がまた小さく笑った。先生は「それなら良いけど。」と言ってそれ以上はきいてこなかった。セリナは間違ってしまった、と思った。レモンを緑色に塗ったところで個性的になれるわけじゃないんだ。緑色に塗られたレモンを見ていると、自分が幼稚に思えてきて恥ずかしくなってきた。特に、真面目にデッサンをしているイオリの絵の横には置きたくなかった。イオリは目の前のものをそのまま写そうとしているが、その中にイオリらしさがある。個性というのはわざと作り出そうとして作り出すものじゃないんだ。わざとやるのはきっと偽物の個性なんだ。セリナはそう思った。セリナは「間違ってしまった」絵を誰にも見られないように、画用紙をぐちゃぐちゃに丸めた。この絵はどこかに捨てよう、そう思っていると、先生が来た。セリナは何か注意されるのだろうと思いながら下を見ていた。先生は一言、「捨てちゃだめよ。」と言った。セリナは緑色に塗ったレモンの絵をポケットに入れた。

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中学生のひとりごと 甘夏みかん @na_tsumi

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