吹っ飛んできた鬼

にゃべ♪

空から鬼が降ってきた村

 昔々、あるところにみんなが仲良く暮らす小さな村がありました。村人達は日々を大事に慎ましい生活をしています。村人は大人も子供も話し好きで、村全体がひとつの家族のようでもありました。

 そんなある日、大事件が発生します。何と、空から傷ついた鬼が降ってきたのです。村人達は驚きましたが、とりあえず村の医者に鬼を運びます。村人は鬼を見るのが初めてで、怪我人だから助けようと言う気持ちが強かったのでした。


 困ったのは鬼を持ち込まれたお医者さんです。小さな村にいていいはずがないほどに腕の良いお医者さんでしたが、色々あってこの村を終の棲家に決めた人でした。

 彼は、困惑しながら鬼を運んできた村人に訪ねます。


「こいつは鬼じゃないか。儂に助けろと言うのか?」

「怪我をした者に人も鬼もないじゃろ。今にも死にそうなんだ。どうか助けてやってくれんか」

「仕方ないのう。お前さん方には世話になっておるし、やるだけはやってみよう」


 こうして鬼はお医者さんによって治療されます。普通の人間なら即死レベルの傷を負っていましたが、そこは鬼です。少し薬を飲ませたり傷に膏薬を貼るだけでみるみる内に怪我は治っていきました。

 最初は意識のなかった鬼でしたが、治療を3日も続けていれば潰れたまぶたも開きます。気がついたら知らない場所で寝かされていたものですから、流石の鬼も戸惑っているようでした。


「ここは……どこじゃ?」

「おお、気が付いたか。お前さんは空から落ちてきたんじゃよ。一体何があったんだ?」

「俺は……何かの技を受けてふっとばされた。一瞬の事だったからそれだけしか分からん。けど、何で俺を助ける? 俺は鬼だぞ?」

「お前さんを運んできた村の人に感謝するんだな。儂は村人の願いを聞いただけじゃ。お前さんを助けてくれと言う願いをな」


 お医者さんから事の顛末を聞かされた鬼は両目から大量の涙を流し、村人の優しさに胸を打たれます。


「何と優しい人達の住む村なんじゃ。鬼はどこに行っても嫌われるばかりじゃと言うのに……。こんな素晴らしい村はない」

「なぁお前さん、どうせ金もないんじゃろう」

「そうだな。ここまでしてもらったのに返せるものがない」

「ではひとつ提案じゃ。儂の話に乗ってくれんか?」


 お医者さんは、治療費の代わりに村人の手伝いをしてくれないかと話を持ちかけました。助けてくれた恩返しをしたいと思っていた鬼は、これを二つ返事で快く引き受けます。


 こうして、怪我が完全に治った鬼は改めて村人達に挨拶をする事になりました。村長が村人を集め、そこに鬼が現れます。鬼の姿は頭に二本の角とがっしりした体型。角以外の見た目は普通の人と変わりませんがとにかく体が大きく、村一番のノッポより一回り大きいのです。だからすごく目立ちました。

 村人全員が集まった頃を見計らって、鬼は深々と頭を下げます。


「この度は助けてくれて本当に有難うございました」

「なぁに、困った時はお互い様さあ」

「怪我が無事に治って良かったよ」

「それで……あの、良かったら俺に村の手伝いをさせてください!」


 その謙虚な態度と話し方に、村人達は一瞬で鬼を受け入れます。次の日から、鬼は村の色々な行事に引っ張りだことなりました。農作物の作業の手伝いから家の修理、やぐらを建てる時の手伝い、神隠しにあった村の子供の探索、遭難した爺さんの探索、畑を荒らす猪や鹿などの駆除――。


 村人に頼まれれば、鬼は文句ひとつ言わずにその手伝いをします。体も大きく、力も並の人間の何倍もあったのでどんな手伝いもそつなくこなしました。常に村のために献身的に働く鬼は、いつしか人気者になっていきます。そして、名前のなかった鬼にも豪太と言う名前がつけられました。



 それから2年が経った節分の日、村に1人のお役人さんがやってきます。そのお役人さんは村人の誰もが初めて見る人で、眼光は鋭く幾多の修羅場をくぐってきた感じでした。長閑な村には似つかわしくない強面のお役人さんの登場に、村はざわつきます。村人の誰もが、鬼に関係した――ぶっちゃけて言うと鬼を退治しに来た――人だと認識したのです。

 この非常事態に対し、村人はすぐに豪太を匿います。その時はちょうどお昼時だったので、彼は昼ごはんのお弁当を木陰で頬張っているところでした。


「豪太、お前を退治しに役人が来てしもうた。今から隠れるんじゃ」

「そんな……。役人に隠し立てすると村が罰を受ける。気にせず俺を突き出してくれ」

「そんな薄情な事が出来るか! お前は俺達の村の宝じゃ。絶対守るから安心しろ」


 豪太はお役人に捕まる気満々でしたが、村人の熱意に押されて渋々隠れる事にします。人気のない村外れの納屋に彼が匿われた頃、役人が村人に声をかけていました。


「なあお主、昔この辺りに落ちてきた鬼がおるはずじゃが、何か知らぬか?」

「鬼だぁ? そんな者がおったらこの村は襲われてとっくに滅んでおるわ」

「うむ。そのはずなんじゃ。じゃがこの村は何ともなっておらぬ。だが確かにこの辺りに鬼が落ちた事は間違いない。何か噂とかも聞かぬか?」

「さあ、知らんのう?」


 村人は抜群の演技力で白を切ります。仕方なく役人はその場を去り、別の村人にも尋ねましたが、誰からも鬼の話を聞き出す事は出来ませんでした。しかし、それが逆に役人の不信感を強めてしまいます。


「確実にこの辺りに落ちたはずなのに、誰もその話を知らぬと言うのは不自然過ぎる……」


 役人は何かを隠している村人に聞くのを止めて、独自の捜査を始めました。どうやらこの役人には鬼の気配を察知する能力があるらしく、やがて鬼が匿われている村外れの納屋に気付いてしまいます。


「やはりこの村に鬼がおったか。しかしどう言う訳だ? 村人が鬼を匿うとは……脅されておるとでも言うのか?」


 納屋に辿り着いた役人は勢いよく戸を開きました。中では豪太が体育座りしています。それを目にした役人は腰の刀に手をかけ――るのではなく、腰にかけている袋からひとつまみの炒り豆を掴みました。

 この突然の展開に、豪太はびっくりして腰を抜かします。


「ああああの……どどどとちらさまで?」

「問答無用! 鬼はァー外ォォォーッ!」


 役人は豪太の話も聞かずにいきなり豆をぶつけ始めます。特別な加護が付与されているその炒り豆は鬼の体にダイレクトにダメージを与え、豪太は苦痛の声をあげました。


「ぎゃあー! やめてくれぇー!」

「ふはは! 加護を受けた豆は痛かろう。もっともっと苦痛を受けるのだ。終いに首をはねてやるわ!」

「俺は抵抗などせんから! 大人しく斬られるから! その豆はやめてくれぇ……」

「誰が鬼の戯言なぞ聞くかぁ!」


 ハイテンションになった役人は豪太の訴えを無視して豆をぶつけ続けます。やがてその騒ぎは村人達の耳にも届く事になりました。豪太を心配した村人達がすぐに納屋に集まります。


「豪太をいじめないで!」


 役人と豪太の間に割って入って両手を広げたのは、村の子供の佐吉です。彼は村で一番豪太と仲良しでした。流石の役人も子供相手に無茶は出来ません。彼が立ちはだかった時点で、豆を投げるのを取りやめます。


「子供! そこをどけ! そいつは人食いの鬼なのだぞ!」

「嘘だ! 豪太はこの村に来てから2年、誰も食うてない!」

「騙されるな! 鬼はそうやって油断を誘うのだ! 俺の村も鬼に滅ぼされかけた!」

「豪太……本当なの?」


 佐吉はまっすぐ豪太の顔を見つめます。その純粋で穢れなき瞳の眼力に豪太はゴクリと息を呑みこみました。そうして姿勢を正して正座をし、深々と頭を下げます。この突然の土下座に佐吉は戸惑いました。


「なんで急にそんな、頭を上げてくれよう。それとも、まさか本当に……」

「俺は人は食わねえ。そこは間違いないし信じて欲しい。けど、ここに来る前は戦場で人の死体を上に献上していたんだ。だから全くの無実とは言えねぇ……」


 この話はここで初めて語られたものでした。村人はこの事実を前にざわつき始めます。大人達が困惑する中で、佐吉はニッコリと笑顔になりました。


「なんだ。やっぱり豪太は人は食わんのじゃな。良かった」

「し、しかし、もしお役人さんの言う通りに……」

「みんなは豪太が信じられんのか! 豪太はもう村の仲間じゃ! それともこのお役人の方を信じるんか!」

「そ、それは……」


 この佐吉の言葉を聞いた村人達の中で豪太擁護派と懐疑派に分かれかけてしまいます。村人達が混乱する中、豪太を治療したあの医者がひょっこりと顔を出しました。


「何の騒ぎかと思えば。お役人さん、こいつは気のいい鬼じゃ。悪さはせんよ。儂が保証する」

「だが、危険なものには変わりない」

「本当に危険かどうかは儂らがしっかりと見張っておく。何かあったらすぐにお前さんに連絡をしよう。それでいいじゃろ」


 村のまとめ役も務める医者の言葉に、分裂気味だった村人達の心はもう一度まとまります。そうして、村人全員の総意でお役人を引き下がらせる事に成功したのでした。お役人は何かあったらすぐに連絡するようにと何度も念を押して帰っていきます。

 こうして、豪太の危機は去ったのでした。


 その後、豪太は村人達といつまでも仲良く幸せに暮らしましたとさ。



(おしまい)

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