大好きだった緋山先輩

デトロイトのボブ

緋山先輩へ

 01



 この世には二つの人種が存在する。みんなの気分を明るくしてくれる太陽のような眩しさを放つ者と、その太陽から隠れて生きていくしかないモグラのような者。僕は後者だ。いつだって彼らの影に隠れて生きていくしかない。


 僕は幼いころに両親を何者からに殺された。両親を殺したソイツは男か女かもわからない、ただ唯一覚えているのは僕の両親を可愛いくない虫だと言っていた。それが何を意味しているのか今でもわからない。




 親戚がいなかった僕は必然と児童養護施設へと行くことになり、同じ親がいない子供たちといっしょに寂しい生活を送っていた。学校で親がいる恵まれた子を羨ましそうに見ながら、いつか自分にも彼らと同じ幸せが来ればいいのにと願ったが一向に叶う気配はなかった。


 高校に上がってから何かしら行動を起こそうと考えて、自分には不向きな部活に挑戦したが上手くいくことはなかった。小中と人並みの幸せや青春を送ってきた彼らと違って、僕は何も積み重ねをしてこなかった。


 だって当然だろう、ずっと人を妬んできた人間がまともになろうとしたってもう遅いのだから。死ぬまで延々と他人を羨ましがって生きていくしかない。そう考えていた。




 放課後、僕はいつものように教室へと向かう。いつの間にか窓の外は真っ赤に塗りつぶされていた。


 去年までなら他の帰宅部の生徒と同じように帰路についていたが、今年は違う。何故なら僕も部活動に入ったからだ。僕を入れて二人しかいないけれど。






 教室のドアを開けると、いつものように緋山雪絵先輩が椅子に座って本を読んでいた。

 緋山先輩が読書している時はまるで時間が止まっていると錯覚するほど、周りは静寂さを保っている。夕焼けに照らされている彼女の姿を見ているだけで僕は胸が幸せに満ち溢れていく。




「あら、赤城くん。何かいい事でもあったのかな?



 僕に気がつくと緋山先輩はあのモナリザの絵画のように優しく優しく微笑んだ。





  02






 緋山先輩と出会ったのは高校二年生に上がった春の頃だった。僕はいつものように人を明るくする人間《陽キャラ》を横目に一人で過ごしていた。ずっとこんな生活が続くことに嫌気がさしたある日、僕は運命的な出会いをした。

 一人で移動教室に行くとき、廊下に血と同じぐらい真っ赤な色をしたハンカチが落ちていたのを発見した。誰かが落としたのだろうと考え、落し物入れに持っていこうとすると必死な表情でハンカチを探している緋山先輩と出会った。




 彼女は学校のマドンナとして存在感を放っており、微笑むだけで男女問わず彼女に恋をしてしまうと言われていた。廊下を歩けば教室から黄色い声が飛び交い、食堂で食事をしているだけで人だかりができていた。

 緋山雪絵は僕にとって、この上なく危険な存在であるに違いないのに彼女はそんな僕の恐れを簡単に塗り替えた。ハンカチを拾った僕を見て、嫌がらずにお礼を言った。クラスで浮いていた僕にとってそれだけでも嬉しかった。なのに先輩は更に僕を喜びの穴に落とした。




「私を見て興奮をしない人は初めてなの。だから君、私と友達にならない?」




 友達も恋人もいなかった僕は二つ返事で先輩と友達になることを選んだ。ようやく人並みの幸せが手に入った。

 友人になってから二ヶ月、僕と先輩は二人で人気が少ない教室で集まることが日課になっていた。


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 緋山先輩は読んでいた本を閉じ、自分の隣に座れと合図をしてきた。



「赤城くん、最近の学校はどう? 楽しい?」




「た、楽しいです。先輩が僕と……友達になってくれたから毎日が楽しいです」




 先輩は僕の鼻とくっつく手前まで近づいていき、僕が目を逸らしている様を見て笑っていた。

 この人はいつもそうだ、友達になってからは僕が男なのを理解していないのか胸をドキドキさせるイタズラをしてくる。とてつもなく恥ずかしいけど嫌ではない。




「嬉しいこと言ってくれるね。本当可愛い友達が出来て良かったぁ」


 大人びた顔をしているのに時折、イタズラ好きの幼い女の子のような笑い方をする。先輩は僕にとって求めていた幸せそのものだ。

「友達」が尊いものだと教えてくれる親がいなかったせいで、僕は十年間寂しい想いをした。だから今は先輩と友達になって幸せだ。




「……前から気になってたんですけど、先輩は友達いないんですか?」



 放課後、いつも空き教室に待ってくれているからずっと不思議に思っていた。もしかして僕を好きだからと勘違いしてしまうほど。


「いることにはいるけど……みんな私を自分をよく見させるための道具だと思っているみたいなんだよね。ちょっと悲しい」




「そんなヤツら僕がぶっ殺してやりますよ」




 緋山先輩の美しい顔を曇らせるような人間は存在しちゃいけない。先輩は僕にとって生きる喜びを与えてくれた人だ、部活が生き甲斐な人がいるように空き教室に先輩がいることが僕にとっての喜びだ。

 彼女は僕に沢山の話をしてくれた。腹を抱えて笑ってしまうようなものから、思わず涙が零れてしまうようなものまでたった二ヶ月一緒にいるだけなのに長い時を過ごしていると思ってしまう。

 学校外ではいっしょに映画を見たり、動物園に行ったりした。僕みたいな日陰者が緋山先輩と遊んでいいのかと思ったけど彼女は僕に嫌な顔はしなかった。




「君にはそんな物騒な言葉は似合わないよ。気持ちは嬉しいけどね」




 嬉しいとは言っているものの、緋山先輩はどことなく寂しそうな顔をしていた。




「……先輩、もし良かったらペットでも飼ってみたらどうですか? 少しは気持ちが安らぐと思いますよ」




 「ペットかぁ、それもいいかもね。ワンちゃんでも飼いたいかなぁ」




 元気がなかった先輩は僕の言葉を聞いて笑ってくれた。



 「じゃあ、今度ペットショップにでも……!」




「ごめんね、もうそれは叶わない出来事なんだ」



「それって……どういう」




 最後の言葉を言い切る前に緋山先輩は僕を押し倒した。




  03




「……もう我慢しきれないよ。赤城くんが私を犯さないなら私が犯してあげる」




 どんなに大きい音が鳴っても人が近づくことはない。さっきまでの緋山先輩はどことなく寂しそうな顔をしていたのに、今は歪んだ笑みを浮かべている。息を荒くしながら、僕を見つめていた。



「……な、なにを言ってるんですか」





「私ね、君みたいに訳ありなひとりぼっちの子に声をかけて、その気にさせて私を襲わせてたの。でも、赤城くんは他の子と違っていつまで経っても私を食べようとしなかった」




「意味がわからない……僕に喋ってくれた言葉や表情は全部嘘だったんですか」




 頭の中に根付いていた嬉しかった思い出が全部燃えていく。




「うん、そうだよ。私は可愛い可愛い男の子の血を飲むのが好きな生き物だからね、良い感じに仕上がるまである程度待ってたんだけどなぁ」




 緋山先輩の口元から白く尖った歯が見えた。彼女は今まで友達になった男を誑かし、その気にさせて血を吸っていたと自慢げに話す。

 手馴れた動作で僕の学ランにつけられたボタンをゆっくり、ゆっくりと解いていく。中に着ていた真っ白なシャツが見えたとき、僕は先輩に気になったことを質問した。



「……可愛くない人間はどうなるんですか?」




「気持ち悪いから殺すよ。だって醜いものを見たら気持ち悪くなるでしょう? あ、赤城くん見て思い出したことあった。十年前かな、幼い子供を守ろうとして無様に死んだ可愛くない虫がいたんだよね。面白かったよ、悲鳴を上げながら死んでいくの」




 緋山先輩は腹を抱えながら、学校中に響き渡るような笑いをした。ああ、そうか。そうなのか、僕が掴める筈だった幸せを壊したのは僕に幸せをくれた緋山先輩だったのか。




「あああああああああああああああああああ!!!!!」




 今まで守ってきた理性の氷が今の言葉を聞いて全部溶けてしまった。僕の中にあった緋山先輩と過ごす楽しい学校生活は全部消えていった。

 彼女を押し返し、立場を逆転させた。僕は髪の毛を掻きむしりながら緋山先輩の顔を無我夢中で殴り続けた。

 何度も何度も殴って、手に力が入らなくなるまで思う存分顔を叩いたのに彼女の顔は何一つ変わっていなかった。



「残念だったね、私は不死身だからどんなに暴力を振るわれても直ぐ元通りになるんだよ」






「どうして、どうして信じてたのに! やっと幸せが手に入ったと思ったのに!」






「誰かに声をかけてもらうことを待っている子には幸せは掴めないよ。ずっと近くで見てたけど、赤城くん何もしてこなかったよね」




「……ありえない、こんな現実は受け入れない」





「いいね、その絶望した顔。十年間放置してきて良かった、もう待ちくたびれたんだから」






 緋山先輩は僕に暴力を振るわれたことを意に返さずに、僕を優しく抱きしめた。そして真っ赤な唇に隠れていた尖った歯で僕の首元に噛み付いた。

 僕は緋山先輩が好きだった。周りから浮いてる僕みたいな人間と友達になって、僕に色々な話を楽しそうに話してくれた。優しくされたことがなかったせいで、簡単に騙されたんだ。

 優しくて綺麗で、少しイタズラが過ぎる緋山先輩は僕の血を飲みきったことで恍惚とした表情を浮かべていた。




「じゃあね、赤城くん。短い時間だったけど君の両親を殺して良かったよ! 絶望に満ち溢れて死んでくれて私は嬉しいよ」




 ……ああ、何て美しい人なんだろう緋山先輩は。最後に手を触ろうとしたが、彼女には届くことは無かった。

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大好きだった緋山先輩 デトロイトのボブ @Kitakami_suki

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