四、鬼の正体
「鬼封じ完了。……そろそろ夜明けか」
膝を付いた未那の手から落ちた剣を拾い上げると、楼は顔を上げて目を細めた。白み始めた空に曉星が輝いている。
そういえば、と未那は周りを見渡した。あの子供たちはどうなったのだろうか。
子供たちがお地蔵様に抱かれて川の向こうへと消えてゆくのが見え安堵のため息をついた。
「お疲れ様です、未那さん。……穢土へ帰る際に見て頂きたいものがあります」
燕が楼に目配せをし、楼が頷く。未那が疑問に思っていると楼は数珠に手を掛けた。
再び未那たちは賽の河原から姿を消した。
穢土はまだ夜の宵。祭り囃子や提灯の明かりが眼下に見えた。――穢土の上空に未那たちはいる。
未那と穢土の間に薄い膜のようのものがうっすらと張られ、フィルターの役割を果たしていた。
そのフィルターから見た穢土を見て、未那は戦慄した。
百、千……数え切れない程の沢山の鬼が眼下の街に徘徊していたのだ。
「これが穢土です。あれらの鬼は人間の煩悩や尽きない欲から生まれてしまうのです」
絶句した未那に燕と楼は静かに口を開く。
「鬼は誰にでも潜在していて、影を潜めて様子を伺っている。君の中にも鬼がいるのが分かるよ」
「じゃ、じゃあさっき封じ込めた鬼は……」
「人間の未練や怨念などの残留思念だ」
そんな、と未那は口に手を当てる。燕は穢土を見下ろした。
「自分自身の鬼に喰われた人間を僕達はずっと見てきました。――未那さん、あなたは自分を見失わぬ様くれぐれも気をつけて下さい。自分の鬼に喰われてしまわぬ様に……」
燕の真剣な眼差しにしっかりと頷く事で応える。
「そろそろ戻ろう。燕は優しいから余計な事まで言いかねないからな」
楼は笑う。燕は顔を赤らめて小さく抗議をした。楼はまた笑う。その様子が微笑ましくて、未那の顔にも笑顔が満ちた。
そうして今度こそ戻ってきた。御霊代を祠に祀り直して祝詞を唱える。
「これ、返さなきゃ」
終えると、二匹の後ろで待っていた未那はお面を差し出した。しかし楼は首を振る。
「手伝ってくれた御礼として君が持つといい」
「いいの? ……ありがとう」
目を輝かせた未那に楼は頷く。
「もう帰りなさい。友人が君を探している」
促すように燕が手を宙に翳した。狐火が灯り、祭りが開催されている参道への道標が出来る。
「これを辿れば未那さんの友人の処まで行けますよ」
「ありがとう。何だか変な夢を見たみたいだけど、楽しかったわ」
未那は楼と燕に手を振り、狐火に沿って歩き始めた。
「僕たちも楽しかったですよ。ね、楼さん」
「ああ。中々面白い人間だったな」
どこか名残惜しげなニュアンスで言葉が交わされる。その姿は人間の形ではなく、鎮守神に遣わされた神狐の姿。
薄暗闇に紛れていく未那の姿が見えなくなると狐火は突如吹いた風によって消された。暗闇だけが後に残る。
歩いている途中、唐突に狐火が消えた。驚いて未那はその場に立ち尽くす。すぐに暗闇に目が慣れ、ここが神社である事に気が付いた。
すると聞き慣れた声が耳に届き、次いで茉莉が姿を現した。
「やっと見つけた! どこ行ってたのよ、探したんだよ」
後ろ向いたらいなくてびっくりしたんだから、と言いかけた所で茉莉の視線が未那の首に止まる。
「どうしたの、このお面?」
「もらったんだ」
「え、誰に!?」
「ヒミツ!」
そんなやり取りを交わしながら、未那は森をちらりと見た。一瞬、狐火が遠くで揺らめいたのが見えた。
(夢じゃない、よね)
未那は微笑ってお面に触れる。
これは私が夏の間に体験した、不思議な不思議な出来事。
暗がりの階 海月ゆき @yuki_kureha36
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