塵芥説話集

おとき

拾った鍵

 男は泥棒だった。


 だが、有名な美術館に忍び込んで高価な芸術品を盗んだり、金持ちをおどして金品を奪い取るようなことはしない。監視カメラや警備システムがない古い民家に忍び込んで、財布や棚から少しだけお金を盗む。いわゆる「コソ泥」だった。


 泥棒ではあったが、この男にはポリシーがあった。貴重な美術品を盗んだり、他人を傷つけたりすれば、きっと警察は大騒ぎして自分を見つけるだろう。それでは、すぐに捕まってしまう。男は長い間、ひっそりと身を隠しながら、小さな盗みを重ねていた。


 それと、男は几帳面だった。盗みの時に着ていた服は、帰ってきたらすぐに捨てる。手も丁寧に洗うし、履いていた靴も土を払ってから自宅へ帰る。念入りに計画を立てて準備する。髪の毛一本すら残さずに、現場から逃げる。その甲斐あって、男はまだ1度も捕まったことがなかった。



 ある夜。男は、次の盗みの計画を立てていた。借りている四畳半の狭いアパートでぼんやりと寝転がりながら、盗みのアイデアを考える。



「そろそろ盗みのネタもつきてきた。何か簡単に忍び込めて、それでいて誰も傷つけないし、証拠も残らないアイデアが浮かばないものか」



 それでも、妙案は浮かばない。夜もふけてきたし今日は寝てしまおうと、男は布団を敷く。だが、明日がゴミ収集の日であることを思い出した。



「俺としたことが、危ないところだった。うっかり朝のゴミ出しで、近くの住民に顔を見られてみろ。すぐに顔を憶えられて、足がついてしまう」



 それがきっかけで警察に捕まった奴らを、何人も知っている。男はいつものように袋を抱えて、ゴミ捨て場へ出ていった。辺りに人影がないことを確認して、サッとゴミを捨てる。そのまま自分の部屋に戻っていくが、ふと玄関の前にキラリと光る物が落ちていた。


 それは鍵だった。



「誰かが落としたのか? 他にこの辺りを歩いてる奴もいないし、何の鍵だろう」



 鍵には何もついていない。だが不思議と惹きつけられる、なにかがあった。男はおもしろがって、扉の鍵穴へと突っ込んでみた。



「ふん、たかが落ちていた鍵だ。どうせ何も起こらないだろうし、すぐに捨ててしまおう」



 ところが、鍵はすっぽりと穴に収まっていく。そのままひねると、カチリと気持ちのいい音が鳴って、扉は閉じられた。男が慌てて鍵を引き抜くと、ぐにゃりと形を変えて、元の形へと戻っていった。それを見た男の頭に、あるアイデアが浮かんでくる。



「これだ! この鍵があればどんな扉も開けられる。開けた後は鍵の形も変わるんだし、絶対に証拠も残らない。すばらしい鍵だ」



 次の日の夜。早速、男はその鍵を試してみる。予想通り、どんな扉もその鍵で開けられた。カードキー型の鍵穴にも入れてみたが、それでも形を変えて、簡単に扉を開けてくれる。男の盗みは、どんどん上手くいった。


 一度、盗んだ銀行カードをATMで試したが、するすると指の形になって指紋認証をクリアしてくれた。うっかり監視カメラの存在を忘れていたが、盗んでから1週間たっても、警察はやってこない。どうやらこの鍵が監視システムも切ってくれているようだ。


 さらに盗みが上手くいって、どんどんお金が手に入る。こんなに気分の良いことはない。この鍵さえあれば証拠も残らないし、誰にも捕まらなかった。



 半年後。男は、高級ホテルで優雅な生活を送っていた。いくら金をつかっても、なんの心配もない。金が足りなくなれば、適当な家の金庫を開ければそれで済む。男はワインを飲みながら、ホテルのジャグジーでのんびりと過ごしている。



「この鍵のおかげで、実に良い思いができるようになった。しかし、一体どこの誰がこんな便利な鍵を作ったのだろうか」



 男は鍵を眺めていたが、ワインの酔いのせいか、鍵を落としてしまった。そのまま鍵は、裸の上半身へぽとりと落ちる。そこは男のお腹、おへその上だった。「あっ」と思った時には、鍵は、ぐにゃりと形を変えて――

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塵芥説話集 おとき @otk05

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