間合い管理は難しい

律水 信音

背中がガラ空きですよ

 ゆうさん、こと橋山結季はしやまゆうきは紅高校吹奏楽部に所属している高校二年生である。


 別に偉そうだからとかではなく先輩、後輩問わずと呼んでくる。

 いつからこう呼ばれることになったんだか・・・・・・。

「結ーさーん!」

と大きな声で名を呼ぶ夕暮れの下校時、まだ生徒もちらほらいる学校前の道で走って駆けてくるような足音に振り返ることなくマイペースで歩き続ける。

「待ってくださいよぅー!」

走ってきた勢いがあったせいか、右腕を思い切り掴まれそのままの勢いで体重を乗せてきたのは後輩の石野瑠璃いしのるりである。

 思わず体がのけぞってしまったが何とか自身の体幹を最大限駆使して倒れそうになるのを防いだ。

「危ないだろー」

「えへへ、先輩がおいてくからですよー」

少しだけ迷惑そうな顔を我が儘な後輩に見せつけるが、少しだけ舌を出しウインクしてごまかしてくる。

 こやつ・・・! どうしてくれよう・・・・・・。

「ただでさえ暑いんだから離れろ!」

「いいじゃないですかー? スキンシップですよ?」

「胸を押し付けるな!」

何言っても離れてくれないのはいつものことだけど今日はマジで暑いからキレそう。

「お前最初会ったときはそーゆーのりじゃなかったろ」

「そりゃー会って数ヶ月もすればラブにラブが重なりマジラブになりますよ!」

「最初のラブはマジじゃないんか?」

「ちょいラブです! それがだんだん集まってマジラブへと成長を遂げるのです!」

「ヘイトしかたまってない気がするんだが」

「それすらも愛なんですよ!」

「そか」

瑠璃は同じフルートのパートなのだが、入部当初の瑠璃は人見知りが激しいのか最低限のコミュ力で生活していたのだが紆余曲折を経てなぜかこうなってしまった。


 何の地雷を踏んだのか。

「せーんぱーい! えへへへ!」

マジで一回殴りたい。

こやつのせいで周りからも変な目で見られるし、昼飯時も部活の時も引っ付いてくるので厄介この上ない。

 怒れる拳をそっと胸の上に構えるが心を落ち着かせ力んだ右手を解放する。

「大体掃除当番の私をおいてっちゃうのが悪いんですよー。離れれば離れるほど愛は深まるものなのです!――――って、ちょっとぉ!!」

なんかいってるけど無視して早歩きで帰り道を進む。

 丁度家から半分くらいかな。こやつから距離を置くため、やや逃げ気味で歩き続けるがすぐに追いつかれてしまった。

「せんぱーい! もう、ひどいです。最近冷たくないですかぁー?」

「そんなこ・・・とはない」

「えー? 今の間は何ですか? 昔はあんなに優しかったのに・・・グスン」

見え見えの嘘泣きを横目で一瞥する。

「先輩は私のことどう思ってるんですかー?」

肩までかかった髪を指でくりくりしながら俯いている。

「あ、愛を持って接しているとも・・・」

「えー! ぜんっぜん愛を感じないんですけど!!」

「ほんとーだって!」

「じゃー、なんで私のことおいてったりしたんですかぁー??」

「え、あぁ・・・うーんとね」

やべ、どうしたもんかな。なんていうべきか考えてなかった。 

「あー、ええっと・・・んー、放置プレイだ」

「せんぱい・・・そうだったんですね・・・・・・」


 やっちまったか・・・。

「先輩はそういうのが好みなんですねぇ。把握しました! 私でよければいくらでも先輩の思うが儘にしてくれちゃっていいんですよ!」


チョロいなぁ・・・。


どうやらアホかつドMみたいだ。ラッキー!

「さぁ、さぁ! 先輩の欲望のままにしてください!」

「公衆の面前でそんな台詞を吐くな!」

するとワイシャツまくり上げた腕に冷たい感触が走った。

「あれ? 雨ですね・・・」

「やば・・・傘持ってないんだけど。瑠璃が変なこと叫ぶからお天道様が泣き出しちゃったじゃん」

「えー、私のせいですかー?」

呆れたような顔で見つめてくる瑠璃。


 呆れてるのは先輩の方なんだぞ!


「先輩! 走りましょう! 近くに公園があったはずです。急ぎましょう!」

「あ・・・うん」

段々と本降りになっていく雨。後輩の背中を追いながら雨宿りのため公園の中にある遊具の中に入って雨を凌いでいた。

「ひー、めっちゃ降ってきましたね」

「ほんとだね、帰れるかなぁ」

瑠璃はポケットからハンカチを出すと濡れた髪から水分を絞るように頭を拭いていたので、真似してハンカチで頭をごしごしと拭いた。

 雨で濡れた瑠璃は少し妖艶さを纏っていた。

「ん? 先輩、どうかしましたか?」

「いや、なんでもないっ」

「えー? なんかある顔でしたよー?? ってあ、ブラ透けてるし!先輩のスケベさん!!」

「いや、見てないから」

「私の体をいやらしい眼で!先輩はとんだ破廉恥さんです!!っていうか先輩のも透けてますよ」

「あ・・・」

「先輩ってすごく色っぽいですよねー」

「はぁ!?」

「いや、なんか濡れた髪が、こう、相まってエロい感じ出てますー」

「こっち見んな」

「えー、恥ずかしがってる先輩見るといじめたくなっちゃいますよぅ」

急に接近してくる瑠璃。瞳の奥をのぞき込むように見つめてくる。

「近づくな!!」

「良いではないかー! 良いではないかー!!」

調子に乗った後輩をスーパーチョップで制止する。

「ぐへっ」

「それより何かしない? 暇だしさ」

「それなら私ともっとスキン――――」

「シップしないよ」

「くっ・・・・・・」

なんかないかなぁ、と口から小さくこぼれる声と共に瑠璃は鞄の中をあさり始める。ちなみに私は遊び道具持ってない。


「あ、ありましたよ。トランプ!」

「トランプって、二人でやんのは不毛な気がする・・・」

「じゃあ、週間少年ジャンクはどうです?」

「漫画あんまり読まないしなぁ・・・分らんかも」

「注文が多いですねぇ」

っていうか、その鞄の中どーなってんの?という疑問を抱えていると、今必要なあれを鞄から取り出したと思うと、まだ退屈しのぎになるものを探しているようだった。

「おい」

「なんですか??」

「これは何だ?」

そう言って瑠璃の鞄から出てきた物を拾い上げる。

「え・・・あ、あーいやーそのー・・・・・・」

瑠璃の眼が泳ぐ。それはもう溺れているかのようだ。溺死してまえ。

「あー、・・・ありましたねぇ、あはは」

瑠璃の折りたたみ傘の丈を一段、二弾と伸ばしていく。

「いや、別に先輩とイチャイチャしたいなぁー、なんて考えてな・・・いてっ」

最大まで伸ばした折り畳み傘で瑠璃の頭を小突いた。

「帰るぞ」

「はーい・・・」

少し残念そうに遊具から出る瑠璃だったが、相合い傘になると気付くや否や速攻で元気を取り戻した。

 振出しに戻ったかのように瑠璃はくっついたまま離れてくれない。

「くっつきすぎ」

「もっと寄らないと濡れちゃいますよぅ」

「えー・・・・・・」

「えへへ! 今日はいい日ですね!」

「ひどい一日だ」

「もう、そんなこと言って照れ屋さんですねー!」

「全く照れてない」

「あ、私の家見えてきました。先輩、家で雨宿りしてきますか?」

「いや、このまま帰るよ。傘借りるね」

「りょーかいです! それじゃ、失礼しまーす」

そう言って瑠璃が傘から出て行こうとしたとき、向かいの曲道のミラーから一台の車が走ってくるのが見えた。



「危ない――――ッ!!」



瑠璃が十字路に出そうになった瞬間、傘を捨て咄嗟に右手を伸ばし瑠璃の腕を掴むと自分の胸に抱き寄せた。コンマ数秒後車が勢いよく走り去っていく音と共にこの場を静寂が支配した。

寸でのところで車との衝突を避けることができた安堵を自身に感じ、優しく瑠璃に話しかける。


「大丈夫か・・・?」

「あ・・・・・・はい、大丈夫です。ご、ごごごめんなさい」

瑠璃の肩は少しだけ震えていた。

「気を付けなよ・・・?」

「はい・・・」

しばらく抱きしめていると、徐々に震えは消えてった。

「ごめんなさい、びしょ濡れになっちゃいましたね・・・」

「いいよ、大したことない」

「やっぱり、先輩は私の王子さまです・・・!」

雨に打たれながら抱きしめてやっているというのに呆れたこと抜かす後輩。すぐに雨の勢いはまるで明日降らす予定だったことに気付いたかのようにそそくさと止んだ。空を見上げると雲から光が差し込んでいる。

「誰が王子様だ、

「はい・・・。それでも王子さまです・・・・・・!」

「やっぱり家寄ってもいい?」

「もちろんです!タオル用意しないと風邪ひいちゃいます!」

「うむ」

「最大限のおもてなしさせてください!」

「うむ、苦しゅうない」

「王子というか、殿さまですよ先輩」

「へっくちっ!」




全く・・・後輩の面倒を見るのは大変だな。ま、それもまた青春ってやつか。

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間合い管理は難しい 律水 信音 @onakahetta

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