笑顔を犯すものを俺は許さない。

マシュオ

第1話 転機


奏夜そうや、お前まだ進路決まってないんだってな」

そう言って呼び出してきたのは霧ヶ丘高校3年4組、つまり自分のクラスの担任の勝島先生だ。

「はい、まだ自分が何をしたいか見いだせなくて」

そう言って俯く。

「無理に決めろとは言わないが、何がやりたいものがあるなら言ってみろ」

その言葉を何度聞いただろうか。これは1回目では無い。数えるならキリがないほどこの言葉を聞いてきた。親に、親戚に、友達に、先生に。だが決まって答えは変わらない。

「何も…ないです。」

「そうか…。なら奏夜、少し話をしないか。」

引き止められると思ってもなかった俺は少し驚き、勝島先生を正面に見据える。

「話…ですか?」

勝島先生は再び椅子に深く腰掛け、足を組みながら語り始めた。

「俺もな、高校の頃は夢がなかったんだ。親にも友達にも先生にも言われたさ、何か夢は無いのか?ってな。」

そこで俺は何か似たものを感じ、話を聞き入るようになっていた。

「だか、お前と同じだ。決まって答えは見つからない。全て『ない』の一点張りだったさ。

だが、俺はある女と出会って変わったんだ。」

「ある女?」

「そうだ。その女の名を 桐島きりしま 紗由梨さゆり と言ってな、今で言う学園のヒロインさ。今はどうかは知らんが可愛いというだけで全てができるみたいな偏見が強かったんだ。ある日突然その女の子は高校3年の秋ぐらいに俺のものへ突如尋ねて来たんだ。そして彼女はこう言った。」

『勉強を教えて下さい。』

「俺は目をひんむくぐらい驚いたのを覚えている、そりぁ俺も紗由梨はなんでもできる完璧少女だと思っていたからな。俺の成績は常に学年1位で優秀な方だった。だから尋ねて来たんだとよ」

「先生は体育担当なのに頭も良かったんですね。」

「まぁ、勉強と運動は両立してこそっていう家系に生まれ育ったのもあるんだろうがな。まぁ、それは置いといてだ。そして俺は勉強を教え始めることになったんだ。紗由梨は想像以上に勉強が出来なくてな、苦労したさ。だが、3ヶ月後には勉強の成果もあり、紗由梨はトップ10位以内に入ることが出来たんだ。俺は驚いたよ、紗由梨が勉強を熱心に頑張っていたのは分かっていたが、ここまで早く伸びることがな。」

「その女の子は凄いですね。自ら努力して自分を変えようと頑張れるなんて。」

その話を聞いて僕は少しだけ、自分を見つめ直した。自分には何が足りないのかを 。

「まぁ、俺が教師になったのは紗由梨のおかげってわけだ。夢は1人で考えて、決まる人もいれば俺みたいに何かに動かされて変わる人もいる。お前は後者なのかもな。だからまだ何か転機が訪れるかもしれない。だから焦るな。焦って決めた未来は決していいものにはならない」

「分かりました。これから色々と考えてみることにします。」

「まぁ、焦るなとか言いながら夢を、進路を聞いた俺が言うことじゃないのかもしれないがな」

そう言って勝島先生は苦笑した。

気づけば空はすっかり暗くなっていた。秋ということもあり夕暮れが早く、まだ5時だと言うのに日は見えなくなっていた。

「勝島先生、ありがとうございました。」

そう言って席を立ちリュックを背負い教室の戸を開ける。

「ああ!また悩んだら何時でも相談するんだぞ!」

「分かりました!先生今日はありがとうございました。」

「おう!じゃあな!」

少し希望がもてたのかもしれない。それは些細なことだとしても自分には大きく感じられた。

学校を出て登校と同じ道を逆側からだどる。

そして…家の近くの交差点を通りすぎるところだった。

「おい!金を出せ。」

そんな物騒な声が俺の耳に響いた。だか、その言葉をかけられたのは俺ではなかった。

声がした方に耳を澄ます。視線を向ける。

妹だった。絡まれているのは妹だった。

普段なら巻き込まれないために見て見ぬふりをしていたかもしれない。いや、そうに違いない。だか今回は違った。身内が襲われているのだ。妹が襲われているのだ。身体が思考を追い越し、声の発生源へと全速力で駆ける。近くて遠く、遠くて近く、そんな感覚だった。30秒もあればそこへ辿り着いていた。

「お兄ちゃん!?」

妹が涙ぐみながらこちらを見る。

「あぁん?なんだお前?」

俺は震える声を必死に悟られぬよう毅然と言い放つ。

「俺の妹に手を出すな!」

不良達は一瞬よろめぐがそれもつかの間、こちらをギョロりと睨み、自分を囲む。

「キャハハハハ、ヒーロー気取りもいいとこだぜ。3対1で何ができるって言うんだ!」

妹は恐怖で膝が折れ、歩くことが出来ないようだった。連れて逃げるのは不可能。俺が身代わりになるしかない。

「金を出せばいいんだろ?」

そう、金だ。こいつらは金が欲しいだけなんだ。

「は?俺たちを怒らせた挙句金で住むとでも?お前をボコさなきゃ済まさねぇよ。」

その言葉に予想がズタズタにされた。

てはひとつしかない。いや、なくなってしまった。

「わかった。俺をボコしてもいいが、妹には手を出すな。」

「おぉ!物分りが良くて助かる。じゃあ、早速。」

不良のひとりが足を腹にぶち込んできた。

お腹が破裂する。痛い。すぐさまお腹を抑えるがもう2人の取り巻きは容赦なく俺を蹴る、殴る。これこそ本当の数の暴力だ。為す術もなく身体がズタボロにされる。一方的に蹴散らされる。何分経ったのだろう。時間を忘れた頃。俺の身体が動かなくなった頃。攻撃が止んだ。

残る力を振り絞り顔を上げる。するとそこに映ったのは憎悪以外の何物でもない光景だった。不良達が妹へ足を振りあげようとしているのだ。

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」

自身の身体を無理やり起き上がらせ不良達のもとへ走る。全身が猛烈に痛み気絶しそうになる。だが歩みを止めない。何とか俺が割り込み妹が蹴られるのを阻止する。不良達はつまらなそうにこう言った。

「なんだ、まだ動けたのか。じゃあ、動かなくしてやろぉぉっと。」

不良の胸ポケットットから鋭利な銀色をしたものが飛び出す。そして…俺の胸を容赦なく突き刺す。痛い、熱い、思考がまとまらない。

気力がなく叫ぶことすら出来ない。血が辺りに飛び散る。そして血溜まりを作る。何度も何度も突き刺される。やがて痛みは無くなっていた。もう、死ぬのかもしれない。いや、死ぬのだ。だがまだ、妹は守れていない。そこへ、頼りがいのある音が鳴る。警察だ。妹へ標的が移った少しの間に通報したのだ。不良達は軽く舌打ちをして、その場を後にした。

妹がこちらへ駆けてきた。どこか遠い目をしていた。

「おにいちゃん!死んじゃダメだよ!」

泣きながらそういった。大粒の涙が頬をつたい俺の頬へと移る。俺は最後の力を振り絞り声を出す。

「お前を救えて、良かった、、最後ぐらい、、、、、笑ってくれ、」

その言葉が届いたのか、妹は号泣しながら不器用なそして何かを包み込むような優しい笑顔を俺に向けた。

「お兄ちゃん。ありがとう。助けてくれてありがとう。」

そう言った。心の全てが満たされた気がした。

徐々に救急車の音も、パトカーの音も聞こえなくなった。そして最後にこう思ったんだ。


『人をもっと笑顔にする未来が欲しかったな』


そこで意識は途絶えた。

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笑顔を犯すものを俺は許さない。 マシュオ @riurion

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